山での鬼ごっこ

山で人を見かけても近寄らないのが身の為だ。
旅人やマタギならともかく、山賊の可能性だってある。

女が一人で生きて行く為には常に危機管理能力を必要とされるものだ。
だからその日も人の気配に気付き次第、そこから立ち去った。

こんな事は今までも何度もあった、だけれど何時もと違うのはその人の気配が一向に消えず
むしろ私を捕まえようと追ってくる事だった。

女ではあるが体力には自信がある。
そして何より私はこの山に慣れており、耳と鼻が人よりきく。
だからこそ逃げ切れる気でいたのだがその気配は消えるどころかジリジリと私を追い詰めた。

ご丁寧に私を街に逃さないよう、そちら側から追い詰められ
痕跡を残さないよう私は食事も最低限にしか摂れず、持久戦とされたらどれだけ保つか不安だったが見えない存在との鬼ごっこは三日三晩続き、私の負けで終わった。

「…こんな女が俺から3日も逃げたのか?」
「あ、あの…殺さないで欲しいのですが…」

鬼はまさかの兵士だった。
いくら体力に自信のある私でも流石に兵士には敵わないし、彼らならば双眼鏡も持ち合わせていただろう。
そんな相手から三日間も逃げられたならむしろ上出来な方だと心の中で自分を褒めた。

「お前、どうやって俺から逃げた?
気配がすると思ったのに何時まで経っても距離を詰められないし、双眼鏡で姿を確認出来たと思ったらまさかの女だ。
そんな訳あるかと思ったのに捕まえるのに3日もかかりやがった」

猫ような、表情を読み取りにくい顔をしたその男は訝しげに言葉を並べた。
この人も体力や能力に自信があったのだろうか
にも関わらず私の様な女を即座に捕まえられない事が信じられなかったようでヤケになったのかもしれない。
それにしたって三日三晩追いかけて来る執念はどうかと思うが、相手は軍人様だ。
下手な事を言わない方が良いだろう。

「えっと…私は山に慣れているだけです。
普段は狩りなどをして日銭を稼いでいますので、それでたまたま逃げられただけかと…」
「本当にそれだけか?」
「…あとまあ…耳と鼻がよくきくだけです」

山に慣れている、だけでは説得力に欠けたか。
あまり素性を明かすのは好きではないが命には代えられない。
獣のような鋭い眼光を向けられ、私は思わずそこまでしゃべってしまった。
本当は目も結構良いのだけど双眼鏡には勝てっこないし、そこまでは言わなくても良いだろう。

「なるほど…それにしても俺からこんだけ逃げるって事は大したもんだな。
おい、街に戻るぞ。三日三晩ろくに食ってねえんだ、飯食いに行くぞ」
「え…わ、私三日三晩逃げてたから狩りも出来てないしお金が…」
「そんくらい奢ってやる、あんた名前は?」
「えっと…なまえです」
「俺は尾形だ。ほら、行くぞ」

尾形と名乗ったその男によって、私の人生が大きく変わる事なぞ
その時は知る由も無かった。