忍者と農業

「…その格好でするんです?」

「動きやすくて、汚れても大丈夫な服」


翌日
畑仕事しますよーと離れを訪れると出会った時と同じ
忍び装束を身にまとう雑渡さんがいた


「確かに遠目で見たら農作業のおばちゃん達と変わらないけど…
さすがに頭巾は目立つ…ので、はい」

「これは?」

「日射病予防の帽子です
あとそれは足袋ですか、長靴をはいてください」


帽子とタオルが合体した謎の帽子
これなら日射病防止はもちろんの事その頭巾と同じように顔も隠せるから雑渡さんにはぴったりだ

それをかぶり長靴をはいて貰う


「うん、どこからどう見ても農夫です」

「部下には見せられないなぁ」


残念ながら今の雑渡さんから威厳が全く感じられない
雑渡さんの部下とやらがこれを見たらショックを受けるかもしれない
初めて会った時の明確な殺意を感じさせ
まさに忍びといった感じだった雑渡さんと比べるとあまりの変わりっぷりになんだかおかしくなる


「うち農家ってほど畑無いから
全部手作業なんですけど、雑渡さんの時代と変わらないから都合良いんですかね」

「まさか忍び組頭まで上り詰めたのに畑仕事する日が来るとは思わなかったよ」

「とりあえずこっからここまで耕して、こうやって苗植えて下さい」


恐らく農具は雑渡さんの時代からあまり変わってはいないと思うが念のため説明をし
苗の植え方を教える
仕事自体は簡単だし、体力もあるであろう雑渡さんならきっと余裕だ


「なまえちゃんは?」

「やりませんよ?」

「そうかい」


私はあくまでやり方を教えろと言われただけなので
何より一人でやる分には時間のかかる範囲だが私が手伝うと雑渡さんの時間が余りまくる
これは優しさです

決して動きたくないとか
日の光に当たりたくないとか
そんな理由ではありません


「雑渡さーん、ご飯ですよー
休憩でーす」


太陽がてっぺんから少し傾いた頃
お盆にご飯を乗せ雑渡さんにお昼の時間を知らせる
思っていたより作業の進みは早い


「これ、君が作ったの?」

「まさか、お店で作って貰いました」

「君は本当に何もしないんだね」

「…ちょっとはしてます」


ついでだと私も同じくご飯を作って貰ったので
せっかくだから離れで雑渡さんと一緒にお昼を食べてみる
最初包帯を外さず食べようとしたので怒った所
渋々ではあるが包帯をずらし口元を露出させた

僅かな範囲だが
右目と同じく変色した肌が見える
不便であっても頑なに露出を避ける雑渡さんのその火傷に対する感情は根深いものがあるのだろうと感じた

今度あえてスカートで
私の手術痕を露出させた格好で来てみたら何か変わるかな
そんな事をぼんやり考えながら
久しぶりに家族以外の人と昼食をとった


「すごいですねー雑渡さん完璧ですよー
こいつは近隣の農家で本格的に働ける程ですよ」

今日中に終われば上出来だと思われた作業が全て日が傾く頃には終わってしまった
かといって作業が雑という訳ではなく
むしろ完璧だ


「忍者と言っても穴掘ったりもするからね
意外に土いじりはやってるから」

「これは父も喜びます
ご飯までもう少し時間あるのでお風呂の使い方教えますね
あと色々買ってきたので説明します」


車を走らせ街で雑渡さんの為の日用品を買ってきたのだ
パンツとか、気に入ってくれるだろうか
まさか異性に紳士物のパンツの説明をする日が来るとは思わなかった


「あ、一つお願いして良いかい?」

「なんです?」

「火傷にきく軟膏とか、ないかな?」

「あー、お風呂入ってる間に探してきます」


私とした事が気が利かなかった
確か軟膏が薬箱に入っていた筈だ
ついでに新しい包帯も探してこよう
多分包帯は足りないからまた今度買いに行かないと


「雑渡さん、軟膏と包帯
それと着替え置いておきますね」


お風呂場から間延びした返事が響く
薪を使わないで風呂に入れるなんて楽だねぇと雑渡さんは感心していた
私にとっては日常と化したこの様々な光景でも彼には驚いてしまう

そういった反応を見る度、本当の意味で私とは住む世界が違うのだなと思った


「色々、ありがとう」

「やっぱ和服がしっくりきますね
それ、うちの寝間着用の浴衣なんですが
やっぱりそっちのが落ち着くかと思いまして」


スウェットという手もあるが
きっとこちらの方が良いだろう

下手にジャージやスウェットに慣れさせてしまったら戻った時大変かもしれないし


「忍び装束はいったん洗っておきますね
明日朝持って来ます」

「本当に何から何までありがとうね」

「いえいえ、私は時間だけはありますし
大した手間じゃないですから
それでは、おやすみなさい」


そう一礼して
彼女は帰って行った

最初はどうしたものかと思った
異国の地ならどうにかなったかもしれないが時代が違うなんて

出会ったのが彼女で本当に良かった
ただ無償で与える訳ではなく、労働の対価にこうして色々して貰える方が精神衛生上も良い

畑仕事をする羽目になるとは思わなかったが
これなら自然と鍛錬にも繋がりいざという時でも変わらず動けるだろう

だがしかしそれはあくまで肉体的な話しだ


火薬の匂いも
血の匂いもしない

嗅ぎ慣れた匂いの無い生活

あぁこのままでは


「人の殺め方を忘れてしまいそうだ」