微酔い忍者

「雑渡さん、お給料出たんですよね?」


早いもので雑渡さんがうちに来て一ヶ月が経った


「うん、今朝君のお父さんから貰ったよ
この時代の貨幣価値が分からないからどのくらいのものか私には分からないけど」

「どれどれ…おや、結構あるじゃないですか
家賃光熱費はさっ引かれてるし、食費もかからない
保険や税金も無いしこれ丸々お小遣いと考えるとなかなかですよ」


手渡しで渡された給料袋の中身には結構な数のお札
一般的に見れば少ない金額かもしれないが田舎という土地柄
そして無一文だった雑渡さんから考えると大金である


「そうなんだ。とりあえず此処に来た時なまえちゃんに使わせたお金は返すよ」

「大した金額ではありませんが、あまり収入がない身ですので有り難く回収させていただきます
ね、所で雑渡さん」

「なんだい」


雑渡さんのお金の使い道はそんなに無い筈だ
そこで私はある提案をした


「この時代のお酒飲みたくないです?私がおすすめを買ってきますよ?」

「人の金で酒が飲みたいんだね」

「えへー、良いじゃないですかぁ!
宅飲みなら安くあがりますよぉ!ねー雑渡さーん」


折角だからこの時代の酒を味わって欲しいというのも本音だ
そしてちゃっかりそれにあやかりたいと思っているのも事実だが

結局雑渡さんは仕方ないなぁと言いつつものんびりお酒を飲む機会も無かったし
たまには良いかと了承してくれた


「折角なので色々買ってみましたー気に入るお酒あると良いですね」


車を走らせ様々な種類の酒を用意した
日本酒や焼酎も用意したが
折角なのでワインやカクテルそしてこれは私がお金を出して贅沢にプレモル様も買ってみた


「へぇ、色々あるんだねぇ」

「雑渡さんの時代で言う所の南蛮渡来のものがたくさんありますから
えへへ、じゃあカンパーイ!」


まずはプレモル様で二人だけの宴が始まった


「このびーるって飲み物は美味しいね」

「えへー、気に入っていただけました?
ビールの中でも通称プレモル様と言われる良いやつなんですよー」

「うん、でも日本酒も美味しいねぇ
久々のお酒だけどどれも美味しい」


久々と言いながらも随分と飲み慣れているようでそのペースは意外に早い

考えてみれば雑渡さんの時代の酒って言えばやはり日本酒だよね
日本酒の度数に比べればビールなんてかわいいものか


「あとこの唐揚げ、なまえちゃんが作ったの?」

「そうですよー酒と言えばやっぱり唐揚げですよ」


最近は年のせいかあまり揚げ物は得意ではなくなったが
やはり飲み会と言えば唐揚げだ


「料理上手なんだね」

「何せ時間はいっぱいありすから
暇つぶしに花嫁修行してみたりもしますよ」


つまみは他にも買ってきたのに
私の作った唐揚げばかり美味しそうに食べる雑渡さんを見て

悪い気はしない



───────



「でへー、ざっとさぁん…」

「完全にできあがったね
ほら、こんな所で寝ちゃダメだよ」

「んふー…」


お酒を飲みたいと言い出しただけあってそれは楽しそうに飲んでくれた
結果がこの酔っぱらい

仮にもお世話になってる所のお嬢さんだ
このままここで寝かせる訳にはいかない


「軽いもんだねぇ」


座布団を抱きしめたまま寝息を立てたなまえちゃんを抱き上げる
全く鍛えられていないその体は軽くて柔らかくて
随分と脆そうに思えた


「お家帰ろうねぇ」


この離れから彼女の自宅は目と鼻の先だ
さて、親御さんに何て言い訳しようか


「ざっとさぁん…」

「はいはい、ここにいるよ」


気持ちよさそうな顔をして私の名前を呼ぶなまえちゃんはそれはそれは幸せそうだ

酒に呑まれるとは
忍者の素質はこの子にはないかな


「えへ…私ざっとさんと仲良くなれて嬉しいです
…けど、悲しいですねぇ…」


私の腕の中で
まるで寝言のようにそう呟くと
再び規則正しい寝息が聞こえはじめた


「…悲しい、ねぇ…」


私は何時までもここにいる訳にはいかない
ここを離れる時

それは彼女との別れで二度と会う事は叶わないだろう


「どうせ夢を見るなら
楽しい夢が良いに決まってるさ」


彼女を悲しませるのはどうも
私の心も痛くて

とっさに悲しいなんて言葉に
都合の良い言い訳をした