自覚症状


「クラウドって、煙草吸ったりするの?」

 まんまるな瞳が俺を覗き込む。唐突なその台詞に、俺は、は? と間抜けな声を出すしかできなかった。
 ここは、ミッドガル、七番街スラム。最近生業にし始めた『何でも屋』の仕事を終え、幼馴染の経営する店……セブンスヘブンで休息を取っている時だった。

 今日の仕事は、ずいぶんと面倒なものだったのだ。とある婆さんの依頼。散歩中、スラムに棲み付いているモンスターに、旦那の形見であるキセルを盗られてしまったから取り返してきてほしい、というもの。
 そんなに大切なものならモンスターのいるようなところで持ち歩くな、と言いたかったが、ティファからの紹介なので何も言わず引き受けた。引き受けたはいいが、このモンスターがなかなかの曲者だ。

 警戒心が強く、巣をコロコロと変えるタイプのモンスターで、人間の気配を察知するとすぐに場所を移動してしまう。巣作りのためにキセルを持っていったのではないか、というティファの考えを聞き、モンスターを捕えるためのトラップを張った。
 そのトラップを張るために、スラムのゴミ溜めから使えそうな廃材を引っ張ってきたり、事情を話して住民から捨てる寸前の布などをもらってきたわけだが(正直これが一番面倒だった)、そのトラップにすらなかなか引っかからない。

 痺れを切らした俺は、逃げられてしまうのなら、逃げる前に叩き斬ればいい……と、とにかく追いかける作戦へと移行した。
 モンスターの討伐自体はすぐに終わったが、問題のキセルがどこにも見当たらず……モンスターが逃げ回る際に立ち寄っていた場所をしらみつぶしに探し、丸一日かけてようやく、依頼のものであるキセルを見つけ出したのだった。

 しかしもう日も落ち、辺りは真っ暗。お婆さんには私から話しておくから渡すのは明日にしたら? とティファが言うため、俺は婆さんのキセルを持ったまま、セブンスヘブンのカウンターに腰を下ろしたのだった。

 婆さんに話をしに行ったティファはいないため、今この場には俺一人だ。カウンターに座り、ティファを待ちながら片手にキセルを遊ばせていると、突然、冒頭の言葉が投げかけられたのであった。

「さっきティファとすれ違ったよ。武器屋さんの角曲がった突き当たりの、お婆さんの家行くって。クラウドがセブンスヘブンにいるって言うから、来ちゃった」

 覗き込んできたのは、ティファと同じように、この七番街で再会した、もう一人の幼馴染。ティファと同じ歳であるにも関わらず、どこかあどけなさを残した名前は、ニブルヘイムにいたときとそう変わっていなかった。
 名前は当然のように俺の隣の席に腰を下ろす。

「……名前、お前一人でここまで来たのか?もう外も暗いんだ、何かあったらどうする」
「だってまだ寝るのには早かったんだもん。ていうか、私よりティファの心配しなさい! あんな美人さんが一人でスラムを出歩くなんて危ないでしょ!」

 ぷんぷん、と擬音が聞こえるように、腰に手を当てて頬を膨らませる名前。仕草は子どもっぽくとも、一応、妙齢の女性なんだ。というか、そういうところがなんだか危なっかしいのだが……名前にはあまり自覚がないらしく、いつもティファの方が、などと言うのだ。俺が二の句を継ごうとすると、名前は、そうじゃなくて! と話を遮った。

「そのキセル、どうしたの? クラウド吸ってたっけ?」
「ああ、いや、これは」
「すっごい……なんか、渋いね! 」

 名前が俺の手にあるキセルを見つめ、きらきらと目を輝かせる。確かに、葉巻が主流の今、キセルを見ることはほとんどなくなったので、物珍しいのかもしれない。

「ねえねえ、見せて見せて!」
「……俺の物じゃなくて、依頼主の物だからな。壊すなよ」
「壊さないよ〜子どもじゃないんだから!」

 ……キセルで目を輝かせるなんて、じゅうぶん子どもだと思うが。そう口には出さず、よこせと言わんばかりに差し出した手のひらにキセルを乗せてやる。人差し指と親指でキセルをつまんだ名前は、まじまじと眺めだした。

「ほほ〜う……なるほど……これはいいものですね……」
「わかるのか?」
「もっちろん! これでも一応アイテム屋勤務だからね!」

 自信ありげな名前が胸を張る。この七番街でアイテム屋として働く彼女は、質屋のようなこともやっているらしく、骨董品の扱いには長けている……らしい。俺は実際に名前が働いているところは見ていないが、ティファがそう言っていた。
 どうやらそれも嘘ではないらしい。おどけた顔から真剣な目付きになった彼女は、細い指先でキセルの輪郭をなぞる。

「ここ、この管のとこね。羅宇って言うんだけど、ここが黒檀っていう植物でできてるのね。大体は竹でできてたり、全部金属でできてたりするから、なかなか珍しいの。これはレア物ですよ〜」

 名前が楽しそうに語る。俺には骨董品の良し悪しはよくわからないが、婆さんの旦那の形見だというそれがかなりいい代物だということは理解した。
 しばらくキセルを見つめていた名前が突然顔を上げた。ひらめいたような顔をしているが……こういうときの名前は大抵しようもないことを考えている。

