12夜目

『なまえさん、今日のランチの予定はどうなってますか?』
『もうお弁当買っちゃいました』

銃兎さんと添い寝をしないまま一週間が経とうとしている
以前私が一週間添い寝無しで、と言った時に青筋を浮かべて拒否していた男がまさかのこれだ

お巡りさんって大変なんだな
銃兎さんは交番にいるような警察じゃないらしいしあちこちに赴いてるのだろう

先程のような短い連絡はしている
けれどまあ、所詮私達はお互いの睡眠の為の都合の良い存在なので
行われるやりとりも大した物ではない

(にしても今日のランチの予定聞いたの何だったんだ?)

会社の近くにある人気のパン屋さん
そこでも特に人気なサンドイッチを今日は運良く買えたのだ
滅多に買えないサンドイッチなだけに浮き足立っていた

今日は天気も良いし適当に外で食べようと戦利品を片手に会社を出ると
見慣れた筈なのに少し久しぶりな男が立っていた

「銃兎さん、どうしたんですか?うちの会社は多分そんなに汚い事やってないと思いますが」
「仕事で来た訳じゃないですよ、なまえさん今日のランチはどなたと食べるんです?」
「…一人ですけど」
「ですよね、良かった」

これだけ一緒にいれば会社の話も少しはする訳で
私が社内で常にランチを共にする人は居ないという事を銃兎さんは知っている
別にさ、ランチなんて一人でも良いしね

それに今日のランチは少し楽しみなのだ
だからこそ一人で味わおうとしていた

「で、どこで食べるんですか?」
「公園とかですが…」
「そうですか、では行きましょう」

一体何なんだ
こいつ何がしたいんだ

私は一人で食事をしたい時によく行く公園があった
会社から少し歩くがオフィス街の中心にあり人はあまりいない
邪魔をされずに食事をするにはもってこいな公園だ

「銃兎さん、ご飯もう食べたんですか?」
「いいえ?食べてませんが?」
「は?何しに来たんです?」

公園に辿り着き、何時も座るベンチに腰を掛けたが銃兎さんは手ぶらだ
まさかここに出前を頼む訳でもないだろうしイマイチ意図が掴めない

「私の事は気にせず食べててください」
「だから一体何なんですか」
「…こちとら眠ぃんだよ」

そう言って銃兎さんは眼鏡を外し、私の膝の上に寝転んだ
なるほど、そういう事か

「銃兎さん、ご飯は良いんですか」
「食事なんて運転しながらでも出来ますが、睡眠はそうはいかないでしょう」
「貴方は体が資本のお仕事でしょ、てかこの状態で私にサンドイッチを食べろって言うんですか」
「パンくず位なら気にしませんよ、トマトやソースとかは気をつけてください」

簡単に言うけどそんな綺麗な顔にパンくず落とすのは気が引けるんですけどね

なんて思っていたら早々に寝息が聞こえ始めた
マジか、無防備すぎるだろ、これを見られても困らないのか、仮にもMTCでしょ?

(…どんだけ寝てないんだろ)

銃兎さんの目の下には薄っすらと隈が見える
肌が白いだけによく目立つし、理由を知っているだけに心苦しい
一週間会わない間に出来たのだろうか

(…てか一時間私にこうしてろって言うのか)

きっと太腿が痺れてしまうのだろうな
けれど私にとっての一時間は一時間も、だが銃兎さんには一時間だけ、なのだろう
そんなたった一時間の睡眠の為に彼は私の会社まで駆けつけたのか

(私別に嫌われ者じゃないし、ご飯一緒に食べる人くらいそこそこいるんですからね)

少しだけ心の中で言い訳をして
サンドイッチの袋から紅茶を取り出す
サンドイッチは些か抵抗があるが飲み物を飲むくらいなら気兼ねなく出来る

(…このサンドイッチ、本当に人気なんですよ)

ドイツパンに挟まれた具材は種類も多く、一つ一つも大きい
ボリュームもあって男性にも人気の一品なのだ

(運転しながらでも食べられるご飯で良かったですね)

この人はサプリや野菜ジュースで栄養を賄おうとする人だ
どうせ忙しさにかまけて食事もろくに取っていないのだろう

楽しみにしていたサンドイッチではあるが、それで少しでも銃兎さんの心が満たされれば良いと思ったし
ちゃんと食事を摂って欲しかった
サンドイッチでちゃんとした食事、というのは難しいかもしれないがそれでも最近の銃兎さんの食生活と比べるとまともだろう
そんな訳でこのサンドイッチは忙しい銃兎さんに差し上げようと思う

私の食事は、まあ一食くらいならコンビニで適当にカロリーメイトでも買って仕事中に食べちゃおう
デスクワークならその程度でも十分だ

(…私も何か眠くなって来たな…)

膝から伝わる銃兎さんの体温に体が反応したのだろうか
私の瞼も重くなって来た

スマホのタイマーをセットし、私もほんの少しだけ午睡を愉しむとしよう