二人目の来訪者

夏も終わりに近付いた頃
日常にまた新たな変化が起きた


「雑渡さん、今日はちょっと何時もと違う事をしてもらいます」

「なんだい?」

「ゴミ捨て用の穴掘りです
野焼きに使うのですが、少し大きめの穴が良いそうで
場所はあの辺に…」

「なるほどね、昼にはある程度形になると思うからその時また見てよ」

「分かりましたー」


私は先日雑渡さんと体を重ねた
しかしそこはお互い大人だからか

私たちの距離も関係も変化はなかった
何せあの日は酒を飲んでいたのだから

酔っていた

だから仕方ないのだ


「雑渡さんご飯でーす
おぉっ、これは見事な大穴」


太陽がてっぺんから少し傾いた頃
いつものように昼食を運ぶとそこには大穴
さすがは忍者
体力があるだけある


「塹壕掘りも久々に感じるなぁ」

「塹壕?多分これ、もうちょっと深く広くても問題ないと思います
とりあえずご飯にしましょう」

「そうだね」


他愛のない話をしながらの食事
今日はタケノコの話が出たので北海道はそもそも竹がないからタケノコも無いよと話した所えらく驚かれた
同じ日本でも北海道と沖縄(行った事無いから想像だが)は特別だから
等と話してるうちに食事は終わった


「さて…あれ?」


食器を下げる為
大穴の横を通ると先ほどは無かったソレ


「ねぇ雑渡さん、人が倒れて…」


いや、もしかしたらうっかり死体でも掘り当てたか?

食器を床に置き穴を深く覗き込む
鮮やかな紫色をした衣服を纏った少年
あれ、この服

私は普段よく目にしていないか?


「なまえちゃん危ない!!」


私は前にも同じ体験をした
目が合った瞬間私に向けられる殺気

しかし前回と違う点は殺気と同時に刃物を向けられ
それと同時に雑渡さんが私をかばうように抱き抱え
彼もまた刃物で応戦した事だ


「…貴方は、誰ですか
此処は一体…」

「懐かしいねぇ、この感覚も
君も私と同じか
その忍び装束、忍術学園の生徒だね?」


平成という時代も二十数年経つというのに私の目の前ではおそらく現役の忍者が二名鍔迫り合いをしている

まさかの二人目

雑渡さんの会話からするに相手の素性を多少は知っているのだろうか

それにしてもそうか
もう一人来てしまったか


「…よく見れば、それはタソガレドキ城の…
じゃあここはタソガレドキ領?」

「残念ながら違うよ
さて、これから君には残酷な話をしなきゃならない
けれどこれだけは誓うよ。私もこの子も君の敵ではない」

「味方なんですか?」

「それは君次第だよ」


雑渡さんの目元だけでも分かる
少年を試すかのように
すべてを見透かすような笑みを浮かべていた


「僕は綾部喜八郎
忍術学園の生徒です」

「忍びが簡単に名前も素性も打ち明けちゃって良いの?」

「貴方相手に隠しても仕方ないでしょう?」

「まぁね。さて、知ってるみたいだけど私はタソガレドキ城忍び組頭
雑渡昆奈門だ。君と同じく、気付けば此処にいた」


此処で再びあのファンタジーじみた話をする事になるとは
当事者同士で話はすすみ
私はお茶を用意して同じくテーブルを囲みながら話を聞いていた

まだ学生なのに彼もとんだ事に巻き込まれたものだ


「此処はどこなんですか」

「未来だよ
私たちの世界からざっと五百年って所か」

「おやまあ」

「おやまあって…呑気なものだね」


元々大きな瞳がわずかに見開いたように見えた
こんな様子でも一応人並みには驚いているようだ


「それは困りました
どうやったら帰れるんですか?」

「それが分からないから私もこんな格好してる」

「未来ではそんな格好が流行るんですか?」

「時代の最先端の農夫の姿がこれだよ」

「いや、それは間違いだと思いますが」


雑渡さんが忍者なんだか農家なんだか分からない格好をしているせいで話が微妙に拗れている

本来彼は農家も出来る忍者なのだろうが正直最近は忍者も出来る農家になりつつある


「さてどうしたものか
私はこの時代では何の地位も権力もない」

「凄い、僕今あの雑渡昆奈門と同じ立場です」

「そうだねぇ」


忍者ってのは適応力が高いのだろうか
雑渡さんの時もだがこの少年もまたすんなりと事態を理解したようだが慌てる様子もない


「うーん、綾部君って今何歳?」

「13歳ですよ」

「13って…中学一年生かよ…戦国時代って大変なんだな…
んー、とりあえず君を此処に置いておけるよう私が親に頼んでみるけどそれで良い?
つまり働いて貰う事になるけど」

「えー」

「えーじゃない。働かざるもの食うべからずって言うだろ?」

「その言葉、君が言うの?」


雑渡さんのつっこみはスルーする事にする


「…仕方ないですねぇ
それしかないみたいですし」

「じゃあ雑渡さんの親戚って事にして…
年齢は15って事にしよう
あ、着替えも用意しなきゃ…ちょっと雑渡さんも手伝って下さい」

「僕は何すれば良いですか?」

「とりあえず煎餅でも食べてくつろいでて」

「はーい」


まさか忍者を二人も面倒見る事になるとは

しかしこう言っては何だが綾部君は端正な顔立ちをしている
店を手伝わせても誰も文句は言わないし実際人手不足だし
さて、どう言い訳をするか
雑渡さんの親戚で雑渡さんを訪ねてきたついでに高校入学の為に学費を貯めたいみたいな設定で良いだろうか


「…ねぇ雑渡さん」

「なんだい?」


その前に一つ
先ほどの会話で気になった点があった


「あの子に、名前も素性もすぐ明かすなんて忍なのに良いのみたいな事言ってましたが
私には即名乗ったし明かしましたよね?」


彼の言葉の矛盾が引っかかっていた
だって彼は確かに名前も、その職業すらもその場で私に明かしたのだから


「そうだね」

「なんでですか?」

「君相手なら何かあってもすぐ殺せると思ったから」

「…え」


返ってきたのは
予想もしなかった残酷な返答

一瞬でも彼の中には私を殺すという選択肢があったのか


「嘘嘘、まぁそれも少しはあったけど敵を侮るなんて忍者の三病の一つだし
一番の理由は明らかに異常事態だったからね
仲間を作るには早々に手の内を明かした方が信頼されやすいでしょ?」

「…忍者って怖い」

「君が今からまた世話を焼こうとしてる子供も
たまごとは言え忍者だけどね」


普通に生きていれば明確な殺意を向けられる事は恐らく無いだろう

けれど私は二回も明確な殺意を、それも別々の人たちから向けられた

殺さなくては殺される

そんな時代に生きる彼らには仕方ないのかもしれない
けれどやっぱり私は彼らのそういう所を受け入れられなくて

都合良く見えないふりをする事にした