退院

「冷たいねえ、親戚が入院してるってのにろくに見舞いも来ないで」

尾形さんの体調も安定して来たので一度様子を見にくるようにと知らされ
渋々足を運んだらまず嫌味を言われた。

「そこは自分の人望の無さを恨んでください。百之助さん、どれだけ嫌われてるんですか?
貴方の親戚というだけで私はこの兵営で肩身が狭いんですよ」
「さあ、覚えが無いね」

足繁く通うなんて事はしなかったが、それでも私にだって尾形さんに情を感じている。
だからこそ当初は時折様子を見にくるつもりだったが入院した理由が理由なせいで他の方からの視線があまりにも痛い。
遠慮を知らぬ奴に至っては普通に私に問いただして来るし。
先日も宇佐美と言ったか、その方に詰め寄られて苦労したのだ。
だから見舞いには殆ど来なかったのだけれどこれ全部尾形さんのせいなんですよね。

そもそも入院した理由もどうせ尾形さんのせいな気がする。

「憎まれ口を叩けるならもう大丈夫そうですね」
「そうだな、…ところでなまえ頼みがある」
「…何ですか」

久々の会話も程々に、尾形さんは私の体を寄せ耳元で喋り出した。
呼び出された時点で嫌な予感はしていたが残念ながら私の勘は当たっていたらしい。
尾形さんの頼みがろくな事が無いからだ。

「荷造りをしておけ」
「はい?」
「ただし荷物は最低限にだ」
「はあ…」

退院の目処が立ったならば知らされている。
だがその通知前に呼び出される、というのはどういう事かと思ったが…。
この人はつくづく何を考えているのかよく分からない。

それでも無碍に出来ないのは、私に色々と与えてくれたからだろうか。

「あとお前…肉付きが良くなったな。
俺が入院してる間に良い男でも見つけたのか?」
「百之助さんアゴが割れたんですよね?喋れるようになったのが嬉しいからって調子に乗りすぎじゃないですか?」

実際鯉登くんのお陰でちょっと太った。
あとロシア語が忙しくてあまり山に行ってないのもあるけれどまだまだ痩せ型なのだからほっといて欲しい。


*****


家に戻り荷造りを始める。狩りと野営に必要な道具だけで良いだろうか。
そもそも定住して居なかった私の荷物は元より少ないのだ。
…ああ、これも持って行かないと。

思い出したかのようにロシア語の本を手に取った。
きっとこれを忘れたら尾形さんにまた嫌味を言われるだろう。

荷造りも終わった所で部屋を見渡すと隅に咲く薔薇に目が行く。
花瓶なんて物は持ち合わせていないから水を張っただけのコップに雑に刺されている
適切な処理も施していない為、貰った時の瑞々しさは失われつつありそろそろ枯れてしまいそうだ。

けれど何故か捨てる気にはなれなくて
花びらを一枚だけちぎってロシア語の本に挟み私はそれを荷物に忍ばせた。