1.お空の上からこんにちは
どんよりと曇る空を見上げて、私は長い溜息をついた。
昔は日本と呼ばれていた極東の地、そこにある崩壊した空母の上に降り立ち、
神機を握りしめた。
“アラガミ”、それはあらゆる対象を捕喰し、進化と増殖を繰り返す怪物。数十年前に現れた化け物により、世界は喰い荒らされていた。
そんな絶対的な捕食者に対して唯一対抗できる存在、それが私達”ゴッドイーター”、通称神機使いという。
アラガミに喰われ、崩壊した空母から飛び降りて駆ける。少し先にはハンニバルから逃げている新人ゴッドイーターが見えた。
目くらまし用のスタングレネードをポシェットから取り出して投げつける。
怯んだハンニバルが辺りをキョロキョロ見回した。
”ハンニバル”は数多いるアラガミのうちの一つで、白い竜に四肢がついたカラダは見た目に反して動きが素早い。
刀身、銃身からなる神機を銃に変形させトリガーを引く。銃弾の雨が顔面に降り注ぎ、ハンニバルの攻撃対象が私に変わった。
「はいはい、こっちおいで!!」
視界の隅で新人君がへたり込んでいる姿が見える。そちらに攻撃の余波が行かないようにうまく動いて、突進してくるハンニバルを誘導する。
腕を振り払うハンニバルからステップで回避し、銃から剣に神機を切り替える。
「はああっ!」
ショートブレードがハンニバルの腕を抉る。
続けざまに地を蹴って頭部を攻撃すると、ハンニバルが叫び声を上げて長い尻尾を振り回してきた。
装甲を盾にして攻撃から身を守っていると、私の頭上高くにヘリが飛んできて上空から仲間が飛び降りてきた。
白いコートが翻り、バスターブレードがハンニバルの背部を砕く。
「あーっ! ソーマのバカ!! 逆鱗はまだ早いっ!!」
「はあ!?」
空から降ってきたソーマが、背部にある逆鱗を破壊しハンニバルが活性化する。
空気が振動するほどハンニバルが吼えると、右手に炎の刀を出現させて怒り狂ったように腕を振り回した。
「やばいっ!」
予測できない広範囲な攻撃が、へたり込んでいる新人君に向けられる。まず彼をソーマに回収させてから逆鱗を破壊しようとしたのに、先に活性化してしまった。
「ひっ!?」
腰が抜けて動けない新人君を助けようと急いで走る。スタングレネードや盾を使うにはもう間に合わない、腹を括った私は思い切り腕を伸ばした。
「届けっ!!」
届いた手が新人君を突き飛ばす。ホッとしたのも束の間、強い衝撃が私を吹き飛ばした。
「うわっ!?」
「レイン!!」
ハンニバルの攻撃を受け、吹っ飛ばされた衝撃で神機が手から滑り落ちる。更にハンニバルの炎の刀が右手につけていた腕輪を破壊したのか、神機と神経接続していた大きな腕輪がバラバラと地に落ちていった。
追い打ちとばかりに、ハンニバルの尻尾に強かに打たれて更に吹っ飛ぶ。
吹っ飛ばされた先は海。
「うわあああっ!?」
ザバンと海中に頭から落ちて、深く深く沈んでいく。海上に上がろうとしても指が海水を掻くだけで、更に沈んでいく。
吹っ飛ばされた衝撃から身を守るために瞼をギュッと閉じていると、何か眩しい光を感じたて恐る恐る目を開けた。
「!?」
海底が黄金色に輝いている。
思わず目を見開くと、何か強い力で体を引っ張られ輝く海底へと吸い込まれていく。
「嘘おおおおおおおっ!?」
吸い込まれた先は、一面の青空。
ヘリから体ごと投げ出されたような体勢で落下していく。
ヤバい、これはヤバい。
アラガミの細胞を取り込み身体機能や再生能力が高いゴッドイーターだとしても、この高さは洒落にならない。骨折の一つや二つは確実にする。
私の身体は特殊で怪我も直ぐに治るけれど、痛いのは嫌だ!
