03 


「なまえ、もう朝だ、起きろ」
「…………」
「…起きろ」
「……やだー、寝るー、まだ、寝るのー…」

なまえは寝起きが悪い。今まで他に見たことがないくらいに悪い。スクールトリップで泊まりになった時だって、こんなに酷い同級生はいなかった。

「……まったく…」

僕は再び寝入ろうとする彼女から毛布を剥がし、片手でその身体を抱えて、足を引きずりながらリビングへ向かった。通りがけに鍋が乗っているコンロに向かって火を投げてスイッチを押し、トースターにパンを入れて、彼女を席へ座らせた。毎日の日課なので、ここまでの動作も手馴れてきた。

「…ううー、布団、かたい」
「それはテーブルだ」
「…枕、どこー」
「寝るからダメだ。ほら、顔拭くぞ」
「……つめたっ」

ここまで行なって、彼女は漸く目を開く。

「おはよう、なまえ」
「…んん…おはよう、リオ」

ここに来てひと月が経とうとしている。僕はこの家の生活にそこそこ慣れてきたところだ。





バーニッシュは普通の生活はできない、というのを漠然と想像していたけれど、それはフリーズフォースに捕まってからの話だ。バーニッシュだとしても、人に危害が及ぶような火の使い方をしなければ、普通に生活できる。それを知ったのはここに来てからだった。

「点滴の追加、これで合ってるか?」
「お、ありがとう。助かるよ」

この家は個人病院だ。なまえの叔母にあたる女性が院長をしていて、この病院を切り盛りしている。バーニッシュになったことで家族をなくしたなまえは、ここに引き取られて手伝いをしている。なので、なまえに拾われた僕も同じようにここの手伝いをはじめた。

「院長、またバーニッシュの子供を引き取ったのかい?」
「違うよ、なまえが連れてきたんだ」
「じゃあ、なまえのボーイフレンドか」
「そ、それも違うよ!」
「あんなに小さかったなまえもそんな歳になったんだなあ」

この病院は見た目こそわからないが、バーニッシュの患者が大半だ。バーニッシュのなまえを引き取ったように、院長は相手が普通の人間かバーニッシュかで判断しない。精神を病んだバーニッシュの患者が建物を無闇に燃やさないように、殆どの設備に耐火素材を使用しているので、一般人と同等の医療が受けられる数少ない病院として成り立っている。まあその分、一部の医療機関からは煙たがられているようだが。

「なまえ、リオ、午後は往診行くよ」
「わかった」
「はーい」

なまえがロッカーから上着を持ってきて、袖を僕の腕に通す。その間に僕は椅子に座って、なまえに髪を結んでもらう。

「こーら、なまえ、身支度は手伝わないように言ったでしょ」
「ええー、だってリオ、自分でやると時間かかっちゃうから」
「なまえがやっちゃったらリオが覚えられないでしょ。なまえがもし怪我した時リオが一人で身支度できなかったら困るのはリオの方」
「そうだけど…」
「リオも、なまえをあんまり甘やかさない。また今朝もなまえをリビングまで運んだでしょ」
「ええー、甘やかされてないよ。あれは嫌がらせだよ。毎朝ひどいんだよ顔に水かけてくるし」
「かけてない。濡らしたタオルで拭いてるだけだ」

実際、今の役割分担が僕となまえにとっては凄く快適だった。確かに今、お互いがいなかったら不便に思うかもしれないけれど、共同生活が始まってすぐ、苦手な行動を補うように動いていたら身についた行動だ。わざと手伝わないでいたら、今では逆に気になって仕方がないと思う。

「まあ、そうしないと起きないのはわかるけどね。遅刻するのはなまえ自身のせいなんだから、緊急でもない限りそこまでしないの。あんたらここじゃ“きょうだい”みたいなもんなんだから、病気でもないのにお互いに世話するなんてことしなくていいの。自分のことは自分でやりなさい」

親に随分よくしてもらったんだろうけどね、そう院長が言うからひやっとした。もしかして僕の家についても薄々気づいているんじゃないだろうか。或いは、ニュースか何かで失踪者の情報を既に見ているのではないだろうか。とはいえ、こうやって長いこと匿っているあたり、家に引き渡したりする人じゃないのは知っている。家に帰れないバーニッシュがいる事例を、きっといくつも見ているのだろう。

「いま”きょうだい”って言った?どっちが上?私が姉だよね?」
「僕の方が兄だろ」
「ええー、私の方がここにいる期間は長いんだから私でしょ」
「僕の方が年齢は上だ」
「もう、いちいちこだわんないの!支度できたら車に乗りなさい」
 
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