9夜目

「左馬刻、朝っぱらからキレんじゃねえよ。公務執行妨害でしょっ引くぞ」
「今は公務外だろーが、つか俺様の事務所でスヤスヤ寝る方が悪ぃんだよ」
「なまえ、コーヒーはいるか?」
「あ、はい。お願いします」

MTC全員と寝た私ですが、翌朝にはMTC全員からコーヒーを煎れて貰った女にもなりました

「毛布を掛けてくれたのはなまえだろう?銃兎はそんな気を回さないからな」
「そうです、でも毛布しか掛けられなくてすみません…私達だけ良く寝ちゃって…」
「気にする事はない、潰れてしまった小官達が悪かったからな
しかし昨夜は随分と気持ちよく眠れていた気がする。銃兎の言う通り、添い寝は良いものなのかもしれないな」
「そうですかねえ」

確かに昨日の理鶯さんも左馬刻様もそれはそれは気持ち良さそうに寝ていた
それが酒のお陰か添い寝のお陰かは分からないし、何なら今理鶯さんの言う添い寝の相手って途中から左馬刻様になるのでどれが原因かは分からないが
それでも清々しい顔をした理鶯さんを見てると悪い気にはならない

「俺様を放ったらかしてイチャコラ寝てたとか本当イラつくけどな
あれでヤってたら海に沈めてんぞ」
「だからしてないですって、さては入間さんの寝付きの良さを知らないな?」
「なまえさん、もう何を言われても黙ってて良いですよ」

一晩飲み明かし、更には一緒に寝たのだから流石に左馬刻様にも理鶯さんにもだいぶ慣れてしまったし打ち解けられたと思う
本当にひょんな事で入間さんの人間関係に触れ、入間さんの事がまた少し分かった気がする


*****


「昨夜はご迷惑をお掛けしました」
「いえ、結果として楽しかったし良かったですよ」

あの後皆で事務所の片付けをし、昼食を作ると言い出した理鶯さんを左馬刻様と入間さんが必死に止めたり何なりとしていたら夕方になっていた
一度うちに寄らせて貰い、着替えやお泊りセットを持ち再び入間さんのマンションに戻って来る
食事は途中で取り、シャワーは入間さんの部屋で浴びさせて貰った

柔軟剤の香るパジャマに着替えればようやく落ち着いた気がする
座り慣れたベッドに腰を下ろせば少しばかり眠気が襲って来た
立派なパブロフの犬と化してしまった自分に少しだけ笑ってしまう

「左馬刻は口も態度も悪いでしょう?どこかで鉢合わせても他人のふりをして良いですからね」
「いやそれ確実にその場でキレられるから絶対やりませんよ」

寝る前のほんの少しの雑談、決して長くは無いがこの時間は結構好きだ

案の定、昨夜の出来事について言及された
入間さん、私にはそんな事は絶対出来ないって分かってもいても本当にそうして欲しいんだろなあと言うのが伺える
そしてそんな事をしたら左馬刻様が確実にキレるのも分かる

たった一晩で左馬刻様や理鶯さんの事をだいぶ知れてしまったし、そして入間さんとの距離も随分近くなったのだなと改めて思ってしてしまった

「…しかしなまえさんをあの二人に紹介する日がこんなに早く来るとは思いませんでした」
「元々紹介するつもりだったんですか?」
「あいつらがあんまりうるさいからな…」
「からかいたくて仕方なかったんでしょうね」

初対面の私に対してもああだったのだから、普段から顔を合わせる入間さんはより詰められていたのだろう
それを思い出したのか、入間さんは少しめんどくさそうな顔をしているが心なしか少しだけ嬉しそうにも見える
入間さん、こういう所はあまり素直じゃない

「にしてもなまえさん、もうだいぶ私の事を知ったんじゃないですか?」
「え、あ、た、多分…?」
「…友人を紹介するような仲になってきましたし、もう少し私を受け入れて欲しいんですが」
「…へ?」

ギシリと
ベッドのスプリングが鳴り、私と入間さんの距離が近づいた事を知らせる
詰め寄って来た入間さんは今、私の目の前にいる

「そろそろ私も我慢の限界が来てまして…」
「あの、ちょっ…い、入間さん…?」
「もうそんなに他人行儀な関係じゃないですよね?いい加減銃兎、と呼んでください」
「じゅ、銃兎さん…?」

寝る時、入間さんに抱き締められるのはもはや慣れたものだった
でもそれはあくまで寝る時の話で
抱き締められるよりも距離は遠い筈なのに寝る時以外でこんなにも距離が近いのは初めてだった

そうか、普段は抱き締められているからこそこんなにも近くで顔を見る事がないんだ

寝る時と違い、外されていないアンダーリムの眼鏡
そのレンズ越しに見る入間さんの睫毛は長く、切れ長の緑色をした瞳が真っ直ぐに私を見つめていた

『ウサちゃんは発情期がまだ来ないんでちゅかねー?』

あの時の左馬刻様の言葉がふと頭を過る
寝付きが良いからと言って私は男という生き物に対してあまりに誤解をしていたのだろうか

そうだよな、付き合ってないとは言え男の家に泊まりに来て
シャワーまで浴びて、そうならない方がおかしいんだっけ

出会った当初に何度もした葛藤、どうして忘れていたのだろうと思っていると
入間さんの薄い形の良い唇が動き、私の心臓が跳ねるような言葉が紡がれた

「私は元々、寝る時は裸派なんですよ」
「は?」

うわー!それっぽい〜!って感想が出る前に声が裏返った
こいつ真顔で何言ってんだ

「ずっと服着て寝てると煩わしいったらありゃしねえ…、なまえさんと添い寝するようになってからよく眠れるからって気にしないようにしてましたがそろそろ我慢の限界です、脱ぎたい」
「いや、待って」

友人に私を紹介したからって縮める距離がおかしいだろ
入間さんといると感覚が麻痺するとは常々思ったがそもそも麻痺させてないとこの人と付き合ってられないが正しい

そういえばこの人、元彼のパジャマじゃ小さいから入間さん用のパジャマ用意しておきますね〜っていうのに対してそんなものいらないって言ってたな
あれ社交辞令じゃなくて本当に言葉の意味まんまかよ
読み取れる訳ないだろそんなの

「別に処女でもないでしょう?」
「いやそこはどうでも良いわ!なんで彼氏でもセフレでもない男と裸で寝るんだよ!!!」
「勿論なまえさんは服を着ていて良いですよ」
「そういう問題じゃねえ!アホなの?!入間さんバカなの?!」
「銃兎って呼べっつっただろが!じゃあ下着は履いてやるからそれで良いだろ?!」
「良くねーーーー!!!!全然良くねーーーー!!!!なんでパンツ履くだけでそんなに偉そうにされるのー?!」

散々言い合った後、ひとまず今日は上半身だけは裸になる許可を出した
その綺麗な顔に相応しい、細く警察官らしく引き締まった無駄の無い筋肉の付いた体を見て本来ならドキドキしたりするのかもしれない

でも全然そんな空気ではないしここに至るまでのやりとりで死ぬほど消耗したのでそんなんどうでも良いから早く寝たかったし
何なら服を介さない事によってダイレクトに伝わる筋肉や骨のゴツゴツが鬱陶しいまで思った

ようやく少しは煩わしさから解放された就寝時の姿が嬉しいのか、その日の入間さんのおやすみなさいは気持ち声が高かった


服を脱いで喜ぶとか子供か?