水槽の中

「なまえさん、その団子は?」


穴の中での再会も程々に
今は喜八郎に学園を案内して貰っている

すぐに学園長先生にご挨拶しても良いのだが私は道が分からないし喜八郎にゆだねる事にしたのだ


「土産なんだけど喜八郎宛の奴は穴に落ちた時に少しつぶれちゃったよ」

「そっちの綺麗な方食べましょう」

「これは学園長先生のだからダメー
潰れたのはそもそも上から落ちてきた喜八郎のせいなんだから我慢しなさい」

「ちぇー」


形の歪になった団子を見て喜八郎は口を尖らせたが残念ながら自業自得だ

いくら喜八郎といえどそこまで甘やかす訳にはいかない


喜八郎に連れられ来たのは
四年生の長屋

学園長先生の庵への通り道らしい

ここが喜八郎の学年の長屋という事は喜八郎の同級生などにも会えるのだろうか


「綺麗な髪だね〜」


思ったよりも早く
その時は訪れた
文字通り後ろ髪を引かれ振り返った先にいたのは喜八郎と同じ色の制服の派手な子

にしても背は高い
発育の良い子なのだろうか


「君がなまえちゃん?
喜八郎君がよく話してたよ〜
にしても綺麗な髪だね、今度結わせてよ」


そう言って私の髪を楽しげに触る少年は以前喜八郎がはなしていたタカ丸と呼ばれた少年だった

髪結い、平成で言う美容師だという彼はこの僅かな接触だけでそのコミュニケーション力を見せつけられた気がする

そして私の髪は断じて褒められたものではない
室町時代のヘアケアと平成のヘアケアで差があるだけだと思ったが黙っていた


「貴方がなまえさん?
うちのアホハチローがご迷惑をおかけしませんでしたか?」

「私は田村三木ヱ門、忍術学園のアイドルです
そしてこちらは私のアイドル、サチコ三世です」

「喜八郎の友達は個性的な子が多いね」

「そうですか?」


四年長屋を抜ける頃には喜八郎の友達全員に挨拶が終わっていた

喜八郎と仲良くするだけあっては個性的な子ばかりだ
そして揃いも揃って顔が整っていた
類は友を呼ぶものなのだろうか


「ここを抜ければ学園長先生の庵です」


ついに学園長先生にお会いするのか
団子はきちんと持ったし
多少泥はついているが、まぁ見られない程でもないだろう

挨拶を終えた後は喜八郎と何をしよう
そんな考えを巡らせ

踏み出した瞬間だった


「…私?」


私の前に
私が立ちはだかったのだ

どうした事か
着物の柄まで同じで
二十年以上も見てきた、見間違えるはずもない自分の顔がそこにあるのだ

さて、私は狐にでも騙されているのか


「おや、鉢屋先輩」

「せ、先輩かい?」

「この格好じゃ驚きますよね
鉢屋先輩は変装の名人なんですよ」


なるほど
それなら納得だ

にしてもよく出来ている
まるで鏡を見ているようだ


「あはは、驚きましたか?
先ほど紹介に預かりました鉢屋三郎です」

「驚いたよ。しかし凄いものだね
初対面でこんなにも完璧に化けるなんて」

「いえ、実は初めてじゃないんですよ」

「へ?」


確かに私たちは初対面なのだがこの鉢屋と呼ばれた男は私に化けた事があると言うのか
また一体どうして


「綾部に頼まれたんですよ
自分じゃ上手く化けられない、こんな感じの顔だと言われて」


これはまた驚きな話を聞かされた


「その時の変装はイマイチでしたよね」

「見た事のない人間に変装したんだから当然だろう
むしろ会った事もないのに私の変装は結構似ていたぞ
でも実物の方がお綺麗でした」

「君は口が上手いね」


喜八郎が
私の変装を目の前の少年に頼んだのか

今はこうやって三人で談笑してるが

果たして私の変装を彼に頼んだ時の喜八郎の心境はどうだったのだろう

室町の時代に私の影を探したのだろうか


『もう私の変装はいらないね』


そんな言葉
かけられる訳がない

ただただ
無責任なその言葉

私という存在が
彼の障害になるのではないかと思うと


チクリと胸が痛んだ