| ■ あべこべな真っ白闇の夜 「んっ…だめ、それやだっ……こわ、ふぇんぁっううぅっん!」 「なになにー? ああ、怖いくらい気持ちいいって? 大丈夫、大丈夫、ほーらこうしてぎゅっと抱いててあげるからねー」 ぱちゅんぱちゅんと腰を揺らしながらなまえが笑う。何度も放出した後だというのに、なまえの熱が引く気配はこれっぽっちも感じられない。いや、治まるどころかむしろ増しているようで──なけなしの理性を掻き集めかけたところを深く深く突かれて、思考はまた散り散りになって溶けていく。 一度狙いを定めてしまったこいつから逃げることなど出来るわけがない。 跳ねる肢体を軽々と押さえ込んだなまえに入り口から奥までを丹念に捏ねくり回され、とりわけ弱いところを何度もぐりぐりと抉られる。結合部から溢れる液体がまた一つ二つとシーツに染みを増やすけれど、咎める者は誰もいない。 「あーイイ顔してるねぇ。わかるよぉ、この角度たまんないよねぇ。でもこうするともっとよくなるよー」 乳輪をぐるりと撫でられる。これだけでもびりびりとした刺激が肌を駆け巡るというのに、まだ先があった。古傷だらけの指先で、ところどころ質感の変わった指先で、硬くざらついた指先で、仕上げとばかりに乳首を捻りあげられてしまえば──もう。 身の内から湧き上がってくる強烈な輝きに飲み込まれるようなこの快感は、何度体験しても慣れることができない。 恥じらいどころか直前までは確かに感じていた愛おしさすらも置き去りにして、どろどろの身体を捻ってただ嬌声をあげるしかできなくなる。ここでこのまま意識を手放してしまえたらどれだけ楽だろう。熱を冷ませたらどれだけ楽だろう。以前ならば絶頂の後には休息があった。けれど、この肉体はそんな明らかに許容範囲外なことにでも順応してしまう。なまえに促されるまま、何度だって昇りつめることが出来てしまう。現にこうして、荒い息を深い口付けに吸い上げられて腰を使われた途端に新しい波にさらわれる。 と、まあ、このようなことが連日連夜である。 文字通り昼となく夜となく好奇心旺盛な恋人の手でいじくりまわされているビノールトとしては堪ったものではない。身体は既に嫌というほど敏感になっているのに、肝心のなまえはもっと先へ行けるでしょうと笑うばかりで導く手を解いてはくれない。過ぎる快感に恐れ慄き助けを求めて縋ったところで、彼女にかかればその姿すらも砂糖菓子である。ビノールトの目に浮かんだ恐れや戸惑いがどうしようもない快楽に溶けていく様を眺めながら、なまえもまた彼女が初めて体感する雄の喜びに身を震わせていた。 実のところこの場においてなまえを"彼女"と表現することは事実と相違するところがあるのだが、ビノールトだけではなくなまえにとってもそれはさしたる問題ではなかった。肉体と意識がちぐはぐになったここ数日のふたりにとって、男女の区分というものはひどく曖昧で不確かで、同時にとても瑣末なことだった。大切なのは、お互いの精神が変質していないという一点のみだったから。少なくとも、この部屋にいる限りは。 「ねえねえ、目開けて。ほら、そこ見える?」 「え……? あ、やめ…っ、やだぁ…あ…っ」 それは、腰に跨がるこの体勢にもすっかり慣れた頃だった。 ちなみに、初めてこの体制で屹立した男性器を受け入れるにあたってビノールトが感じたものは抵抗よりも戸惑いの方が大きかった。俗に言う騎乗位自体はこうなる前もしてきたことで、下になる自分は言うまでもなく上になったなまえも愉しんでいたと認識していたものの……だからこそ、今の身体で同じように振る舞えるのかが不安となった。なにせ、この肉体になってなまえと行為に耽る際は、常に向こうから快感がやってきたのだ。流れのままに身を任せ、翻弄されるままに踊ればよかった。そうしていれば、この身体を知り尽くしたなまえが次から次へといいところを突いてくれたから。けれどいざ自分で一から動くとなると話は全く変わってくる。自分の上で乱れていたなまえの姿を思い出してしまえば尚更ハードルは高くなる。あんなふうに動ける自分がまるで想像できない。 