地上を見ると、運良く青々とした森が見える。木をクッションにすれば衝撃が和らぐかもしれないと、そのまま勢いよく森へと落ちていく。
細い枝や太い幹に体を打ちながら地面に落ちようとすると、下に馬に跨って森を進んでいる姿が見えた。
「え、ちょっ、まって、ストップ! ストーーーップ!!」
馬上の影が上を見上げた。
眼帯の男が目を見開いたと思うと同時に、私は彼の頭上に落ちた。
「い、痛っ…….」
体の節々が悲鳴を上げて痛い。
それでも木と、ぶつかった人物がクッションになり特に大きな怪我はない。痛みで顔を上げると、私は違和感を感じた。
「……ここ、どこ……?」
周りを見渡すが、私がいた破壊された街じゃない。空は見たこともないほど晴れ渡り、こんな広大な森は見たことなかった。
すると、目の前に馬が歩いてきて私に近づいてくる。
「わっ!?」
そういえば、馬も写真ぐらいでしか見たことがない。
はじめて見る動物にビックリしていると、馬が鼻をちょんちょんと、私の下にいる存在を突っついた。
「……は!」
慌てて下を見ると、私は眼帯をした男の人を下敷きにして座り込んでいた。
「ちょっ、だ、大丈夫ですか!?」
眼帯さんの上から退いて肩を揺らす。
ぶんぶん揺らしていると、呻き声を発して、眼帯をしていない左目に私が映る。
「貴様……」
緑色の瞳の奥に炎のようなものが揺らめいた気がした。眼帯さんは頭を打ったのか後頭部に手を当てながら私を睨む。
「えっと、あの……なんかごめんなさい」
ゆらりと眼帯さんが起き上がる。
もう大丈夫なのかと心配していると、銀色の光が輝いた。
シュッ、と私の首筋に何かが突きつけられる。
「え……」
銀色の長剣が私に突きつけられ、冷たい眼光が私を見据える。
「貴様はいったい何者だ」
眼帯さんが口を開いた瞬間、何か大きなものがこちらに迫ってくる音がしてきた。
音のする方を見ると、それは無数の馬が駆ける音だった。馬上は全員男?
「良い獲物がいるぞ」
「おいお前、金目のものを出しな」
「あと、そこの女も置いてけ」
明らかにガラの悪い集団に囲まれ、下卑た視線を向けられる。
(嘘でしょ、なにこれカツアゲ!?)
「低能な山賊風情が」
今山賊といったのか、ついていけない状況にただ傍観していると、さっきの眼帯さんの言葉に山賊達が怒り一斉に武器を構えた。
「嘘でしょ……」
私がいた極東とは確実に違うし、また違う意味で物騒だ。ここに落下してきた時の現象も謎があるし、まさか私は別の国が世界にきてしまったのか。
「いやいやまさか」
そんな夢物語な。私は頭を打って夢を見てるのだ、うん、きっとそうと自分に言い聞かせていると、目の前では既に戦いが繰り広げられていた。といっても、一方的な程に眼帯さんの方が強く容赦なく山賊達が殺されていく。
男達の悲鳴に飛び散る鮮血。
濃厚な血の臭いに酔いそうになる。
気が遠くなりそうになると、いきなり腕を掴まれてハッと顔を上げた。
「!?」
「動くんじゃねぇ!!」
山賊の一人に掴まれて短剣を向けられる。
眼帯さんに助けを求めるように視線を向けるが、完全に無視。
プチリ、と私の中の何かが切れた音がした。
「あーもーなに!? 海には落ちるわ空から落ちるわ山賊には襲われるわ! 意味がわからない私を極東に帰せ!!」
「は!?」
山賊を睨んで怯んだ隙に、短剣を持った手を蹴り上げる。宙を舞う短剣を取ろうとする山賊の頭に回し蹴りをお見舞いした。
「ぐへっ!?」
華麗にヒットした足技に満足していると、他の山賊はあらかた眼帯さんが倒していた。
剣を鞘に収めた眼帯さんがゆっくりとこちらに向く。
「貴様はどこから来た……パルスの者か?」
警戒したような視線が私の全身に向けられる。女が大の男に足技決めたら警戒されて当然なのだが、そもそもパルスってなんでしょうか。
「えっと、パルスってなんですか? 私は極東にいて……」
「極東? 東の
絹の国のことか?」
「絹の国?」
首を傾げる私に眼帯さんはますます不審そうに見てくる。やっぱり私は違う世界に迷い込んでしまったのだろうか。
いきなり現実を突きつけられて言葉がでない。
「あの、貴方はどこに向かっているんですか?」
「……部下の城だ」
こうなれば腹を括るしかないと、私は思っきり眼帯さんに頭を下げた。
「私をお供に連れてってください! どこにも行く場所がないんです!!」
「……空から降ってきた不審な女をか?」
「そ、それは……。私もわけがわからなくて……。な、なんでもしますのでお願いします!」
なんでもするという言葉に、眼帯さんの眉間のシワが寄る。ここで縋れる人は彼しかいない。とにかく現地の人について行って、この場所を知るしかない。
恐る恐る顔を上げると、なにか逡巡しながら小さく溜息をついている。
「……ヒルメスだ」
「へ」
「ついてこい」
眼帯さんが背を向けて馬に向かう。
ヒルメスとは、もしかして名前だろうか。
「ありがとうヒルメス!!」
思わず頬が緩んで後ろから突撃する。
「!? な、何をする!?」
「え、抱きつき。喜びの突撃ともいいます」
「なにを意味の分からないことを、ええい離れろ!」
「えー」
こうして、見ず知らずの世界に迷い込んだ私はヒルメスに拾われることとなった。
きっとすぐに極東に帰れるはずーーそう私は楽観視していた。
「え、私も馬に乗れって?」
「まさか乗れないとは言わないだろう……乗れないのか?」
「うん」
「貴様は歩け」
「ええ!?」
波乱万丈な異世界物語が幕を開ける。
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