マタギ狩り

「お前、アイヌに詳しかったよな?案内して貰うぞ」
「…いきなり何なんですか本当…」
「そういえば俺を見て何か言う事があるだろ?」
「髪型変えたんですね、そっちの方が似合ってますよ」

夜な夜な部屋に帰ってきた尾形さんは髪型を変えており、そして突然アイヌの案内をしろと言ってきた。
確かにアイヌは色々としきたりがあるが軍人が相手なら大抵の事は目を瞑って貰えそうに思うが向かう先は山であり、私の案内が必要らしい。
尾形さんと共にやってきた二階堂という兵士、彼も私の存在に思う事があるらしいが尾形さんはこいつは役に立つぞと説明し無理矢理納得させていた。

行き先であったアイヌの村で怪我をした兵士を探す事となるが
村にはまだまだアイヌ語しか話せない老人もいるのでアイヌ語を話せる私は実際重宝したのかもしれない。
聞き込みからその兵士が居ると言われた家に居たのは老人と子供で、老人はアイヌ語しか喋れないし尾形さんと二階堂さんは子供と仲良くお喋り出来る様な人ではなさそうだし
ここに私が居なければ意思疎通は難しそうに思えた。

待っている間の世間話でおばあちゃんは肩凝りがひどいらしいですよ。と尾形さんに伝えると二階堂さんに揉むよう指示をしていた。いやそこは貴方がやるべきでは?
けれども二階堂さんは按摩に自信があるのか、おばあちゃんは気持ち良さそうにしていた。
ちょっとだけ羨ましい。

そんな和やかな雰囲気と久しぶりに触れたアイヌの空気に懐かしさを感じていたが、その時間はほんの一瞬だった。
傷ついた兵士、恐らく尾形さんと二階堂さんの探していた人物はこの人だろう。

谷垣と呼ばれた男に対し尾形さんが重々しい話しをしている。
不穏な単語が飛び交い、事情がよくわからない私は物凄く居心地が悪い。
子供は空気を読まず私たちの耳を変だと言うし、これは嗜めるべきなのだろうか。
会話が分からないおばあちゃんもただならぬ空気だけは感じ取っているようだし…。

そんな重苦しい雰囲気も尾形さんが冗談だと納めた。
無理がある気がするが…いや尾形さんならやりかねないか。
そもそもどうしてその谷垣さんを探しに来たのかを私は知らない以上、尾形さんの言葉の真偽は分からない。

おばあちゃん達に挨拶をし、あとは帰るだけだと思ったら尾形さんに見晴らしの良い所に場所を移すと言われた。

その時の尾形さんの目が、狙撃手の目に変わっていたと私が知るのはもう少し後だ。


*****


「何の為にお前を連れてきたと思ってるんだ?」
「…何ででしょうねえ…」

私、獣は狩ったことありますけど人間を狩った経験はありません。
この二人はどうやら谷垣さんを殺すのが目的らしいがそこに私を連れて来る必要はあったのだろうか。
というか一般人である私にそんな事知られたら…いや、一応身内の者だから大目に見られているのかもしれない。

「谷垣はマタギだ、山でどう逃げられると追っ手が困るか知り尽くしている」
「あー…そういう事ですか」
「お前ならどう逃げる?」

それならそうだと最初から言って欲しい。
知っていたら二階堂さんからの冷たい目線にも堂々としていられたのに。
ようやく私がここに本当の居る意味が分かった所で久々の大物相手に考えを巡らせた。

「…んー、雪が残っている以上私たちの方が有利です。
ですから足跡のつきにくい場所を選んで逃げるでしょう。かつ行っては戻りを繰り返して足跡を沢山つけて逃げた方向を分かりにくくすると思います」
「となるとどっちの方向だ?」
「そうですね…家の場所から考えるに笹藪や沢のある方ですから…あっちだと思います」

谷垣という人物はよく知らないが先程の会話を見るに闇雲に逃げるような人では無いだろう。
私の予想は当たり、谷垣さんの足跡は発見され思わず二階堂さんに視線をやると目があった彼は少しばかりばつが悪そうにしていた。
しかし本当に手負いなのか疑う程に谷垣さんの逃げ足は早く、追い付くのは少しばかりかかりそうだ。

谷垣さんを見つけなければ私がここにいる意味なんて無いのだが再び二階堂さんの視線が痛い。
アイヌ語も話せるし足手纏いにはならないからどうか許して下さい。

と思っていたが、二階堂さんは夜の雪山の寒さに耐えられず焚き火を起こして良いか尾形さんに打診し
女ですら泣き言を言わないのに二階堂はヤワだなと嫌味を返され私は更に居心地の悪さを感じた。

尾形さん、本当にその性格の悪さはどうにかした方が良いと思います。