「……下手だったら…ごめん……」 ひくんひくんと期待に震えてその時を待つペニスに申し訳なさを感じて呟けば、なまえは目を見開いてからにっこりと笑った。大きな手が伸びてきて、ビノールトの頭を撫で、髪を梳き、頬に触れる。大丈夫だから。自分がイイように動いてみてよ。離れ際にすーっと腹部を撫でられて、皮膚の内側がぞくりと疼く。そうかこの肉体には子宮があったんだと当たり前過ぎることを今更ながら実感する。 なまえの肉体。なまえの子宮。 再度、内側がきゅうきゅうと収縮する感覚に襲われる。粘度の高い液体がどろりと流れ落ちて、ビノールトの股間となまえを濡らした。 果たして。いざそうなってしまえば後は簡単だった。序盤こそ息を詰め身体を強張らせたものの、そこを過ぎて圧迫感をやり過ごす段階になれば快楽の糸は簡単に見つかった。見つけたそれを手繰り寄せるにあたっては、難しい理屈など必要ない。挿れる前に考えていた膝を浮かせて上下に動こう等の段取りはとっくに忘れてしまっていた。ただただなまえの下腹部に自分のそこを擦り付けるのに夢中になる。そんな、そんなことって。知らず知らずに声が漏れた。膣壁を押し広げられる圧迫感だけだったらまだ予想の範囲と言えた。けれど、それに加えて陰核への直接的な刺激まであるなんて。押し当てた場所をぐいぐいと捏ねればむず痒い快感が広がる。男の皮膚と陰毛によって得られる刺激は痛みにも似ているけれど、しつこいくらいの愛撫で丹念に炙られた身体にはこのぎりぎりが堪らない。軽い波を迎える度に自分の内側がきゅうきゅうと中のものを締め付ける実感があって、それがまた気持ちよくて、いやらしくて、ますます腰の動きが大胆になっていく。あれほど気にしていたなまえの顔色を確かめる余裕もまるでなかった。 そんな折。不意にその腰を掴んで止められた。反射的に不満の声を上げたビノールトの耳にくすりと笑う声が届く。もどかしさに腰を疼かせるビノールトが面白くて仕方がないという声色でなまえが続けた。 「ねえねえ、目開けて。ほら、そこ見える?」 背をねじり、霞む視界に彼女の示すものを探って息を呑む。ベッドの端より更に先、なまえの指す場所にきらりと輝いているものは、昨日までは確かにこちらを向いてはいなかった筈の鏡面に映っているのは、まさに今乱れに乱れていた自分の姿である。事態を理解するのにかかった時間は一瞬だったが、体感としては数秒に亘った。行き場のない目を伏せて、一秒でも早くなまえの上から退こうと腕に力を込めたところで真横からその腕を掴まれる。バランスを崩した身体を、鍛え上げられた腹筋をフル活用して起き上がったなまえがいとも容易く支えてのける。息をつく間も与えない素早さで女の身体をくるりと半回転させたなまえは、再度どろどろに溶けた穴の深く深くまで楔を打ち込み足を広げた。そればかりか、ビノールトの太ももに手をやり鏡面に向かって大きくこじ開け結合部を映しこむ。 先程までの夢見心地が嘘のような生々しさに付いていけない。何が何やら分からないままに目頭が熱くなっているのだが、それでもなまえは止まらない。腰を退けたいのに、足を閉じたいのに、上手くいかない。羞恥に震えながらいやいやと首を振れば、露わになった首筋をすかさず舌で撫でられた。そこから更に乳首をつまみ、きゅっきゅと転がしながら耳朶を食まれてしまえば、幸か不幸かせっかく蘇っていたビノールトの理性はまた焼き切れる。 「あっんんっ」 「うわあ、すごい。ねえ見て、今のあなたすっごくいやらしい顔してる」 「……や…だあ……ぁあ…知らなぁ……い…っ」 「あーもう、そんなに濡らしてっ……あはは、涙しょっぱいなあ。ねえ、こっち向いて舌出して。分けてあげる」 「……ひゃっん」 熱を帯びた声に合わせて、幾分緩やかに腰を揺らされる。ただでさえなまえ相手ならなんでもいいところがあるのに、こうして手も足も全部使ってねだられてしまうと本当に駄目になる。すっかり蕩けてしまったビノールトの唇になまえが食らいついた。舌を絡め、歯茎の内側や上顎の奥までじっくりと舐められている間に涙の味などどこかへ行ってしまい、代わりにお互いでいっぱいになる。自分の口の味を知る日が訪れるなんて想像すらしなかったけれど、いざこうしてなまえの身体を通して知る"ビノールト"という男の肉体は思っていたよりずっとマシなものだった。