はじまりは魚の悪戯

(見合いとか面倒くさ…)


雪が溶けて長い冬が終わり春がきた
今年は社会復帰でもするかなぁとぼんやり考えているとある日突然父に見合い話をもちかけられた
お前も25歳なのだからそろそろ将来を考えろ、らしい

気が進まない
彼氏はおろか好きな人がいる訳でもないが見合いをする気にはなれない
私みたいな穀潰しを嫁にほしがる物好きなんていないだろうに…

そう思ったところで
ある人を思い出した

夢のような不思議な出会い
突然やってきて、別れの挨拶も出来ないまま遠くに行った人

後からやってきたもう一人の少年はきちんとお別れ出来たが

今でもやはりあれは夢だったのかなと思う

そういえば少年の方は帰り際、雪が溶けたら思い出して欲しいと言っていたっけ
一体何を言うんだか

あれだけの日々を過ごしたのだから
雪が溶けなくても二人の事は思い出していた

現に今もこうやって
当時彼らの住んでいた離れに足を運んでいる


あの二人の影に私は何を求めているのだろうか
自嘲気味に小さく笑いながら歩いていた
その時だった


「だああああっ?!」


本来靴に伝わる筈の土の感触がない
私は地面を踏み外した


「喜八郎の奴…」


久しぶりに口にした名前

突然うちにやってきた二人のうちの一人
穴掘りが大好きでうちにもさんざん落とし穴を掘ってくれた
今のところ私しか引っかかっていないのだが

彼は私が渡したスコップをすーこちゃんと名付けえらく気に入っていたが
あちらでも変わらず穴を掘っているのだろうか


私が一人でも抜け出せるよう浅めに掘られた落とし穴
穴の中から上を見上げると抜けるような青空が広がっている

不思議な景色

土の匂いに包まれながらぼんやりと空を眺めていると見合いの事なんて忘れてしまいそうだ

…実際忘れたいのが本音だが

しかし何時までもこうしてる訳にはいかない
まずシャワーをあびて泥を落とさないと

そう考えながら穴から身を乗り出すと
先ほどと違う景色が広がっていた


「…はい?」


どこだ、ここ

さっきまで確かにうちの敷地内にいた筈だ
だがこんな場所私は知らない
コンクリートが見えない、電柱がない

遠くに人が見えるが明らかに様子がおかしい
私はこの状況を知っている
だがそれはあくまで知識としてだけであり
現実ではありえない


「…戦?」


血の気が引いた
博物館でしか見ないような鎧を身にまとった人達が大勢見える
撮影の訳がない

これだけ見晴らしの良い場所でカメラは見あたらない


ここにいてはいけない


私の本能がそう告げ
今見た景色に背を向け走り出した


(何これ、あり得ない
殺される)


遊びではない
彼らは本気で殺し合っている
巻き込まれたら命はない

けれど今こうやって逃げたところでどうする?
この見知らぬ土地で私はどうやって生きる?
穴に落ちただけなのに、どうしてこんな事に…


(走りにくい…っ!)


スニーカーにジーパンにパーカー
決して動きにくい服装ではない
けれど足場が悪い

元々大して早くも無い足だ
恐らくこの土地を走り慣れてる人にはあっと言う間に追い付かれるだろう

誰かに追われている訳でもないのに
ひたすらに恐怖心が私に襲いかかる


「何奴だ!!」

「ひっ?!」


明らかに私に対する怒号
人の気配なんて今まで無かった筈なのに気付けば私を取り囲む無数の人
どの人物も顔はよく分からない


「妙な格好をした女だな
敵のくのいちか?」


くのいち?
こいつら何を言って…

いや、待てよ


「…その服」


最初混乱していて気付かなかったが
私を取り囲む人たちの服装は見覚えがあった

懐かしさを覚えるその色

最初に私の所にやってきた


「あの…雑渡、昆奈門と言う方を知っていますか?」


包帯に身を包んだ
とても強くて優しい人


「貴様、組頭が狙いか?!」

「わー!違います!違います!
私雑渡さんの知り合いです!
雑渡さん!雑渡さんを呼んで下さい!」


私を睨んだ人が物騒なものを取り出した
私はそれを知っている
雑渡さんに見せて貰った事があるもの

とりあえず、組頭という単語も聞き出せた
彼は忍びの組頭だと言っていたし間違いない
この人は彼の部下だ


「なんだか騒がしいと思ったら」


突然背後から聞こえた
この声は


「これ、幻じゃないよね?」


出会った時と同じ姿をした
雑渡さんだった


「雑渡さあああああん!!!」

「よしよし、前にもこんな事があったねぇ」


彼が言うのは以前強盗がやってきた時の話だろう
その時も彼に助けて貰って、安堵のあまりこうやって泣きついたっけ


「彼女は私の恩人なんだ
手厚く扱ってくれ」

「しかし、組頭!」

「大丈夫、この子はくのいちでも何でもないし
その辺の子供と同じ程度の力しかないよ
でも頭はお前より賢いかもね」


彼の部下と思われる人が難しい顔をしている
何もそんな顔しなくても


「雑渡さん、きちんと戻れたんですねーよかったー!」

「久しぶりに再会してまずは自分の身より私の心配かい
私愛されてるなぁ」


雑渡の大きな手で頭をなでられるのは久しぶりだ
薬の匂いと相まってとても懐かしい気持ちになる


「喜八郎は?」

「彼もちゃんと戻ってきたよ
相変わらず元気に穴を掘っている」

「そっか。良かった
しかし、私その喜八郎の穴を落ちまして
そしたらここにいたんです」

「私が戻ったのも彼の落とし穴が原因だし
何かあるのかもしれないね
さて、積もる話は多々あるが今は合戦の真っ最中なんだ
君がしてくれたように、今度は私が君を助けよう
今から安全な場所に案内するから、少し待っててほしい」

「は、はい」


そう言うやいなや
彼は軽々と私を抱き抱え慌てて止めに入る部下にすぐ戻るとだけ告げ
森の中を走り抜けた