06.船上の戯言



 潮風が頬を撫で、ブルーのドレスが揺れる。
 船上のデッキで海を眺めていたミスティは、風でなびく金の髪を手でおさえて何かを待っていた。

 船上パーティーに潜入して早数時間。
 目当てのターゲットは部屋にこもっているのか一向に出てこない。内心退屈だが、そんなことはおくびにもださず静かに波の音を聞いている。

『ミスティ、お待たせしました』

 小型イヤホンからやっとバーボンの声が聞こえる。それを合図に、ミスティは静かなデッキから離れ広大なパーティー会場に足を踏み入れた。

 船の中とは思えないほど広い会場はめかし込んだ男女で溢れている。もちろん平凡なものではなく、裏の顔を持つ者達のパーティーであった。

「お一ついかがでしょうか」

「ありがとう」

 シャンパングラスが乗せられたトレーを持った給仕に話しかけられ、グラスを取る。一口、二口と喉を潤しながらあたりを観察すると、ターゲットを見つけた。
 白いジャケットを着た若い男が女性と楽しそうに話しをしていた。見ると男が女の腰に自然と手を回し、抱き寄せながらなにやら囁いている。

(情報通り、女好きのようね……)

 男が女を離し、軽く手を振って離れて行くのを横目にグラスを傾ける。残り半分となったグラスを見て目を細めると、ミスティは男にゆっくりと近づいた。

 男とすれ違う寸前にふらりとよろめいて、男に倒れかかる。気がついた彼がミスティを抱き留めようとした瞬間、シャンパングラスを手から離した。

「きゃあっ!」

「おっと……」

 白いジャケットにシャンパンがかかり染みを作る。男に抱きとめられたミスティは慌てたように彼から離れ、白いハンカチを取り出す。

「ご、ごめんなさい、私の不注意で!」

「いえ、そちらこそ怪我はありませんか、お嬢さん」

 ハンカチでジャケットを丁寧に拭うミスティに男がじっと見つめる。

「ありがとうございます……どうやらちょっとアルコールで酔ってしまったようで……」

 恥ずかしそうに頬を赤らめるミスティに、男は微笑ましそうに笑い、彼女の手を取った。

「よければあちらで休憩されますか? 私が付き添いましょう」

「そんな、素敵なジャケットを汚してしまったのに……」

「いいんですよ、似たようなものは他にも所持していますから。さ、どうぞ」

 男に手を引かれて連れられたのは、この船内でも最上級の客室。男にあてがわれた部屋だった。

 部屋に入ったミスティは男にしな垂れかかり、頬を染める。

「ごめんなさい、私……」

「どうしました?」

 男の耳元に唇を寄せると、ミスティは美しい微笑みを浮かべた。

「貴方には少し眠っていてもらいたいの」

 スカートの中、太ももにベルトで固定していたスタンガンを取り出し、容赦なく男の首に押し付けた。

「!!?」

「……こんな初歩的な色仕掛けが成功するなんて……」

 溜息をついたミスティが男が気絶したのを確認して、部屋の扉を開ける。そこには外で待機していたバーボンがいた。

「流石、手際が良いですねミスティ」

「この男が単純なだけよ」

 何故かクスクスと笑うバーボンにミスティが眉を寄せ、早く仕事を終わらせると手を振る。

 ミスティとバーボンは、組織からの任務でとある情報を得るためにこの船上パーティーに潜入。目的の情報が男の部屋にあると掴んでいたバーボンが、部屋からいっこうに出てこない男の動向を監視し、出てきたところをミスティが接触したのだ。

 流れる手つきで情報を奪取すると、痕跡を一切残さずに部屋から出て行く。

「はあ、任務自体は簡単なのに船の中だとこうも時間がたつのが遅いなんて……」

 デッキに出たミスティが煩わしそうに髪をかきあげて息を吐く。隣についていたバーボンは同意するように頷いた。

「ええ、出航からだいぶ時間がたちましたからね」

「陸が恋しいわ……。私、あまり船が得意じゃないから」

「おや、貴女の弱点が船だとは。良いことを聞きました」

「はあ……今凄く後悔してるわ。貴方に言わなきゃよかった……」

「どうして? 僕と貴女の仲なのに」

 すっと自然な仕草でミスティの腰に左腕を回し、右手でおとがいに触れる。

「ちょっ、バーボンっ!」

 顔を近づけてくるバーボンにミスティの頬が朱に染まる。

「これでも妬いてるんですよ?」

「なっ!?」

「あの男を貴女が籠絡させる会話を通信機越しに聴いていたんです。妬かないわけがないでしょう」

「な、何言って、からかっているの!?」

「いたって真剣ですが? だって僕たち恋人同士じゃないですか」

 にこにこと笑うバーボンにミスティがたじろく。

(確かに見合いにはOKを出したけれど、それは契約だからであって!!)

 顔を真っ赤にさせて焦るミスティに、バーボンがぷっと、吹き出した。

「ふ、あはは! まさかそんなにたじろくなんて、良いものが見れました!」

「っ! 貴方やっぱり私をからかっていたのね!」

「さあ、どうでしょう。貴女が可愛いのでナイショです」

 うそぶくように言うバーボンに、ミスティは絶対からかっているだけだと彼の手を払って身を離す。

「ほんとうに、貴方は戯言たわごとだらけね」

 そう言い残し、船室へ戻るために背を向ける。契約して短期間で本気になるなんて絶対にないと言い聞かせながら、部屋へと戻った。


「…………からかいすぎたか」

 去って行く金の髪を名残惜しそうに見送りながら、バーボンが呟く。
 すべて嘘偽りない言葉だったが、当の本人かは戯言だと言われてしまった。

 確かに、自分から契約だと持ちかけたのだ、本気だなんて思われないだろう。自分は彼女を利用する立場なのに。

 でも、自分の言葉に顔を赤くさせる彼女があまりにもかわいかったから、もっといじめてみたいと思ってしまったんだ。

「まだはじまったばかりだから焦ることはない」

 そう呟きながら、バーボンは青い海に視線を移して彼方へと続く地平線を眺めた。


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