0.誰かの記憶
ふと、誰かの声がした。
何を思ったのか、年若い王子が興味を示して声がする方へと歩みを進める。
進んで行くと声が何かの歌であることに王子は気づいた。王宮の美しい庭園に静かに降り立つと、咲き誇る花々に囲まれた中に一人の幼い少女が歌を歌っていた。
「…………」
一目見て、王子は少女に釘付けとなった。
波のある金糸の髪が太陽に照らされて輝いている様は、小さな精霊が降り立ったかのようだ。
不思議な旋律の歌に聴き惚れていると、ポツンと立っている王子に気がついた宮女が怪訝そうに声を掛けてきた。
『殿下、いかがなさいましたか?』
『うわっ!?』
驚いて小さく声を上げた王子が、ハッと気がついて少女を見る。大丈夫、気づかれていないと胸を撫で下ろすと、宮女に振り向いて声を落とすように指図した。
『……あそこにいるのは誰だ?』
王子の言葉に宮女が少女に気がついてそちらを見ると、ああと頷いて微笑んだ。
『あの方は、宰相リンドバーグ様のご息女でございます』
『! リンドバーグのか』
父王の信頼厚い宰相の名に、王子が目を輝かせた。
『お名前は確か……レイン様とおっしゃったような……』
『レイン……』
唇にのせた名前が音となって胸に落ちる。
花が綻ぶ前の、まだ蕾の少女を見つめていると、彼女の後ろから長身の男が現れた。
『お父さま!』
父親を見つけた少女がはにかむように笑って抱っこをせがむ。可愛い娘にせがまれた父親は笑顔で抱き上げ、歩き出した。
金色の髪が揺れて王子から遠ざかる。
あの太陽のような笑顔が頭から離れない。
あの不思議な歌が耳から離れない。
この時年若い王子は初めて、恋をしたーー。
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