前世からの答え合わせ

社会復帰初日、見知った顔ばかりというのはやりやすくもあり、やりにくくもある

雑渡さん以外にとっては私は初対面というのもなかなかに複雑だ

雑渡さんの推薦、というあまりにも力強いコネのお陰か皆が私を丁重に扱うのが分かる

せめて、きちんと仕事だけは出来るのだと認識されたい
そんなプレッシャーを受けながらも何とか初日を終えた


「お疲れさま、続けられそう?」


終業後、そう声を掛けてきたのは雑渡さんだ
片手にはお茶のペットボトルと缶コーヒーを持ち
迷う事なくお茶を私に差し出し、そう訪ねてきた


「皆さん優しいですし、なんとか
働く事自体久々でちょっと怖かったんですが、この環境なら頑張れます」


ありがとうございます、とお茶を受け取ってからそう答えた

何せここ、ほんとに条件が良い
おまけに皆知ってるからどう接するべきかも知っている
こんなにも幸運な事はない


「そう、なら良かった
まぁなまえちゃんなら大丈夫だよ」

「あはは、それに応えられるよう頑張りますね」


頂いたお茶を開け、一口飲む
喉が潤う、やはり日本人にはお茶だ


「は〜生き返る…にしてもコーヒーじゃないんですね」


コーヒーが飲めない身としては勿論有り難いが
こういうやり取りで渡される飲み物といえばコーヒーが定番だ
毎回その場では感謝しつつも帰ってから親にあげていた社会人時代を思い出す


「なまえちゃんがコーヒーを飲むところ、見た事なかったからね」


そんな過去を思い出していた私にさらりと、当たり前のように
缶コーヒーを飲みながら雑渡さんは言う


「正直、当時はそれがコーヒーってものだとあまり意識した事なかったけど
今では見慣れたこの缶も、君の手に収まっていた記憶はなかったから飲まないのかと思ってね」


確かに私はコーヒーが飲めないから勿論雑渡さんの前でも飲んだ事はない
だが"当時"の彼にしてみれば、かと言って私が普段何を飲んでいるのかなんてよくわからなかっただろう

この時代に生まれて

文化に触れ

そして彼は当たり前のようにコーヒーを飲む人となり

そこで初めて、私はコーヒーを飲まないと気付いたのだろうか


「…よく、見てますね」

「ま、忍者"だった"からね」


本当にこの人も
私を忘れないでいてくれたんだ


「実は分からないだろうと思っても、少しだけ大人ぶってたんですが
ホントはお茶よりカルピスの方が好きなんですよ」

「おや、それは気付けなかったよ」


同じ時代に生まれる事が出来た

そんな奇跡を噛み締めながら

私は少しだけ素直になって


胸がチクリと痛むのを感じた