違う入れ物

その後の喜八郎だが
実に強引だった

そもそも以前うちには綾部喜八郎という名の少年が働いていた事実があるのに

同姓同名、さらには顔付きまで似た青年が突然私と交際してますと言い出したのだ

両親も混乱していたが意外にも彼はそんな両親を言いくるめてしまった

忍者の知恵は平成でも使えますよ、対人関係はとくにです

と彼は私に言った


出発は翌日
急だったがこういう時独身無職は身が軽いものだ

無駄にならなくて良かった、と喜八郎の用意していた私の分のチケットで

高校以来の東京に私はやってきた


空港から電車を乗り継ぎ案内された喜八郎の部屋は殺風景で
生活感を感じない部屋だった


「物、少ない部屋だね」

「僕趣味らしい趣味がないですからね〜」


喜八郎は変わらず、穴掘りが好きらしい
しかしこの時代はあまり自由に穴が掘れないから不便だ
なまえさんの町位の田舎に将来的には住みたいと漏らしていた

確かにうちの町なら多少場所は選ぶが穴は掘り放題だ
彼も満足いくだろう


「予備の布団あるんで、それ使って下さい」

「わかったよー」


交際している、などと喜八郎が口にしたのはあくまで私を連れ出す口実であり
そんな事実はない

付き合ってる訳でもない男の部屋にわざわざ海をわたってまで転がり込んだ私はしたたかな女だろうか

しかし、働かないとなぁ
バイトでも良いか
田舎と違い職は数多くあるだろう


「ねぇなまえさん、家賃も生活費もいらないし
食費も出しますからうちにいる間ご飯作って下さい」

「…喜八郎、それはいくらなんでもダメだ」

「ご飯作るの嫌ですか?」

「そこじゃない、お金の話だ
無職でもプライドはあるの」

「そんな安いプライド邪魔だと思いまーす」


布団の上で口を尖らせ、上目遣いで私を見る喜八郎は
私の知る13歳の喜八郎の影が見える


初恋、というのは神聖なものだ

それが五百年もの間熟成されてしまったのだから私は彼の中で神格化してるのだろう

13歳の目で見えた私は多くのフィルターがかかっていたに違いない

同じ平成の世で
同じ成人済みの目で見た私はキラキラした人間ではない


喜八郎は、早々に目がさめてしまうだろうか

前のような関係はもう望めないかもしれない


ピンポーン


「ん?客かい?」

「おや、誰でしょう」


話し合いは中断され、喜八郎は玄関に向かい
扉をあけると

そこには派手な金髪の青年がいた


「喜八郎く〜ん!
これ、滝夜叉丸君に借りてたDVDなんだけど〜」

「おや、タカ丸さん
滝夜叉丸ならもう新居に引っ越しましたよ」

「えーっ?!引っ越しってもうだっけ??
うわぁ、やっちゃった〜…」

「良いですよ、僕が返しておきますから」


タカ丸

確かに喜八郎は今そう言った

平君だけじゃなかったか
なるほど、魂はリサイクル制で間違いはないようだ

今世の人とのつながりは前世の人間関係が影響していると聞いた事はあったが

いくらなんでも影響される範囲が狭すぎやしないだろうか


しかしこれが平成の斉藤君か
背は高いしお洒落だしこれは間違いなくモテるな

部屋の奥から玄関の方を眺めていると

肝心の斉藤君と目があった


「あれ?もしかして俺邪魔した?」

「そんな事ないです
折角だから紹介しますね、なまえさんです」

「僕は斉藤タカ丸、渋谷で美容師やってるんだ〜
喜八郎君の彼女ならサービスするから今度遊びに来てよ」


へらっと笑うその顔は
見覚えがある

当時15歳だった彼は大人に近いと思ったが
こう見るとやはり15歳の斉藤君の方が幼い

喜八郎の紹介に合わせて玄関まで足を運び
斉藤君の紹介の後によろしくお願いしますと軽く頭を下げた所

髪の毛に何かが触れた


「にしてもなまえちゃん、髪痛んでるね〜?」



『綺麗な髪だね〜』



確かに
貴方はあの時ああ言ったのに


「これでも昔は褒められたんですよ」

「そうなの?」

「えぇ、五百年ほど前にね」


五百年前の斉藤君は私の髪をやけに褒めていた
平成では褒められない髪の毛も室町では褒められるのだから

ヘアケアに差があるのだろうと思ってはいたが

やはり予想通りだった


「あはは、なまえちゃんおもしろいね
じゃあもっと手入れしないとね〜」


私の気持ちも知らず
斉藤君は笑っている

これからも斉藤君のように転生した忍者のたまご達と顔を合わすのだろうか


私の気持ちの整理がつくのはまだ時間がかかりそうだ