■ 囚われの数日間について 最終日 上

 連れて来られて五日か六日目。……さすがに七日は経っていない筈。
 そんな、カーテン越しの日の光と起きて抱かれて食べて抱かれて眠って抱かれてという生活でいい加減に時間の感覚がなくなっていた夜のこと。うん。多分、暗いし今はきっと夜だと思う。


 今回のような"お楽しみ"の際には三人で乾杯するのだと紹介されたボトルはこのG.Iのアイテムで、当然ながら現実では見たことがないラベルだった。
 ソロプレーヤーの身でさらに女となれば、酒場というのはいくらお酒が大好きな私といえど……なんというかまあ、その、縁遠くなりがちなものなのだ。というわけでそちら方面は全く開拓していなかった私がこの機会を逃す筈もなく、いいなぁいいなぁと羨ましがったところあっさりグラスが追加された。おまけに珍しいお菓子までも目の前に用意してもらえてご機嫌だ。ちなみにこのお菓子も現実では見たことがないパッケージのチョコレートっぽい何かである。不思議な味がおもしろくて三個四個とついつい手が伸びてしまう。ただ、これだけ食べてもチョコレートだと言い切れないのが難しいところだ。

 とくとくと注がれた黄金色の液体は香りからして素晴らしかった。一口飲んで感嘆の声を上げる私にバラが嬉しそうに説明を始める。特定の町の酒屋で常連にならないと買えないアイテムで、しかも購入数に制限があるらしい。確かにこの味ならレアアイテムという設定も納得だねと同調すれば、得意満面だ。そんな彼に対抗意識を燃やしたゲンスルーやサブも負けじと加わり、この手のアイテムの種類や入手方法を口々に紹介してくれる。これを作った人間はどうも相当にやりこみ系のゲームがお好きだったらしい。私もこういう遊び倒せる系は嫌いじゃない。

「すごーい! さすが腰を据えての暗躍となると伊達じゃないですねぇ」

 何杯目かのグラスを傾けて率直な感想を口にすれば、場の空気が微妙に翳った。まあ、それも当然だ。こうして和やかに酒を酌み交わしたところで事実は事実。彼らは爆弾魔で、私は犠牲者候補。本日の私は引き続き生け捕られた哀れなウサギだ。今は戯れに愛でられているけれど、実際のところはいつ食卓にあげられてもおかしくはない。
 さすがにそろそろ思い出してもらわないと……生ぬるい時間にも飽き始めているんだから。けれど、そうだとしても、さすがに普段ならこうも率直に喧嘩を売るような言い方はしないのだけれど。おかしいな、飲み過ぎたかも。なんだか酷く、気分が高揚している。唇を動かしていないと変になりそうだ。

「ねぇ、ゲンスルー。どうせ生かす気ないんでしょ? だったら参考までに、いい加減に前例の話をしてよ」

 こうやって連れて来た女たちのこと、教えてよ。注ぎ足した酒を呷り、全身で挑発しながらゲンスルーへと腕を伸ばして酒臭い息を吐いてしな垂れかかる。
「お前、飲み過ぎだぞ」
 豹変した私を睨みつけながらゲンスルーが念を練る警戒の態勢を取った。サブとバラも、おろおろと見つめているようでその実しっかり警戒の態勢になっている。けれどその姿勢が、未だ臨戦でなく警戒な辺りが愛おしい。そう。愛おしい。

「念なんて使ってどうするつもりですかー? 私はただお話が聞きたいだけなのにぃ。貴方たちが彼女たちに何をしたのかと、私に何をするのかと、彼女たちがどうしたのかを聞きたいだけなのにぃ」

 ゲンスルーのグラスを取り、ぐいと呷ってそのまま強引に口付ける。熱い液体で喉が焼かれるのを感じながら乱暴に。舌を彼の唇に這わせ、割り込ませ、口内へとねじ込ませ、上あごを舌で嬲ったなら……数秒の間の後、負けじと舌が絡められた。上から下へと理に沿って唾液は舌を伝い、彼の口内へと流れ落ちる。ああ、いいなぁ。私も欲しいなぁ。
 でも体勢的にそれは叶わない。唾液を飲むのは諦めて、せめて彼の舌をもっと味わう為にめいいっぱい絡ませる。それでもいつしか唇は離され、ぐらりと頭が揺らいだと思ったらどさりとベッドに押し倒されていた。突然の場面転換に付いていけず見開いた瞳にゲンスルーが映る。状況を把握しないまま、それでも私は条件反射的に笑顔で両手を差し出す。さあ、抱きしめてと言わんばかりに。
 けれどその手は無情に叩き落とされ、ベッドへと押し付けられてしまう。でも、ああ、この体勢もいいね。鋭い眼光が、突き刺さって気持ちいい。どんなふうに犯してくれる?

