「ここを真っすぐ行けばバウタウンだって」
「メーラ♪」
ポケセンで元気満々になったヌメたと5番道路をひたすら歩く。
無事にヤローさんからバッジをもらったのだが、あたしはどうしても気になっていることがあった。
「ねえねえヌメた。なんでダイマックスしなかったの?」
バトルの最中、あたしたちは暗号でやり取りする。
事前に決めているそれらの中に、実は一つだけ例外があるのだ。
『あのね、ヌメた。もしあたしの指示がダメダメの時は…教えてくれる?』
『メッ?』
あたしはそもそも、バトルどころかポケモンに指示を出す、ということさえ慣れ切っていない。
ゲームのポケモンなら気楽にやれる。だってゲームだもの。でも現実なら?
痛みだって恐れだって、生き物である以上、当然備わっているのだ。
『振り向いて、何か言って。それだけでいいから』
『ヌーン…?』
バトルともなれば“相手を打ち負かすための指示を的確に出す”ことが重要なわけで。
ただ戦いと無縁に生きていた現代人のあたしにはハードルが高いわけで。
そうした一瞬の迷いが隙を生むわけで。命取りになる、わけで。
『あたしの指示に問題なければ、前を見て戦って。問題あれば、振り向いて何か言って。…ほしいんだけど…』
それは、最初の作戦会議で決めたこと。
『ラン。メリャン!』
『…いいの?ありがとう!ポケモン歴はヌメたの方が先輩だから、頼っちゃうね』
『メェラア〜♪』
苦肉の策でも、ヌメたは任せろと言わんばかりに快諾してくれた。
おかげであたしも臆することなく自分なりの指示を出せているのだけれど。
「ダイマした方が楽じゃなかった?」
ダイマックスしたワタシラガの攻撃を、ダイマックスせず受けるヌメた。
実際にはまもるでなんとか凌いだけど…強烈な技を喰らった彼を見ていて、生きた心地がしなかった。
『ヌメッッ!!!』
でも、あの揺るがない瞳の強さを思うと、再びダイマックスを指示することは憚られて。
「ンーメッ」
「ダイマしたくないの?」
「ヌン」
「ヌメた・DE・マックスしたかったんだけどなー?」
「ンーメッ」
うーむ。本格的にその気はないようだ。
それにしても珍しい。大抵のお願いは聞いてくれるのに。
「ま、いっか」
決して多くはないバトルの中でNOが出たのはあの時だけ。
だからビックリしたけど、ヌメたNGって相当じゃん!?とすぐに頭を切り替えることができた。
幸い彼はドラゴンなのでくさ系ならタイプ有利だ。まあ攻撃はダイアタックでしたけどね。イタタタタタ。
「いつかでいいから、ダイマしてもいいぞーって気分になったら教えてね。キョダイヌメたは見たいし」
「ラメラン!」
理由は不明だけど、実際に戦ってる本人(本ポケ)が嫌がっているなら、それを尊重すべきよね。
そうじゃなきゃ拒否コマンド作った意味がないもの。
「でも自分の身体とちゃんと相談してよー?キョダイ攻撃、痛い痛いでしょー?」
「ヌンリャッ!」
「いいお返事ですねー」
「あの、ちょっとすみません」
おしゃべりに夢中だったあたしを呼び止める謎のおねえさん。
迷惑になるレベルでうるさかったかしら。そうなら素直に謝ろう。
「たいしたものはありませんけど、好きに召し上がってちょうだいな」
「とんでもないです。お気遣いありがとうございます」
「このフードは食べられますか?」
「ヌン!」
お風呂から上がったあたしたちに対応してくださるお二人は、このエリアにある預かり屋さんご一家だ。
店頭のおねえさん、受付のおばあちゃん、ブリーダーのおかあさん。
お三方が切り盛りしているそこになぜあたしたちがいるのかというと。
「それにしてもビックリしました、こんな時間にバウタウンへ向かうなんて」
「少しでも先に進みたかったもので」
「焦るのも無理はありませんけどね。この辺りは明かりが少ないものだから」
いくらジムチャレンジャーでも夜道を行くのは危険だと声をかけてくれたのだ。
ちなみにここから徒歩だと2時間はかかるとか(さすがにそんな体力はない。ないです!!)