もっとも、それも結局は今こうして中にいるのが彼女だからかもしれないが。 「あは、さっきからぎゅうぎゅう締め付けてるのわかる? すっごいなあ、可愛いなあ。ねえ、やっぱり見た方がいいって」 やがて。鏡に映る女に釘付けになったビノールトの耳には「ほら、すごくそそる顔してるでしょう」という声の半分も聞こえていなかった。 どくりどくりと早鐘を打つ心臓をどこか他人事のように感じながら、ビノールトは生唾を飲み込んだ。先ほどは確かにこれを見て恥ずかしいと感じた筈なのに、今ではもう鏡に映っている女が自分だとは到底思えない。潤んだ瞳を見開いて、べっとりと濡れた口元をだらしなく半開きにした女の肌は薄桃色に色づいていた。鏡に向かって大きく広げられた局部には男の剛直が突き立てられている。明らかに不釣り合いな大きさにもかかわらず、彼女に苦痛を感じている様子は見られない。 それどころか、物足りないとばかりに緩く動いていて──ああ、男の手が女の腹へと伸びてきた。古傷だらけの、ところどころ皮膚の質感が違っているような、女のそれとはかけ離れた硬い男の手のひらが、柔らかな腹を撫でている。腹の上から、胎を探るように。中にあるペニスを確かめるように。"オレ"の手のひらが、"なまえ"の腹を撫でている。ああ、なまえの顔が歓喜に染まり、潤んだ目元がいっそう波立った。喜んでいる。どうしようもなく、疑う余地もない程に。明らかに、この女は"オレ"に犯されて喜んでいる。もっとめちゃくちゃにしてほしいと望んでいる。深く深く入っているこのオレのペニスを何度も何度も膣壁に擦り付けられて、奥の奥までこじ開けられて、子宮いっぱいに精液を注がれたいと望んでいる。 「…なまえ……」 待っていろ。望み通りにやってやるからな。熱く滾るこのペニスをお前の中いっぱいにねじ込んで、いいところを全部擦ってやるから。お前の胎がいっぱいになるまで何度だって注いでやるから。物欲しげに突き出しているその乳首を弾いて摘んで転がせば甘ったるい声で啼くんだろう。知っているんだ。喜んでいる時の声も、汗の味も、匂いも、あんたのいいところも好きなことも、全部覚えたから。 ビノールトの胸中で熱く渦巻く想いに応えるように鏡の中のなまえの瞳が爛々と凄みを増す。ああ、そうだ。我儘で、欲しがりで、甘えたがりで、そのくせどうしようもなく魅力的なこの女のこの輝きに魅入られたんだ。まっすぐにオレを見てくるこの瞳が怖くて、嬉しくて。だからあの日から、オレはこんなにも── 「──こんなにも、お前が」 「そんなやーらしい顔でおねだりされたら堪んないよね。本当に、"なまえちゃん"ったら煽るのがお上手!」 ぐいと腰を強く打たれて鏡の中のなまえが盛大に背を反らせると同時に、自分の身にも衝撃が走っていた。視界と思考と感覚のずれに理解が追いつかない。鏡のとおりならここで、この滾ったものを突き立てているのは"オレ"の筈なのに。 そこでようやく自分の股間の違和感を理解する。あれほど熱く硬く昂ぶっていたつもりの男性器はけれどもある筈の場所になく、代わりに想像より少し後方に深く深く埋められているものこそが見知った男性器そのものであると気付いてしまう。気付いて、ようやく思い出す。今の身体が誰のものなのか、鏡に映る" 思い出してもなお、頭がおかしくなりそうだった。いや、とっくにおかしくなっているとしても不思議ではなかった。相変わらず、鏡面いっぱいに嬌態を披露する愛おしい女は確かになまえであり、そんな彼女を犯したいと下半身に血が集まっていく感覚だけはあるものの、現実のそこには何もないままで。それでも、鏡の中のなまえは恋しい相手のペニスを突き立てられて喜んでいる。けれども、その感覚は確かに自分のものとして感じられることで。現に、今こうして抱き合っている相手は確かに望んでやまないなまえで──ああ、まるで悪い夢を見ているようだ。 「 鏡の中、善がるなまえの後ろで一対の瞳がぎらりと輝く。 爛々と燃えあがるその輝きもまた、確かに、ビノールトのよく知るなまえのものに違いなかった。 (2018.06.20)(タイトル:fynch) |