「それを聞いて、どうするつもりだ」

 それ?と一瞬考えて、先ほどの言葉を思い出す。ああそうだ、私が聞いたんだった。教えてと願ったんだった。いけないいけない、正気が狂う。

「勿論、『彼女たち』の中にローモスが含まれていたら、伝えるの。ローモスの最後を、家族に。わたし、人探しがお仕事だもの」

 簡単でしょうと微笑みかけても手応えはないばかりか、掴まれた腕にぎりりと力が込められる。けれど痛みはどこか遠く鈍く、実感がわかない。

「ほう……。意味が解らないが……まあいい。正気の時に痛めつけてでも吐かせてやろう。ただ、そうだなぁ。女どもへの仕打ちと末路がそんなに知りたいのなら、今からお前で再現してやろうか?」

 凶悪な視線が私だけを貫く瞬間に胸が高鳴る。
 酒の為だけではない早鐘のような鼓動が身体中を巡る欠陥を沸かせ、脳をも揺らす。やっぱりおかしい。なんだろう、そんなに飲み過ぎたのかな……こんな酔い方をするのはきっと初めてだ。胸の内を秘めていられない。全部ぶちまけてしまいたい。だってきっとそうしたら、もっときもちよくなれる。
 かろうじて有った余裕などもうすっかりなくなっていた。ぐわんぐわんと揺れる頭に響いたばかりの声の答えを探すだけで精一杯だ。

「わたし……で? それは、いいわね。酷くされるのも、面白いかも。それに、そしたらきっと、私もこれ以上、貴方たちを、好きに、ならなくて……すむも、の」

 ……あれ、なんだか、視界が、回る。

「ああ、でももう、こんなに好き、だからっ、きっと、楽しい、でしょう、ね。……そう……同じに、は、なら、ない……よ」私、気に入った相手には、とことん、甘くなる性質だから。ああ、くるり、くる、くる、世界が、回る。思考が、どんどん遠ざかる。えーと、何を言っていたっけ。何を伝えたかったっけ。

「おい? なんだって?」

 あ、ゲンスルーだ。気持ちいい、いい匂いの、悪くない、気に入った、ああ、好き、好き……すき……でも、なんて、ねむい……「好き……すき……ねむ、い……」


 好き勝手に掻き回して静かに落ちたなまえを組み伏せた状態で、取り残されたゲンスルーは事態の把握に努めるようとしていた。酔いなどとっくに吹っ飛んだが、とりあえずこいつの暴走は酒のせいだったとして……とテーブルを振り返り、彼はその目を細めた。

「おい、お前ら。何をこそこそしてやがる」

 声をかけられて二人の肩がぎくりと震える。いかにもな挙動不審ぶりに焦点を合わせれば、その手に握られたものがわかった。

「おい、なんで菓子を捨てようとしているんだ?」
「い、いや、ほら、これはな、落ちたからな……」
「酒屋のオヤジがな、面白いもんがあるって持ち掛けてきたんだよ」

 なんとか弁解をと取り繕うバラに対して、サブはさっさと白状することに決めたらしい。ひらひらと、掴んだ菓子を見せつけてこれが原因だよと全てを語る。

「普段より饒舌になって、隠してることを喋りたくなる効果があるから、酒と合わせて女に食わせたら面白いぞって」
「ほら、オレらはこんな甘ぇの食わねぇだろ。だから今日出したらなまえだけが食って面白いことになるかなーって……」
 フォローにならないフォローを入れるバラを押しやってサブが宥めるような声で言う。
「こいつの行動が予想外すぎるの、お前も気にしてたろ? だからまあ、物は試しで使ってみりゃ、何かわかるかな、とな」
 やけっぱちのようにあははと乾いた笑いで締めるサブを前に、ゲンスルーはどっと肩の力が抜ける思いだった。

 確かに、慣れ過ぎているというか従順すぎる女の様子を訝しんではいた。どこまでが演技でなにを企んでいるのかと考えなかったわけではない。実際、先ほどその理由らしいものも垣間見え、一応この女なりに目的があるらしいことも確認できた。それは確かに有意義だったと言えよう。

 ただ、それ以上に引っかかるのは……。
 まるで、自分たちに好意を持っているような女の物言いだ。
 アイテムの効用が説明通りのものならば、口から飛び出た一連の言葉は少なからず真実という事になる。そりゃあ確かに多少は気を使って遊んでやったが、それでも結局の所は監禁であり陵辱であり、暇つぶしだ。

 困惑するゲンスルーだったが、なまえに言われるまで彼自身すら自覚していないことも確かにあった。
 捕らえた女を生かす気など無論、最初から無かった。いつも適当に犯しては始末していたし、これからもずっとそうしていくつもりだった。ただ……それでもいつのまにか、このなまえという風変わりな女を殺す気が失せていたということにようやく気がついてしまう。
 彼自身も自覚していなかった感情の隙間を、なまえは感じ取っていたのだろうか。だからこんな状況に置かれても、殺されるだろうと当たりを付けながらも、好意を囁いたのだろうか。醜い生存本能による駆け引きのつもりなのか、予想以上の馬鹿なのか、それとも底なしの快楽主義者の淫乱女なのか。

 それとも、ただの……

「……なんちゃら症候群ってやつか?」

 ゲンスルー呟きは、背後の二人には届かなかった。



(2014.01.12)
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