月の海

「はぁ〜ん、温泉ってさいっこう」

「温泉で酒、が正しいでしょ」


ご飯も食べ終わり
私達は旅の目的あった温泉を満喫している

虫の鳴き声だけが響く静かな山で温泉に浸かりながら酒を飲む
これを極楽と言わず何を極楽と言うのか


「ご飯も美味しかったし
いやー来て良かったですねぇ」

「そうだねぇ
しかし恥じらいとか無いのかい
そんなに乳を丸出しにして」


決して広くないが二人で入るには十分過ぎる大きさの湯船で私達は向かい合わせの形でつかっている

酒を煽りつつ月を仰ぎたい私は湯船の縁に背中を預け
男らしく腕を広げ
上半身は外気に晒しつつ下半身は温泉、という露天風呂ならではの醍醐味を味わっているわけだが

向かいの雑渡さんにすれば私の胸は丸見えだろう


「今更隠す関係でもないし貸し切りだし良いじゃないですか」

「分かってないなぁ」


恥じらいこそが日本の美徳かもしれない
しかし私達のような関係でそれを求められても困るのだ


「火傷、随分良くなりましたね」


お猪口を片手に雑渡さんの隣へ移動し
改めて火傷の痕を見たが明らかに前より良くなっている
変色は変わらないが膿んでる様子は見られない


「おかげさまでね
毎年冬が来ると乾燥してかゆくて大変だったけど
今年は平穏に過ごせそうだ」

「現代医療様々ですね〜
保険がきけば皮膚移植で完治も夢ではなかったかもしれませんね」


無保険などいくらかかるか分かったものではない
いや、でもこれは美容整形にあたるのだろうか
それなら最初から保険はきかないのかな

皮膚移植?と首を傾げた雑渡さんに斯く斯く然々と説明した所
えらく驚かれた

今や皮膚だけじゃなく他人の心臓だって移植出来るのだと説明すれば
人は神にでもなるつもりなのかねぇと小さく呟いた

確かに過去の医療文化から考えると現代の医学はもはや魔法の域だろう


「明日はどうするの?」

「この辺に有名な神社があるのでそこに行きましょう
こうなりゃ神頼みですよ」


明日は寺に行って
そのついでに観光でもすればちょうど良い時間だ

神頼み、賽銭はいくらが良いだろうか
よく賽銭は縁(円)があるようにと五円か五十円が良いとは聞くが

今縁があるようにと願ったらもう一人来てしまいそうな気がする


「君はあまり信仰心があるように見えないけど」

「大丈夫ですよ〜日本の神様なんて来るもの拒まずなんですから
そもそもこんな非科学的で寓話みたいな事の解決法なんていっそ神頼みが一番適切な気もします」

「そんなもんかねぇ」


明日の予定も決まった所でお猪口に残された酒を一気にあおり
空を見上げる
頭上には変わらず見事な満月にまばゆい星
山は空に近いからか普段より月も星も大きく見える


「雑渡さーん、お月様まん丸ですねー
雑渡さんの時代のお月様と一緒ですか?」

「あぁ、変わらないよ
まん丸の月もまぶしい程の星も私の時代の空と変わらない」


五百年ごときで空は変わらないものか
何故だかわからないが少しだけ安心した


「田舎は空が綺麗ですからね
さて、そろそろ出ましょうか
包帯巻きますよ」

「そうだね」



─────────



「折角だから同じ布団で寝ますか?」


部屋には二組の布団が並べて敷かれている
このまま寝ても良いのだが折角の旅行なのだから先ほどのような提案をしてみたのだ


「おや、随分と酒が回ったのかい?」

「たまには私からも行動した方が今後の関係は円滑かと思いまして」

「そういう事言わなければ良いのに」

「ふふー」


たまには私から甘えてみても良いだろう
きっとそうすれば雑渡さんはより私を甘やかしてくれる

誰かと一緒に寝るのは何時ぶりだったか

体の大きな雑渡さんは私の体をすっぽりと包んでもまだ余裕がある

薬の匂いが鼻を掠める

そのまま私が眠りにつくまでそう時間はかからなかった



─────────



「ただいまー綾部君今日はもう終わりなの?」

「そうでーす」


神社も行き日が暮れる前に帰宅する事が出来た
離れに一度向かうと仕事を終えた綾部君がくつろいでいる
一息付いたら穴を堀に行くのだろうか


「そうかそうか。お疲れさまって
どうしたの?」


たった一日会わなかっただけで寂しかったのか
綾部君は私との距離を詰めるとそのまま抱きついてきた
13歳ならもう少し異性に対し敏感になるものだと思うのだが
彼はそんな抵抗がないのだろうか

ふわふわとした髪の毛を思わず撫でながら一体どうしたものかと訪ねるが
綾部君は何を確かめたいのか私にしがみついたままだ


「ねぇなまえさん」

「うん?」

「なまえさんは友達の所に遊びに行って
そのついでに湯治に向かう雑渡さんを送ったんですよね」

「そうだよ」


こんな近くで綾部君の顔を見るのは初めてだな
毛穴が見えない程綺麗な肌をしている
若さって羨ましい

私より少し小さい綾部君に見上げられ瞳を覗かれるのは何だか照れるものがある


「じゃあなんで二人から同じ匂いがするんですか?」

「なっ…」


同じ匂い

雑渡さんの薬の匂いがうつったのだろうか
それとも朝風呂も楽しんだがその際の硫黄の匂いか

どちらにしろそんなあからさまな匂いではない筈だ
それを彼は嗅ぎ取ったと言うのか


「喜八郎君、鋭いね
やっぱり君は良い忍者になるよ」

「雑渡さん!」


あーもう
まだ誤魔化しようがあったのかもしれないのにネタばらししてしまって
ほら見ろ、綾部君の眉毛が少しばかりつり上がった


「ずるーい」

「はぁ…とりあえずこれは秘密にして欲しいんだ
今度の休みは綾部君に付き合うから頼むよ」

「僕くりぃむそーだが食べたいです」

「おうおう、クリームソーダぐらいなら奢ってやろう」

「だからなまえちゃん、喜八郎君をあまり甘やかしちゃダメだって」


こうなったのは一体誰のせいか

とりあえず機嫌とりも兼ねて手持ちぶさたな片手で綾部君の頭を撫でると彼は気持ちよさそうにしていた