■ 囚われの数日間について 5

 部屋には三人の男と一人の女が居ました。男が二人出て行きます。さて、残っているのはどんな組み合わせになるでしょうか。

 行って来るよと手を上げるバラとサブを笑顔で送り出せば、当然ながら部屋に残っているのはこの性悪男とか弱い私だ。できればチェンジを宣言したいところだけど、ゲンスルーと他二人が一緒に目撃されるのは不味いというのはもっともなことだし仕方がない。
 しかし、こういう組み合わせにしかならないのだと納得したところで実際問題"ふたりきり"という状況が泣き叫びたい程に気の重い事態なことは変わらない。だって多分、三人の中で多分一番頭が切れて、別の意味でも一番キレていて、一番面倒で俺様で危ないのが彼なのだから。

 買い物だったらせいぜい小一時間というところか。
 とりあえずその間をどうやり過ごすそうかと考えてそうだお風呂に入ろうと思いつく。汗とか何とは言わないし言えない汁で身体中ベタベタだ。ここいらで綺麗にするのもいいだろう。


「というわけで、お風呂してきますので」
 言うが早いかさっさと脱衣所へ飛び込むとドアの外から声がかかる。
「おい、そんなんじゃオレが暇じゃないか」
 だから、そうやって暇つぶしで痛めつけられたら堪らないからさっさと避難するのですよ。馬鹿め。
「いや、でも、あちこちベタベタですし……」
「チッ。……いいか、逃げるなよ」
「もーやだなー、心配し過ぎですよー。私だって命は惜しいですしー」
 クスクスと笑って答えればそれきり返事は返って来なかった。


  ***


 ほっと息をついて、シャワーで身体を流しながら、たっぷりの湯が張られたバスタブを眺める。
 さすがに"そういう"ホテルなだけあり部屋もベッドもそこそこのサイズだが、風呂はまた一段と素晴らしい。ミニプールのような広々としたバスタブに備え付けの入浴剤を散らせば甘い香りが漂い始めてこれまた極上の気分だ。

「なるほど。こういう宿だとこんなお風呂もあるんだ……。知らなかったなぁ」

 今度からは、お風呂を目当てに来てもいいだろう。なに、お金さえ払えば一人客だって問題ないだろう。
 広々とした浴槽で手足を伸ばして、バシャバシャと水面を叩けば童心に戻ったようで楽しくなる。
 そういえば子供の頃は息が続く限り川に潜るという遊びをしていたっけ。岩の先から飛び込んで全身で水を感じるだけのことに夢中になるなんて我ながら随分とお手軽だったな。
 何もない村の数少ない遊び場を思い出し、胸の奥に波が立つ。

 せっかくなのでと誰にも気兼ねすることなく羽を伸ばすことにした私は、予想外の快適な設備にすっかり浮かれていた。

 あの頃から随分と成長した身体で潜るには、これくらいの深さじゃまだまだ足りないけれど、でも。童心に返ったつもりで水中を楽しみ、そして肺に詰めた空気がぎりぎりになったところで水面に顔を出し……そのままぴきりと固まった。

「おうおう、随分と楽しそうだな」
「え……なんで、え、だって」

 鍵、したはず。そう言いたいのに、咄嗟に言葉が出てこない。

「ん? ああ、こんな部屋だぞ。鍵なんて簡単に開くに決まってるじゃないか。恋人たちのお楽しみとしては暗黙の了解だが?」

 思い至らなかったか?
 にやにや笑う全裸の男は私の混乱など承知の上といった様子である。こいつ、完璧に遊んでいやがる。
「なあなまえ、オレはお前の見張りで残っているわけだし、やはりここでお前をひとりで風呂にやるのは無責任というものだろう?」
 そうは思わないか。などとやたら理屈めいた言い方をしながらメガネを置くと、そのままゆっくりと近付いて来る。
「おいおい、そんな端まで逃げるなよ。なに、気にせずはしゃいでいればいいさ」
 さっきみたいにな、と付け足された言葉には、意地の悪さが滲むどころか、これでもかと塗りたくられていた。ほらやっぱりこいつが一番タチが悪い。


「あの……そんなに見られると気が休まらないのですが……」

 手を伸ばせば、届くか届かないか。
 そんな距離で見つめられると、当然ながら落ち着かない。円形の浴槽がそこそこ広いことと、湯が白いのがせめてもの救いだと思いながら首まで浸かって身体を隠す。

