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 おやおや、怖がっていますなぁ。けれどまあ、ネテロ会長は楽しそうだし、うん、この感じだったら上手くいきそう。

「きみも随分と楽しそうだな。……まったく、余計な手間をかけさせてくれる」

 会長はきみに甘すぎる。
 溜息まじりの言葉がぐさりと胸に突き刺さる。水晶玉を覗き込むのをやめて顔を上げると牛柄の大男と目が合った。変わらない表情と逸らされない視線をしっかりと確かめる形になってしまい、結果として嫌味のつもりはないと悟ることは出来たものの心臓は悲鳴を上げている。
「ミ、ミザイストムさん的には、こういうのってやっぱりズルになっちゃうんでしょうか?」
「きみが昔のようにただの民間人であったならば、な。私的制裁が認められていないように、免罪もまた一個人の裁量で決めてよいものではない。だが……今のきみはハンターであり、この男もハンターだ」
 丑の称号を与えられた弁護士が指す"この男"というのは今更言うまでもなく、水晶玉に映るビノールトのことだ。彼は今、別室にて部下数名を引き連れたネテロ会長と面談中である。


 なぜこんなことになっているのかと言えば、話は数日前まで遡る。
 思い返せば私が相当にうっかりしていたのだが、ハンターであり賞金首であり自首希望の快楽殺人鬼という彼はちょっとばかり扱いに困る存在らしかった。

 ……そりゃそうだ。一般向けに機能する司法組織が手が出せないのがハンターならば、過去の罪状なんてものはハンターライセンス取得と同時に実質的な効力を失う。だからハンターとなった後も"首"に値段が付いているというならそれは依頼者(大体の場合は事件被害者とその関係者や面目を気にする組織のことだ)の意向によるものと見てまず間違いない。そして通常、公共機関が出資元"ではない"この手の賞金首の処遇については司法は関与しない。
 要は、正しく標的の抹殺が完了すれば何の問題もないのだ。リストから名前が一つ消えて、一定の金額が右から左へと動くだけで済む。
 けれど、五体満足で捕縛されたとなると、ソレはただの爆弾だ。生きたままの念能力者なんて迂闊にどうこう出来るような代物ではない、というのがこの界隈での共通認識だったりするのも無理もない。おそらく"善良で不幸な一般人"であろう依頼者では私刑も叶わないだろうし、連合の方で"処分"しようにもリスクが高く、かといって刑務所に押し付けたくとも司法の梯子はかからない。

 ならばどうするか、答えは簡単だ。埒外の存在は埒外の機関に任せばいい。つまり、ハンター協会に丸投げということになる──らしい。
『──ですから、今回ばかりはあなたの"やり方"は評価されないでしょう。むしろ、諸々の手間と費用を考えると持ち出しが発生するかもしれませんね』
「えー! それはちょっと酷くないですか。ハンターの、それも武闘派の"生け捕り"なんてそうそう出来ることじゃ……」
『ええその通りです。"そうそう無い事態"だからこそ、こちらもあちらも手を煩わされることになるのです』
 そんなやり取りをしたのは、港町で一晩明かした後だった。
 今までの小物連中とは窓口が違うのかも……という天啓に貫かれて保険も兼ねて尋ねてみたところ、たらい回しの末に繋がった電話口で溜息を吐いたのはハンター協会側の担当者だった。一体何回、交換手を挟んだだろう。こんなことなら最初から協会にかけるべきだった。
「なんですかそれ。じゃあ、ヤっちゃった方が喜ばれるんですか」
『ええ、端的に言えば』
「……それはそれで、"十ヶ条"に抵触するのでは」
『ええ。ですからそういう意味でも"そうそう無い事態"となるのです』
 もうずっと、口調には棘しか感じられなかった。正直、未熟だと言われているようで面白く無い、というか多分そう思われていたのだけれど。面倒を持ち込みやがってこの野郎と通信を切られなかっただけましだったと言うべきか。まあ結局、粘ってみたものの「これ以上は話せることはありません」とあしらわれてしまったのだけれど。


