果たして悲劇か喜劇か

(アトラクション施設みたい…)


とりあえずここにいてと連れて来られたのは雑渡さんの家

すぐに戻ると部下に告げ
私を抱えてここまで運んでくれたのだが忍者って本当にすごい早い
雑渡さんマッチョって訳じゃないのに一体どうなってるんだ

そして時代劇村とかで見たそのままの家を見て
本当の意味で私と住む世界が違うのだと再認識した

この時代の平均は分からないが雑渡さんの家は殺風景なのだろうか
必要最低限の物しか見あたらず、生活感があまりない

勝手に何かいじる訳にもいかないし…と思いつつも暇を持て余している

やる事もないので押し入れを開け布団を取り出し
床に敷いてみた


(起きる頃には帰ってくるだろ…)


うーん、床がかたい
懐かしさすら覚える薬の匂いを嗅ぎながら
寝具もだいぶ進化したのだなぁなどという考えを巡らせている内に私は意識を手放した


─────────


「なまえちゃん」

「ん…あー、雑渡さん。おはようございます」

「私今日は帰宅してただいまって言ったらおかえりって返ってくるのかと楽しみにしてたのに」


仕事を終えたのだろうか
これは火薬の匂いか
雑渡さんからは少しばかり何かが焦げたような匂いがした

以前は嗅いだ事の無かった匂いだ


「すいませーん、暇だったのでつい
おかえりなさい、雑渡さん」

「ただいま
しかし本当に驚いたよ、また会えると思わなかった」

まだ覚醒しきっていない脳味噌は言い訳も思いつかない
体を起こし正直に事を伝える
まだ少し眠い


「私もです
喜八郎はきちんとさよなら出来たけど、雑渡さんは唐突過ぎました」

「あれだけ帰りたかった筈なのに
戻ってきてからやはり後悔したよ
こんな形の再会でこんな事言うのも悪いけど、また会えて良かった」

「いえ、私も会えて良かったです」


私たちの再会は早い話事故に近い

決して喜ばしい事ばかりではないのだ
ここは雑渡さんが生まれ育った世界である以上、彼にリスクはない

だが私は違う

私はこの時代の人間ではない
私が二十年以上かけて築き上げてきたもの
得たもの
私を育ててくれたもの

それを全て捨てる覚悟なんて無い


再会出来た事は純粋に嬉しい
けれどこれは下手すれば
同時に悲劇のはじまりなのだ


「そういえば戻ってきてからはどうだったんですか?」

「それがねぇ、あっちでは季節が二回は変わったけれど
こっちでは数日しか経っていなかったんだ
だから大して問題は無かったよ」

(逆浦島太郎…)

「そっちはまだ冬なのかい?」

「いえ、雪も溶けて遅い春が来ました
私も25歳です」

「辛い現実だね
どうせまだ働いてないんでしょ」


この人はまたこうやって答えたくない質問を投げてくる


「雪も溶けたし働こうと思ったもん!
なんかおとーさんは見合い話持ってくるし!
私見合いなんかしたくないのにー」

「なに、見合いしたくないの?」

「したくないですよー
別に誰でも良いから結婚したいわけじゃないし」


向こうとて誰でも良いから結婚したいという訳でもないと思うが
それを前提として人に会うのは何だか気が引けるし
私のような無職な貰いたがる物好きもそうはいないと思うし何より面倒くさいのだ


「見合いを回避する良い方法があるよ」

「…なんですか」


嫌な予感がする
蛇に睨まれたような、雑渡さんの見透かすような視線に思わず抱えていた布団を強く握りしめた

心なしか、先ほどより距離も詰められている気がする
ギシリと床の軋む音が聞こえた


「私の子を孕んで帰ると良い」

「とんだ無責任発言ですね」


その言い回しだと平成の世に私にシングルマザーになれと言うのか
孕んで帰った日には確かに見合いなど破談だろうが私も勘当されかね無い気がする


「勿論私の所に嫁に来るでも良いよ
こんな時代だけど不自由にさせないだけのものを私は持っているからね」

「よく言いますね、貴方が決断出来なかった事を
私が出来ると思いますか?」


嗚呼
やはりこの人は狡い人だ