「見ていないと何をするかわからないからな。おまけにこんな湯ではただでさえ……ああ、なるほど」

 勝手に納得するゲンスルーに嫌な予感がしたと同時に、ふくらはぎにすっと触れるものがあった。
「ひゃぅ!?」
 急な感触に体制を崩しながら、足のリーチを失念していたと後悔するも遅い。混乱の隙を突いて近寄ったゲンスルーにあっさりと腕を捕らえられた。こうなってしまっては逆に乳白の湯が仇となる。
 ふわりと持ち上げられたかと思うと、抵抗も虚しく彼の足の間に囚われ、あっという間にすっぽりと抱きかかえられてしまった。筋肉質な胸板を背に感じ、すぐ上にある顔を意識してしまうと、先ほどまでの行為の生々しさと相まって非常に居心地が悪い。というか、それ以前にこの男は危険すぎる。ああ、早く逃れなくては。

「見えない分、いい子で居るかより近くで見張る必要があるよなぁ」

 ……さっきはシャワーを使わせたくせに。もはや「見張り」がただの口実なのは明らかだ。


  ***


 見えない水中で不意に足や腰にすーっと指が這わされ、びくりと身体が震える。慌てて抗議の目を向けるものの、いくら睨もうが飄々としていて応じる気配など微塵もない。

「おや、どうした?」

 素知らぬ素振りとは対象に、水中の手はますます調子づいて太ももと腰を繰り返し繰り返し撫で始めた。
 これはこれで、なかなかに新鮮な感覚だ。触れるか振れないかの絶妙な、水流を巻き込んでの刺激にじわじわと熱を高められれば、なんだかもう色々とどうでもよくなってしまいそうになる。まあ、あれだ。懲りない性格だと言われてしまえばそれまでだけれど。結局の所、甘くされると弱いのだ。
 畜生のように捕獲された際の、蹴られたり髪を掴まれたりというあの酷い扱いをされないのなら怯える必要も警戒する必要も別段ないのかもしれない……事実、この部屋では蕩ける様に気持ちがいいことしかされていないのだから。
 なんて甘っちょろい考えであっさりと肉欲に負けたので、キュッと瞼を閉じさわさわと与えられる快感に身を委ねることにした。直接的な部分には触れない手の、もどかしさが逆によくてぞわぞわが止まらない。こういう意地悪は実のところ凄く好きだったりする。


 どれくらいそうしていただろう。与えらえる快感に静かに身を震わせる私にゲンスルーの声が降ってきた。
「随分と、イイみたいだなぁ」
 ああ、これが頭の上じゃなくて耳元で囁かれたのならなおいいのに。そんなことを思いながら、揶揄する響きににびくりと身体を震わせるとその拍子にごりっと腰に当たるものがあった。確かめるでもなくゲンスルーのものだ。
 ひとたび意識すれば、後は簡単である。ごくごく自然に手は動き、後ろ手に硬いペニスを撫で上げてやる。ゆるゆると。自分が感じる快感のままを彼に返せば熱い吐息を今度こそ首に感じ、私はさらに気を良くする。

「ハッ、いい子じゃないか。……そら、ご褒美だ」

 声と同時にぎゅっと胸の先端をつままれ、そのあまりの快感に私は甲高い声を上げあっさりと果てた。
 ……胸だけでよくもまあと笑うなかれ。散々直接的な愛撫を避けられた分、急に与えられた刺激は強過ぎたのだ。押し寄せる快楽に身を委ねてどくどくと荒れる心臓を持て余しながらゲンスルーに凭れ掛かる。

「おい、なまえ。まさか今のでイったのか? ……なんて、まさかなぁ」

 完璧に冗談だという調子で、さて、こちらはどうかと呟いて秘所へと手を伸ばしたゲンスルーはけれどもそのまま笑いをひっこめた。それ以上を知りたくなくて目を瞑るけれど、ひくひくと痙攣し蜜を溢れさせているだろうそこに触れたこの男がしているだろう表情に想像がつく。……ほら、気付かれてしまった。ううん、違うな。気付いて欲しかったのだ。

「おいおい、お前、凄いことになっているじゃないか」

 最早閉じることも出来ない足の付け根を掻き分け、一帯に広がるぬめりの元を探るように動く指。その指先に充血した肉芽を撫でられて、びくりと身体が震えて声が出る。まさかここまで敏感になっているとはさすがのゲンスルーとしても予想外だったようで、驚いたように覗き込んで来たもののすぐにまた楽しそうに笑った。

「ああ、イったばかりだからなぁ。そりゃ、堪らないよなぁ」

 意地悪な言葉を甘ったるい声で囁きながら、今度は的確に肉芽を責めてくる。私はといえば、もう為す術もなくただ喘がされるだけだ。そのうち、なけなしの抵抗も何も無いままぬるりと内部へと侵入して来た指からも愛撫が与えられればいよいよ救われない。こんなんじゃ足りない、もっとみちみちに埋めて欲しいと肉壁は蜜を増やして男をねだり、不自由な体勢でペニスを擦り続ける手は急かすように勢いを増す。