 だが、しかし。
 それならばともう一つの心当たりに連絡を取ったことから、この一件はぐるりと有様を変える。


 こんな場合はどうするつもりかと尋ねれば、今度の相手はうーむ……と唸って口を閉じた。表情は分からないけれど、私の質問を楽しんでいることだけは伝わってくる。こういうところは昔から変わらないと懐かしく思い、同時に今でもまだ私がこの人の"愉しみ"になれることに胸が熱くなる。
『そうじゃのォ、簡単な話じゃとこんなとこかのォ』
 やがて、記憶の中と少しも変わらない老人は幼い子供を相手にするように優しい声で困ったうさぎの"おはなし"を聞かせてくれた。
 こっそりと"始末"を付けられる内なら、それはそのように。けれどその段階を越えたならば、あくまでハンターとしての形で"依頼"を受けて貰うのだと。それは例えば手荒なことが得意なメンバーとの辺境での合同任務だったり、危険極まりない地帯での長期調査という名目だったり。無論、断れる類の"依頼"ではないし、成功は期待されていない。
「……うわー……えげつない。けど、早く死ぬのを期待されての配属とかそんなのよく……あ、そうか、その辺もそういう意識操作とかが得意な人がいるんですね、きっと……」
『さぁなァ。何度も言うが、そういうのも有りかものぉーってだけのじじいの"お伽話"じゃよ。"アイツ"と違ってワシは面倒なのって嫌いじゃしー』

 祖父のかつての茶飲み友達はふぉっふぉっふぉと笑ってみせた。
 楽しそうなのは結構だけれど「お前のじーさんの方がろくでもなかったぞ」と懐かしまれたところで身内としては反応に困ってしまうんだけど。これでも一応、記憶の中のおじいさまはいつだって孫に甘い好々爺のままなのに。まあ、その顔がどれほど稀少なものだったのかも今では理解しているけれど、それでも私にとっては祖父は優しい"おじいさま"に違いはない。
『ま、そんなわけで、じゃ。野郎の首なんざぁ放っておいて、久しぶりにワシと"お茶会"でもせんかね』
「やだなぁ、お招き出来るような場所がないですって」
 庭師によって手入れされたバラのアーチも、色とりどりの花が咲き乱れていたあの中庭も。
 椅子を引いてくれるバトラーも、菓子を作ってくれるコック長も、完璧な給仕を頼めるメイド達も、そして何より、下手くそな字が並んだ"招待状"に付き合ってくれるおじいさまも、もういないというのに。
『……ふむ、そういう意味でもなかったんじゃが。まあ良い。ならば今度はワシが持て成そう』
「うっ、ひょっとしてあの、昔何度か頂いた緑色の苦いやつですか」
 スピーカーからはまたふぉっふぉっふぉと笑い声が溢れてくる。
 もうそろそろ"苦み"以外も解るじゃろ。なぁに、難しい知識はいらんよ。
 続く声はひどく優しい。けれど私の胸が郷愁に溺れてしまう前に、何一つ変わらぬトーンのまま"ハンター協会の会長"の言葉が振り下ろされた。

『そう。そろそろ解らねばならん。お前さんはお前さんの流儀に沿って"捕まえた"。そこから先への責任までは求めんさ。ただ、この先もハンターを名乗るのであれば、いつまでも"知らん"では済まんよ』


  ***


 ゆっくりとした速度ながら着実に進み続けている飛行船の中で、端末を片手に外を眺めていた。何から話そうか。どう話そうか。でも、どんなふうに言い出したところで結論はたった一つしかない。意を決して、押し慣れた番号をプッシュして雑音混じりのコール音に耳をすませる。事件の記録をぱらぱらとめくりながら。先ほどのやり取りを思い返しながら。
 そして。さほど待つこともなく繋がった電話口に、昔のように呼びかける。愛される事しか知らなかったあの頃のような甘えた声で、呼びかける。
 おじいさまはもういない。あのお屋敷はもうない。それでもまだ、私とのお茶会に価値を見出してもらえるのならば。

「ねえ"アイザックおじいさま"、新しい"お友達"を紹介したいのだけれど──」



(2016.09.15)(タイトル:いえども)("うさぎの話"元ネタ:小池一夫先生「サハラ」)
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