湯煙事情

「温泉楽しみですねー」

「そうだねぇ」

「露天風呂でお酒とか究極の贅沢です」

「君は相変わらずだね」


いよいよ当日を迎えた温泉旅行
親には適当に言って雑渡さんと旅行をする事になった
綾部君だけがやけに不服そうだったからもしかしたら気付かれているのだろうか
ただ拗ねているだけだと良いのだが


「そうだ、雑渡さんにこれを差し上げます」

「何?これ」

「ふふー電車から降りたらきっと使いますから
開けてみてください」

「…これは」

「マフラーです
首に巻けてあったかいし、顔も隠せます
素材も丈夫だから戻っても使えると思います」


結局色は無難な黒にした
早速雑渡さんの首に巻いてみたが口元も自然に隠れるし良い感じだ
あ、でも普段は忍び装束の頭巾で口元を隠しているから戻った時は日常的には使えないかな
いや、それでも寒い日には使えるに違いない


「ありがとう、大事にするよ」

「お酒とか、たまにご馳走になるお返しに
あと単純に私が雑渡さんにあげたかったので」

「嬉しい事を言ってくれるね」


嗚呼

実に滑稽だ



─────────



「温泉の予約時間もご飯も
もう少し時間がありますね」


電車を降りてバスに乗り
たどり着いたのは山の中の温泉

建物は古いというより由緒正しいという言葉が適切な作りで私たちを暖かく迎えてくれた

少し奥まった所にあるこの温泉宿は雑渡さんのように人目を避けたい人が来るのも珍しくないらしい

二人で使うには少し広い部屋に通され
改めて食事の時間と予約した温泉の時間を告げられた



「まぁでも少しゆっくりしたら温泉の時間でしょ」

「そうですね」

「先に浴衣に着替えようかな」

「雑渡さんはそっちの方が良いかもしれませんね
やっぱ浴衣の方が落ち着くでしょ」

「うん。所でなまえちゃん」


雑渡さんは私との距離を詰め
私の顔をのぞき込み

その大きな手で私の顔に触れた


「君が脱がせてよ」


あぁ、はじまった


「着替えすら出来ない程火傷が悪化しました?」

「そういう事にしてくれて構わないよ」


もう何を言っても無駄だろう
雑渡さんの上着に手をかけゆっくりと脱がす
相変わらず包帯の上からでも分かる程よく鍛えられた体が露出する


「綾部君が来てから、おちおち枕を交わす事すら出来ない」

「元々そういう関係ではないじゃないですか」

「虎視眈々と機会を狙ってたのに」

「そうですか」


私の頬を一度なぞったかと思えばそのまま押し倒され馬乗りの体制
抵抗しない私ははしたない女なのだろうなと自分をあざ笑った


「やっと、じっくり味わえる」

「我慢してたんですか?」


雑渡さんの好意は普段の生活から伝わるし
私もそんな雑渡さんに好意を寄せている

けれど私たちはずるい事に
その感情を明確な言葉にする事無く

寂しい時に甘え
体を重ねたくなれば重ね

ただ都合良くお互いを求めた

この関係を明らかにしようとはお互い思っていないだろう
別れが辛くなるだけだ


「雑渡…さんっ…」


皮肉にも
私たちは体の相性も良いようだ


「なまえ…」


恋人ごっこ

そんな滑稽な言い方が私たちにはぴったりだ