「そんなにいいのか?」

 首筋を甘噛みしながらの問いに、夢中で頷きを返す。

「欲しいか」

 此処に、と膣に埋めた指をより激しく動かされる。またこくこくと頷けばゆっくりと指が抜かれた。
 これじゃ動けねぇからな、という呟きと共に引き上げられ浴槽の縁に手をつくよう誘導される。湯から出た上半身が重くてまともに動けない。文字通りの手取り足取りで股を開かされ、秘所を突き出す格好をとらされる。

「踏ん張れねぇだろうし、無理はしなくていい。どうせすぐ済む」

 言いながら一旦浴槽から出たゲンスルーは、メガネと一緒に置いてあったらしいスキンを手早く身に着け戻ってきた。平時なら用意が良すぎだろうと呆れるところだが今はそれすら僥倖だ。
「言っとくが、もたねぇからな」
 ぐいと花唇を割られ、硬いものに押し広げられることを感じた瞬間、うっと息が詰まった。がくがくと崩れそうになる膝と意志を超えてひくつく秘所に自分が達したことを知る。そして背後のゲンスルーが息を呑んで動きを止めたことにより、より痙攣を自覚する。何もかもが慌ただしくて急激で頭も身体もぐちゃぐちゃだ。

「……危ねぇ。ったく、出しちまうとこだっただろうが」

 苦しげな口調の後、息を整えて仕切り直しだと挿入が再開された。先ほどに続いてまたも達した直後にこの刺激である。正直おかしくなりそうだ。というか、おかしくなる。それでもようやく深くまで満してもらえたことで、背筋にぞわぞわとどうしようもなく快感が走った。ひと挿しごとに襲ってくる快感は、凶悪すぎて目が眩みそうになる。
 段々激しくなる腰の動きと、ゲンスルーの余裕のない吐息にますます欲情を高められ、全身が性器に支配されるような錯覚にすら陥る。
 おぼろげな感覚の向こうで出すぞという短い囁きを聞いたことと、そこからの一際激しい抽挿とその後の衝撃で男が果てたことを感じ取る。そして同時に……その、身体の奥で弾ける一番いい刺激を受け止めながら私もまたしっかり絶頂を迎えていた。


  ***


 女の細い腰を掴んだまま放出の余韻に浸っていた男はゆっくりと身体を起こした。

 荒い息を整えながらずるりと自身を抜くと、浴槽の湯より幾らか白い液体が詰まった袋もずるりと引き抜かれた。先端に溜まったものを確認して、ほうと満足げに頷いた後それを手早く括り……ゴミ箱がなかったので浴室の端にとりあえず投げた。気は進まないが、後で改めて捨てればいいことだ。それよりも。

「おいお前、最後にまたイっただろう」

 嘲笑どころかむしろ呆れて声をかけたもののバスタブにもたれかかる女の反応はない。
「おい、なまえ? ……って、おい。チッ、落ちてやがる」
 軽く引っ張れば重心が崩れたようで、すーっと湯の中へ滑り落ちていく。放っておけば頭まで沈むことは確実なので仕方なく支えてやると、すやすやと目を閉じるなまえの表情は裸眼でもはっきり見て取れた。

「あー……。まあ、確かに無茶させたからなぁ……」

 ひい、ふう、みい……今だけでも三回の絶頂だ。それだけでも大したものなのにベッドでのこともある。記憶を呼び起こすまでもない。確かにあれでは身体が持たないだろう。
「かといって、このままって訳にもいかねぇしな……」
 起きる様子がない女の顔をもう一度確認し、ゲンスルーはまた大きく息を吐いた。


 とりあえず、ぬるついた下半身を流してやり濡れた髪も軽く拭いてやる。
 そのままバスローブで包んでベッドへ運んでやろうと脱衣所に立ったところで、なまえが用意していたポーチに気が付いた。が、化粧水だの何だのはさっぱり解らないので無視することにして、一旦自分の支度に移り、そしてまた裸体を抱えなおして脱衣所を後にする。

 そんな彼を出迎えたのは意外な光景だった。

 どうしたことだろう。いつの間に戻ったのか部屋にはバラとサブが居た。
「おいゲン、また無茶してただろう。だからお前と二人で残すのは心配だったんだよ」
 あーもう可哀想に!とバラはなまえの顔を覗き込みわざとらしく溜息をつく。
「帰ってたんなら、前らも混ざりゃよかったのに」
 キョトンとして言うゲンスルーにサブも苦笑を浮かべて返す。
「ちょっと覗いたら、随分お楽しみって感じだったからな。それにほら、オレらが混ざりゃぁ、こいつがまた大変になっちまうだろ?」

 まるで自分が考えなしであるかのように言われるのは面白くない。そんなゲンスルーの顔色に気が付き、サブは慌ててなまえをベッドに寝かす段取りへと話題を変えた。



 今度こそ完璧に眠りに落ちた彼女が目を覚ますのは、もうしばらく後のこととなる。



(2014.01.12)
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