灯りの行方

「忍術学園はどうだった?」


日の暮れる前に雑渡さんは迎えに来てくれた
前触れもなく突然現れるものだから驚いてしまったが
急いで迎えに来てくれたのかと思うと純粋に嬉しく思う

そして帰り際、小松田君がなーんかサインを貰わなくちゃいけない気配がすると言い出したのには少し笑ってしまった

きちんとサインすれば良いのに


「楽しかったですよ
喜八郎も元気でした」

「それは良かった」


この時代の夜は暗い
小さな灯りで灯された部屋はそれでも暗く

私の横にいる雑渡さんの顔色すら伺えない
声色は穏やかだがその表情も穏やかなのだろうか

声色だけで判断出来るほどこの人の感情は分かりやすくはない


「何時でも遊びに来て良いそうです
しかし凄いですね。一年生はまだ十歳だというのに将来を見据えてるなんて」


喜八郎から聞いた忍術学園の話
十三歳の喜八郎が四年生なら一年生は十歳で当然なのだが

忍び装束に身を包んだ一年生を見てやはり驚いてしまった
私の半分にも満たない子供が、忍びを志しているのだ


「無職には耳が痛かったかい?」

「耳というか、心が痛かったです」


たった、十歳なのに

誰が悪いと言う訳ではない
強いて言うなら悪いのは時代だ

これが当然な世界

本当に、残酷な世界だと思う


「そうか
ああ、申し訳ないんだけど殿が近々戦を仕掛けようとしていてね
諜報活動もあるしこれから少しの間帰りが遅くなるよ」

「そうですか」

「次の休みは町に出よう
美味しいうどん屋を尊奈門に教えて貰ったんだ」

「楽しみにしてますね」


そう言って私を抱き締める雑渡さんからは嗅ぎ慣れた薬の匂いはしたが

以前のように太陽と土の匂いはせず

薬の匂いとは別に


まだ慣れない匂いがした



─────────



「きーはちろー!あーそぼ!」


翌日
暇を持て余した私は早速忍術学園に遊びに来た


「おや、なまえさん
25歳にもなって13歳に遊ぼうと声をかけるのはどうかと思いますよ」

「…そんな冷たい事言うなよ」


仕方ないじゃないか
この時代には雑渡さんと喜八郎しか知り合いはおらず暇をつぶす物もないのだから


「僕も遊びたいのは山々なんですが
今日食事当番なので晩ご飯を作らないといけないんです」

「食事当番?はー全寮制と言い忍術学園は自主性を重んじるのだね
それともこの時代では普通なのかい?」


しかし喜八郎は泥だらけでとてもじゃないがこれから料理するようには見えない
勿論泥の訳も畑から野菜をとってきた、なんて物ではないだろう
まさかこの状態で台所に入ると言うのか


「この時代は何でも自分で出来ないとダメなんでーす
そんな訳で遊べないです
遊んでたら滝に怒られちゃうので」


こんな年から独立をはからなければならないのか
だらだらニートやってないで少しは室町を見習わなければならないか

しかし食事当番か
それなら話が早い


「それ、私が手伝うのはダメなの?」

「手伝ってくれるんです?」

「部外者が手伝っても平気ならね
食べたい物あるかい?」

「僕なまえさんの作る甘い肉じゃが食べたいです」

「はいはい」


良かった、これならこの後の話もしやすくなる

案内された台所に喜八郎が材料を用意してくれたところで
ここは私に一旦任せてその泥をどうにかしてきなさいと言い聞かせると
渋々泥を落としに行った

しかし、ジャガイモの語原は確かジャカルタ芋だった気がするのだが
五百年前のこの世界でこうも私の世界と変わらぬジャガイモが存在していて良いのだったか

細かいことは気にしない方が吉なのか

包丁で皮を剥くのは久々だななどと考えながらも調理を進めた


「こちらの時代の台所は色々勝手が違うでしょう」

「そうだね。調理器具は勿論だけど保存の仕方も全然違う」


頭巾を外し、先ほどよりは小綺麗になった喜八郎が釜戸の火を見ながら私に訪ねた
釜戸なんてものも実物は初めて見たし羽釜でご飯なんて炊いた事もない

冷蔵庫も炊飯器もレンジも無いこの時代の主婦は偉大だと思う


「でも今雑渡さんのところにお世話になってるんですよね?
食事の準備位はしてますよね?」

「って、思うだろ?」

「うわーそれすらもしてないんですかー
なまえさん完全に穀潰しですー」

「まぁ、話は最後まで聞きたまえ
…したいよ。そりゃ勝手は違えど料理位したいのだがとある重大な問題があってな…」


私とて世話になる身分だと言うのに穀潰しでとどまる気などない
しかし私にはどうしようもない
重大な問題があるのだ


「何です?」

「…火が、起こせないんだよ」

「あぁ、なるほど」


この時代では出来て当然かもしれないが平成の時代に火を起こせる奴なんてよほどのアウトドア好きか考古学好き位しかいないだろう

子供の頃叩きつけると火花の出る石を探して遊びはしたが火花が出るのが楽しかっただけで火を起こすまでには至らない

そのようにあくまで娯楽としてしか火を起こそうとしていない者が

生活の為に火を起こせて当然の世界に突然やってきて即座に適応出来る訳もなく


「火が起こせないなら料理も何も出来ない訳さ…
雑渡さんに教わるにもあの人今忙しくてな…」


疲れて帰ってくる雑渡さんに火の起こし方教えてくださーいと訪ねるのは些か勇気がいる

この時代の外食はそれはそれで楽しいがやはり食事位用意してあげたいのだ


「なまえさんの時代は火を起こす必要ないですもんね
火を起こせないなら食事も風呂も用意出来ない、と」

「…洗濯と掃除は覚えたぞ
そんな訳でこれが終わったら火の起こし方を教えてくれ」

「まぁ、なまえさんの頼みなら断りませんけど」

「ありがとう、喜八郎」


この時代で私が出来る事なんて本当に限られているが

それでも少しで良いから役に立ちたいし

負担になりたくはないのだ



「これをこう、がっとやってがちっとなれば火が起きます」
「待て、全然分からん」
「だから、こうです
あー、なまえさん違いますー」
「どう違うんだ?!私には違いが分からないぞ?!」
「喜八郎に物を教わるのは無理な話だぞ
そいつは説明下手だ」
「おや、立花先輩」
「火器を扱えば学年一!田村三木ヱ門、ただいま参上!」
「まあ、火薬バカまで」
「だ、誰でも良いから懇切丁寧に教えてくれないか…」