「ねね、クラウドさん。ちょっと……これ持ってみていただけませんか」

 ……やっぱり。きりっと眉を上げたかと思えば、口から出たのはどうでもいいお願いだった。
 俺にキセルを持って、ポーズを取ってほしいらしい。すこぶる面倒だが、名前の頼みを断ったあとの方が面倒そうなので、大人しく言うことを聞くことにする。
 名前からキセルを受け取り、口元に添えるようにポーズを取った。横から視線が刺さる。非常にやりづらい。

「う〜〜ん……なんか違う! ちょっと手貸して」
「は?」
「親指と人差し指はこう、他の指はグーにして」

 突然名前に手を取られ、戸惑ってしまう。
 細くしなやかな手が俺の素手に触れる。一度キセルを奪い取って、俺の手を握り込んだ。
 いきなり縮まった距離と、握られる手の熱に困惑する。傷一つない白い指が俺の指に絡められ、やわやわと肌を滑ってゆく。
 動揺して上げた視界に映ったのは、至近距離にある名前の顔。長いまつ毛は伏せられ、薄桃色の頬に影を落としている。あどけない顔立ちながらも通った鼻筋と、少しだけかさついている唇。感じたことのない幼馴染の距離に、額に汗が滲むのを感じた。

「で、人差し指で支えるように持つの。……クラウド? 聞いてる?」
「あ? あ、ああ」

 我ながら情けない声が出てしまった。名前は気付いているのかいないのか、俺の顔を覗き込むように首を傾げる。さらりと揺れる髪に、不覚にも、心臓が音を立てた。
 ……いや、不覚にも、ってなんだ? 名前はティファと同じ、ただの幼馴染だ。手を握られるくらい、どうということはない。
 俺が一人で必死にそう言い聞かせていると、名前がゆっくりと俺の手を離し、じっくりと眺めたあと、口元に手を当てた。名前の周りに、花が飛んでいるように見える。

「かっ…………こいい〜! いいよクラウド! すっごいかっこいい!」
「……大げさだ」

 名前はキセルを持っただけの俺をやたらと誉めそやした。こいつは普段からはっきりものを言うタイプだが、真正面から褒められてしまうと……さすがに気恥ずかしい。
 そんな恍惚な表情を向けられて、照れずにいられるほど、俺は大人ではなかった。

「ごつごつしてるというか、大きいというか……やっぱり男の人なんだねえ、クラウド」

 えへ、とこぼして、名前ははにかんだ。
 その笑顔に、どっ、と心臓が高鳴る。
 ……なんだ、なんなんだ、この気持ちは?
 名前の顔を見たい。もっと俺に笑いかけてほしい。俺だけを見ていてほしい。
 名前に、触れたい。

「名前、」

 気付けば身体は動いていた。持っていたキセルをカウンターに置いて、にこにこと笑っている名前に手を伸ばす。
 指先が、柔らかな頬に触れる、寸前だった。

「お待たせ、クラウド! お婆さんの世間話につかまっちゃっ、て……」

 ……セブンスヘブンの扉が開く。入ってきたのは、婆さんの家に行くと言っていたティファ。
 俺の手は名前の頬まであと数ミリというところで止まり、固まった首を回してティファの方を見ると、同じく固まっていたティファの顔が、みるみると形相を変えていく。

「あ、おかえりティ……」
「クラウド! あなた名前に何しようとしてたの!?」
「わわっ!?」

 眉を吊り上げたティファが、名前の挨拶も無視してずんずんと俺達に近付き、名前から引き剥がすように俺の肩を押しやった。バランスを崩した俺は椅子から転げ落ちる。……受け身は取ったから、問題ない。

「ま、待て、ティファ、俺は」
「もう、やっぱりさっき名前とすれ違ったときに止めればよかったわ! まさか名前に手を出すなんて!」
「ティ、ティファ? 私何もされてない……というか私が手を出してたというか」
「名前は黙ってて!」
「はいッ!」

 ぎっ、とティファに睨まれた名前が姿勢を正す。怒ったティファは手がつけられない。
 とにかく俺は何もしていない、婆さんのキセルを名前が持てと言うから持たされていただけだと必死に弁明する。するとだんだんティファも落ち着いてきたのか、ひとつため息をついてカウンターバーの中へ回り込んだ。棚からグラスを取り出し、布巾で磨き始める。

「ティファったら大げさだなあ。私がせがんでただけだから、クラウドは何も悪くないよ?」
「もう名前、いくら幼馴染だからって、クラウドも男の人なんだからね? その辺ちゃんと自覚しないと」
「あ、それはさっき理解した! クラウドも、男の人なんだって……」

 俺がキセルを持っていた先程の姿を思い出したのか、名前が顔を赤らめて頬を押さえた。恥じらうようなその姿に、ティファから鬼の角が生えた……ような気がした。

「………………クラウド? あなたやっぱり…………」
「待て落ち着けティファ誤解だこれは」
「問答無用!」

 ……夜のスラム街に、謎の破壊音が鳴り響いたという。
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