この想いを言葉にすれば



 暖かな木漏れ日が差し込む昼下がり。
 心地いい風を受けながらすやすやと眠る少女を、サームは優しい目で見守っていた。

 とある貴族の娘であるこの少女とお茶会をするようになったのは、数ヶ月前から。
 彼女の父親と親交のあるサームは、よく彼の館で出会う少女と顔をあわせるようになり、いつの間にか話し相手となっていた。

 今日も、館の庭にある四阿(あずまや)でお茶をする約束をしていたのだが、辿り着いたと思えば少女はすやすやとうたた寝をしていた。

「年相応の、可愛らしい寝顔だな」

 思わず髪を撫でれば、想像以上の柔らかい髪質に自然と髪をすくいあげる。吸い寄せられるように唇にあてると、湧き上がる背徳感に指を離した。

(っ、なにをしているのだ俺は!!)

 十以上年の離れた少女になにをするのかと自分を殴りたくなる。今回は帰るべきかと逡巡していると、眠っていた少女の唇から吐息が漏れ聞こえた。

「ん……サーム……様?」

 ゆるゆると目を覚ました少女の瞳が、サームをとらえる。

「あ、ああ。起きたか、フォルトゥナ」

 居眠りしていたのが恥ずかしかったのか、フォルトゥナは頬を赤くして頭を下げる。

「も、申し訳ありません、サーム様。私、いつのまに眠って……」

「気にせずとも良い、俺も先ほどここにつたいたばかりだ」

 本当はしばらく彼女の寝顔を眺めていたのだが、それを言わずにサームは懐から一つの本を取り出した。

「この前言っていた絵物語を持ってきた。偶然王宮の者が持っていたのを譲ってもらってな」

 今、王都の女性の間で流行っている絵物語を渡せば、フォルトゥナは花が咲いたように笑みを浮かべで本を手に取る。

「! 覚えていてくださったのですか、ありがとうございます!」

 少女の白い指が本をめくる。
 熱心に頁を手繰る姿を微笑ましく見ていると、ぴたりと、彼女の指が止まった。

「…………あの、サーム様」

 おそるおそる本から顔を上げたフォルトゥナが、上目遣いでサームを見つめる。

「王宮の方から頂いたとおっしゃっていましたが、その方とは……」

「宮女だが、それがどうかしたのか?」

「……その方とは仲がよろしいのですか?」

「…………なに?」

 突然の問いかけに意味をはかりかねていると、フォルトゥナは頬を染めて本で顔を隠してしまう。

「……少し、妬いています」

「は……」

「その宮女の方に」

 本で隠れて表情は見えないが、彼女の潤んだ瞳を想像して思わず自分の額に手をあてる。
 今すぐにでも彼女を抱きしめたかった。
 だが、大人の自制心でそれを抑え込み、なんとか口元に笑みを作る。

「それを譲ってもらった者にはたまたま声をかけたたけだ」

 だから心配するな、と言いたいがそこまでは言わずにフォルトゥナの頭を撫でる。
 無言でサームを見ていた彼女は、少し物足りなさそうに視線を落とす。
 それを知りながら、サームはゆっくり手を離した。

 手を伸ばせば掴める距離にいるのに、抱き寄せることができない。
 冷静に考えれば、彼女は自分よりもっと相応しい男と結ばれるべきだと、頭ではわかっている。それでもどうしようもなく彼女を愛おしく想ってしまう。

 いつかこの想いのたかがはずれ、彼女を傷つけてしまわないうちに身をひくべきだと思った瞬間、細い指がサームの手を掴んだ。

「フォルトゥナ?」

「……貴方にとって、私は……どんな存在ですか?」

「……」

「宮女の方よりも、特別だと、思ってはいけませんか?」

「それ、は……」

 哀願をはらんだ瞳がサームを見つめる。
 ずっと見て見ぬ振りをしていた彼女の気持ちを、サームは振りほどけなくなった。

「……フォルトゥナ」

「はい……」

 膝に乗せられた本を椅子にどかして、ゆっくり距離を詰める。互いに瞳の奥まで見つめ合えば、胸になにか熱いものがこみ上げてきた。

「俺にとって、何にもかえられない、大切な存在だ」

 言葉にすればもう後戻りできない。
 初めて出会ったあの時、父の後ろではにかみながら挨拶をしたこの少女に、サームは恋をしていた。

「……やっと、聞けました」

 彼女はほっとしたような、嬉しそうな微笑みを浮かべて一生懸命背伸びをする。

「貴方が好きです」

 耳に囁かれた言葉に年甲斐もなく胸か高鳴る。

「こんな俺で、いいのか?」

 真面目に呟けば、何がおかしいのかくすりと笑われた。

「ずっと前から、貴方だけです」

 顔を上げたフォルトゥナに、ゆっくり顔を寄せる。
 深く合わさった唇を離せば、どちらからともなく抱きしめあった。


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