曲者と親不孝者と穴掘り小僧

「綾部喜八郎くん」

「なんですか」

「私はこんな罠にはかからないよ」

「おやまあ」


恐らく、この時代の人は勿論だが
私の時代でも気付ける人の方が少ないであろう目の前の地面の違和感

実際にかかっていない為落とし穴としての出来は分からないが
気付かれないという点では罠としては満点だ


「しかし、慣れない鍬でよく作ったものだね
穴を掘りたいならなまえちゃんに頼んでそれ用の道具を貰いなさい
その鍬は私が普段使っているんだから」


綾部喜八郎の手に握られていたのは私が普段畑で使う鍬だ
浅い穴ならともかく、落とし穴になる程の穴を掘るのには向かないだろう


「タソガレドキの組頭が僕の落とし穴にかかってくれたら僕の落とし穴も更に磨きがかかったかもしれないのに」


どうやら彼は私に罠にかかって欲しかったらしい
私を忍び組頭と知っておきながら罠にかけたいとは
向上心故とは言えなかなか良い度胸だ


「私の部下ならかかったかもしれないね
まぁ私はかからないけど」

「そうですかぁ」

「しかし見事なものだね
君、卒業したらタソガレドキに就職しない?」

「考えておきます」

「雑渡さーん、綾部くーん」

「あ、なまえちゃん」

「走らない方が良いですよ〜」

「なんでー?って、だはあああああ!!!」

「うーん、色気のない声だねぇ」


疑う事を知らないなまえちゃんが案の定罠にかかった
しかし実物を見ると予想以上に出来の良い落とし穴だ
うちの部下はおろか私でもこれ程の落とし穴は掘れないかもしれない

その上あの罠としての隠し方
見事としか言いようがない出来だ


「だーいせーいこー」

「何で落とし穴?!
って深い!何これー!」

「落とし穴のトシちゃん六号です」

「六号?!って事は少なくともあと五つはこれがあるの?!」

「そうでーす」

「ハッハッハー!君は随分やんちゃな子だなー!とりあえず出してー!」


七尺程の深さの穴から自力ででる事すら出来ない彼女を引っ張りあげると
当然ながらその体は多少の泥で汚れていた


「…はぁ…シャワー浴びないと…」

「あれ、なまえちゃん
なんだか今日はお洒落だね?」


普段見る格好とは明らかに違う
この時代の着物の名称はよく分からないが何時もと違う事だけは分かる


「泥まみれですけどね…
さて、綾部君。今日は私と一緒に出掛けるよ」

「おー」

「買い物しないとね。あと色々案内するよ」

「私は?」

「雑渡さんは仕事があるじゃないですか。天気も良いし」

「えーずるーい」


私の時は買い物につれて行ってくれなかったし
そんな可愛い格好もしてくれなかったじゃないか


「ちゃんとお土産買ってきますから
はぁ、化粧前で良かった…」


そんな子供のような我が儘を言って
彼女を少しだけ困らせた



─────────


「君、何が好きなの?」

「穴掘りです」


その一言で服は安いのにしようと決めた
この子はきっとすぐ汚す

たまには外にでるのも良いかと思い
少し気合いを入れてお洒落をし、車を走らせた
穴に落ちるタイムロスはあったものの、それでも時間は十分にある


「ちゃちゃーっと買い物終わらせて美味しい物食べよう
甘い物好き?」

「はい」

「じゃあ決まりだね
南蛮の食べ物一杯あるよー」


いくつか服を買い揃え
着替えた彼はどこからどう見ても現代っ子だ

長すぎる髪が少し気になるが髷が結えなくなるのは困るらしい

雑渡さんもいるし私はそろそろ一度日本史や古文を復習すべきかもしれない


「お腹一杯?」

「はい。ごちそうさまでした
あのくりぃむそーだって言うのが特に美味しかったです」

「アイス掘るのも楽しそうだったしね」


綾部君の買い物も終え
折角だから私も少し色々と見て回り
ご飯も食べ終わった

ハンバーグの存在を知っていたりアルバイトという単語を知っていた事には少し驚いたが
時は室町、戦国時代ってそんな時代だっただろうか


「なまえさんって雑渡昆奈門さんと恋仲なんですか?」

「何を言うんだい。違うよ」

「そうなんですか。随分と仲睦まじげに見えました」

「違うよ。…ほら、そもそも彼は本当の意味で住む世界が違う」


この言葉は
綾部君にも当てはまる言葉だ
しかし住む世界が違う
それはいくら何でも大きすぎる障害だ


「どうしてこんなによくしてくれるんですか?
色々買って貰いましたし」

「ん?勘違いするなよ?
ご飯はおごりだけど君の為の生活必需品にかかったお金はきちんと返して貰うさ
大した額じゃないから初任給ですぐ返済出来るよ」

「なんだぁ」


これくらい出してあげるべきなのかもしれないが
あまり甘やかすのも良くないし
大人と子供の差はあれど同じく無一文着の身着のままできた雑渡さんと差をつける訳にはいかない


「ははは、ね?良い人って訳でもないでしょ?」

「でも色々面倒見てくれました」

「まぁ、私がもし君の立場だったらどうされたいかなって思っただけだよ
幸い、私は君たちを助けられる環境にあった
ただそれだけだよ」

「お人好しなんですね」

「…そこは良い人って言ってよ」


さて、そろそろ帰らないと
雑渡さんにはケーキも買ったし
念のため和菓子も買ったからどっちかは気に入るだろう


「ねぇ、君の話聞かせてよ」


帰り道、車でも一時間以上かかるのだから時間はある
道中、彼の話を聞く事にした

彼は学園の四年生で同室の滝と呼ばれる人物が成績は優秀だけどカスだという事
穴掘りが好きで暇さえあれば掘っている事
何故か穴を掘っていると怒られると話す彼は天然なのだろうか


「…僕、帰れるのかな」


突然漏れ出した
彼の弱音

むしろよく今まで我慢したものだと思う


「大丈夫、こっちに来る方法があったんだから
戻る方法もあるに決まってる
もう一度夏休みが来たと思えば良いさ」


我ながら無責任な言葉だとは思うが
私自身彼は勿論、雑渡さんにもきちんと帰って欲しいと思っている

いくらなんでも
残してきたものが大きすぎる


「夏休み、滝のせいでなくなったんですよね」

「ならちょうど良いじゃないか
とりあえずここでの生活は保障されるんだから
戻る方法だけ考えよう」


一体彼らがどれだけの時間ここに居られるか分からないけれど
せめて少しでも良い思いをして欲しいと思うのはきっと私のエゴだろう


だって彼らの戻りたがってる世界は

私の住む世界とは比べものにならない程残酷なのだから