13夜目

(45分、と…)

未だに銃兎さんとの添い寝は中断中だが
最近は不思議な日課が増えた

「…スゥー…」
(…隈、少し濃くなった気がする)

本来は昼食を取る昼休み、わざわざ銃兎さんは仕事中でも私の会社に来るのだ
そしてその僅かな時間を使い私の膝を枕にして寝ている
それに合わせて私もこうやってスマホでタイマーを掛け、仮眠を取るようになった

初日こそ公園だったが2回目からは銃兎さんの車の中へと場所を移した
流石に公園でその様な事を続けてMTCのファンは勿論だが会社の人間に見られた時が困るからだ

10分程で手早く軽食を取らせて貰い、残りの時間は銃兎さんとの睡眠にあてられる
もっとゆっくり食べて良いとも言われたが、とてもじゃないがそうですねとは言えなかった

1時間にも満たないこの睡眠時間が、今の彼にとっては心底大事なのだろう


*****


昼寝をするにあたり、銃兎さんはどこで見つけて来るのか毎回美味しいパンを買って来てくれるようになった
私の昼休みを独占するせめてもの償いらしい

日替わりで用意されるパンはどれもオシャレで美味しい
少し急ぎで食べなくていけないのが惜しいが、それは私が勝手にやっている事なので仕方がない

今日の昼休みも銃兎さんと落ち合う約束だ
パンは何だろう、昨日のベーグルサンドも美味しかったし楽しみだ

そうやって会社を出ようとした時、少し久しぶりな声に呼び止められた

「なまえ!」
「…どうも」

出来ればあまり会いたくない人間に
もっとも会いたくないタイミングで出会ってしまった

「今から昼飯か?一人で行くのか?」
「いや、一人じゃないし。約束があるから」
「…そうか、なあ今度飯でも行かないか?俺まだ…その、諦め切れてなくて」

この会話で分かるだろうか
そう、元彼だ

同じ会社とは言え部署は違うからあまり顔を合わせる機会はなかったのに
どうして今なんだ

「いやあ…でも私は無理だって、言ったじゃん」
「そうは言ってもさ、なまえだってそんなに嫌じゃなかっただろ?」

この男、受け答えは穏やかで会社でもそこそこ人気はあった
私もその物腰柔らかそうな所に惹かれOKしたのだが早い話私は彼の性欲について行けなかったのだ

また本人は自分のテクに自信があるらしく私が嫌がってるのもあまり伝わっていないようで
そういう所で余計に無理になり私から別れを告げたのだ

「…嫌だってどうして伝わんないかな
あと私約束あるから、それじゃあね」

振り切るように会社を出るが、懲りずに追いかけて来る元彼に一番会わせたくない人間は既に会社の前で待っていた
ああどいつもこいつも、どうして今なんだ

「なまえさん、今日は遅かったですね。思わず迎えに来てしまいましたよ」
「…銃兎さん」

何でこういう時に限って、と言いそうになったが
先に口を開いたのは元彼だった

「え…MTCの…入間銃兎…?」
「おや、なまえさんのお知り合いですか?
初めまして、入間銃兎と申します。なまえさんがお世話になっております」

出た、銃兎さんお得意の外行きのまるで見本のような嘘くさい笑顔だ
そうやって紳士的に挨拶する銃兎さんは側から見れば完璧な男だろう
流石にこんな男と約束があったと分かればこいつも引き下がるだろうか

「そういえばなまえさん、ようやく明日は休みが取れたので良い加減私のパジャマを買いに行きましょうか
あの丈の短いパジャマではやはり着心地が悪くて」
「…なまえの部屋の、丈の短いパジャマ…?」
「あぁ、すみません。こちらの話です。
それでは、なまえさんはお借りしますね。失礼します」

そう言って銃兎さんは私を連れて車へと向かった
ああ、こいつやってくれたな

「…何言ってくれてんですか銃兎さん」
「何て顔してるんですか、むしろ感謝して頂きたいんですけど?あの男を振り払いたかったんでしょう?」
「…会社に噂が広がってしまう…」
「そこを心配されてました?そうですねえ…私でも良いですがそれで困った時は左馬刻にでも相談しましょうか
すぐに噂は消えますよ」
「それは噂もろともあいつも一緒に消えるって意味でしょ」

よくおわかりで、と涼しい顔をする銃兎さんからは紙袋が渡された
あ、今日のお昼はライ麦パンのサンドイッチだ。スモークサーモンが美味しそう
いやだからといって絆されないからな

「というかもしも噂が広がったとして、困る事があるんですか?」
「質疑応答が面倒くさいぃ…ものすごく面倒くさいぃ…あのMTCってなると余計…」
「適当に友人です、とだけ言えば良いでしょう。事実なんですから」
「そりゃそうですけど。…あともしも私が社内で気になってる人とかいたらどうするんですか」

まあそんな事実は無いんですけど
あまりにも私には不利益が無いように言ってくるのだから少しばかり嫌味を言いたくなった
しかし銃兎さんは私の問いかけに対して腹がたつ程、綺麗に鼻で笑って見せた

「何を言ってるんですか。…貴方は貞操観念は若干ゆるいですけど、不誠実な方では無いでしょう
そんな人いやしないのに見栄を張るものではありませんよ」
「て、貞操観念がゆるいって…」
「そこがしっかりしてる方は彼氏でもない男とベッドを共にしませんよ」

悔しいがそこは何も言い返せない

「…不誠実じゃないってのは?」
「気になる方がいるならそもそもこんな関係を受け入れるような人では無いでしょう?
なまえさんはそんなに器用ではありませんからね」

何だろう、褒められてるのだろうか

「お陰で私はよく眠れる、本当に感謝してるんですよ
だから困っていたようなので助け舟を出したのですが…余計でした?」
「…まああれで流石にあいつも諦めと思いたいし…少しだけ感謝はしてます」

もし次何か言って来ても銃兎さんの名前を出せば諦めそうだし
しかしあのタイミングでパジャマの話を出すとか本当に銃兎さんは意地が悪いな
普段パジャマなんて着やしない癖にただ足の長さでマウントを取りたかっただけだろう

元彼の名誉の為にも言うけど別にあいつの足は短くない
銃兎さんの足が長いだけだ

もしも噂が回ったら…信じてくれないかもしれないが事実なのだし断固として友人で通そう
最近一番親しい、と付け加えるくらいの牽制もありかもしれない

「感謝は少しだけですか、まあ足りない分は明日のランチに期待してください」
「言うて私はそれを10分で食べるんですけど?!」
「ああ、明日が休みなのは本当です。ようやく眠れるのですから今日と明日の夜は空けて置いて下さいね」
「はあ」

でもそうか、ようやく銃兎さんは眠れるのか
それは私もほんの少し嬉しいし安心だ

「…ったく、あいつが邪魔に来なけりゃあと15分は寝られるのに…」
「今日明日いっぱい寝れるんでしょ、我慢してくださいよ」

なるほど、この人がさっきマウントを取ったのは苛立ちからだったのか
単純すぎやしないか

でも早くその隈が無くなると良いですね。