しかもキャンプできる場所もないから道中で就寝するのは無理らしい。
我ながら無謀なことをしようとしたもんだ…助かった…
「夜はちゃんと宿泊施設で休みなさいな。何かあっちゃ親御さんも悲しむわ」
「はーい」
「母はまだ世話をしているので先に食べちゃいましょう」
「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えて…いただきます」
ふは〜〜〜あったかいシチューが疲れた身体に沁みる〜〜〜
ヌメたもフードに添えられたスープでまったりなお顔。かわゆ〜〜
しかしポケモン用手作りスープなんて、さすがプロだ「ねえねえねえ!ちょっと見てよ!!!」
「お母さん!ナナシちゃんたち食事中なんだから!」
「ああゴメンゴメン、つい興奮しちゃって!」
「何かあったんですか?」
「そう!そうなんだよ!!コレ見てよ!!!」
バーン!と勢いよく扉を開け入って来たのは、ブリーダーのおかあさんだ。
めちゃくちゃテンション高くて息も荒いまま、あたしたちに何かを差し出した。
…これは……
「…タマゴ?」
「そう!タマゴなんだよ!!タマゴを持ってたんだ!!!」
「怒鳴るのはお止し。驚いているじゃないの」
「ゴメンゴメン、つい興奮しちゃって!」
さっきも聞いたぞ、そのセリフ。別にいいけど。
賑やかな家族のヤイヤイをBGMにしつつ、あたしはテーブルの上にあるタマゴを改めて見た。
実物は初めてだ。ちょっとくらい触っても平気かな。
そーっとそーっと、指先で触れてみる。
「……あったかーい」
「リャア……?」
興味津々なヌメたのボウルを傍に置いて、一緒に観察。
不思議。温もりがあって、心なしかトクントクンと脈を打ってるような。
「生命の神秘、だねえ……」
「ヌメエ……」
二人してなんだか酔いしれてしまった。
ふと気づくと静かになっていて、みんなこっちを見ている。しまった、イタい子だって思われたかも。
でもあたしポケモンいない所にいたんですもん、生まれたてのタマゴ触ることない生活してたんですもん。
「そのタマゴさ、」
「ウンメ…ヌゥンラ……」
「……」
スピスピ眠るヌメたを眺めながら、あたしはベッドに寝転んでいた。
疲れているのに眠れない。理由はわかっている。
『そのタマゴさ、“次のコ”たちが持っていたんだ』
『…つぎのこ?』
聞きなれない単語。そこであたしは初めて知った。
預かり屋さんにいるポケモンは、みんながみんな、“預けられている”わけではないということ。
『稀にいるんです。迎えに来なくなる人が』
『環境の変化や経済的事情……イメージと違っていた、なんてこともあるようだね』
『そういうコたちは当然うちで面倒を見ているんだ』
この世界にもあるのか。そういった問題が。
恵まれた状況でキラキラした側面しか知らず浮かれていた自分が、……。
『そんな顔するんじゃないよ!言っただろう、そのコたちは“次のコ”なんだ』
『彼らはね、主人が迎えに来なくなったからそこで終わり、なんて考えちゃいませんよ』
つい黙ってしまったあたしを諭してくれた。
たとえ置いて行かれたとしても、ポケモンたちは必ず“次”へ繋げるのだと。
『一時的に荒れてしまうコもいるけどね。それこそブリーダーの出番ってわけ!』
『ほとんどのコたちは、うちを訪れた他のトレーナーたちに引き取られるんです。だから“次のコ”』
『元のトレーナーを恨むわけでもなく、新たな生活を受け入れ、場合によってはこうして新たな生命をもたらす』
もしもあたしがポケモンだったとしたら。
そんな風に生きられるだろうか。
身勝手な人間を憎まず、生物としての矜持を全うするなんて。
『すごいだろう、ポケモンは』
心底嬉しそうに、楽しそうにタマゴを抱え上げるブリーダーママの笑顔は眩しい。
おばあちゃんも、その隣で頷くおねえさんも、表情が輝いている。
『あたしら人間なんかとても敵いやしないよ』
(…あたしって…何にも知らないなあ……)
正直ショックだった。無知なことよりも、生々しい現実に。
ポケモンの世界はしあわせにみちている。それはゲームのおはなしで。
(…バカだなあ、ここはもうゲームの世界じゃないのに…)
でも今のあたしにできることは何もない。
なんせ自立自活すらできていないのだ。
おまけに子供。法的にもできることは限られていて。
(…だから子供になんか……)
ダメだ。ぐるぐるぐるぐると無意味につまらないことを考え続ける。
こういうのは良くない、でもお風呂にはもう入っちゃったし―――
ピッ ピピッ ピピピッ
「(何だろ……)あ」
控え目に鳴り始めたスマホを取ると、設定されたリマインダー。
そうだ、ダンデさんに連絡しなきゃ。忘れないようスケジュールに入れたんだった。
「(何て書けばいいかな…とりあえず…)こんばんはダンデさん…と」
無難に内容をまとめてメッセージを送信。まあこんなもんでいいでしょう。
ダンデさんも忙しい人だし、とりあえず連絡だけ入れておけば。
と、またベッドに寝転ぼうとした瞬間に電話が来た。
「(まさかの電話…)こんばんは、ダンデさん」
「やあ。夜にすまないな。ターフジム突破、おめでとう」
「あ…そうですね、ありがとうございます」
そういえば今日くさバッジもらったんだった。
記念すべき初戦突破なのに、うまく呑み込めない。
『 稀にいるんです。迎えに来なくなる人が 』
「……に泊めてもらったのか」
「え?」
「預かり屋に泊まっているんだろう。珍しい体験ができたじゃないか」
「そう、ですね」
珍しい体験。確かにそうだ。発見された直後のタマゴに触れた。
……そしてタマゴを持っていたのは。
『主人が迎えに来なくなったからそこで終わり、なんて考えちゃいませんよ』
「さっき、初めて、タマゴ触ったんです」
「でも、それはトレーナーに置いて行かれたコたちが持ってたもので」
誰かに話すつもりはなかった。
けれど言葉がスルスルと出て行って。
「…なんか、ショックで……」
「…あたし…そんなこと、ちっとも知らなくて…」
こんなこと言って何になるんだろう。
愚痴にも満たない、矮小な独白。聞いた方もいい迷惑だ。
「確かに、ポケモンを預けっきりにするトレーナーがいて、問題になっているのは事実だ」
適当に濁して切り上げようとした時、ダンデさんが口を開いた。
その声には不思議と落ち着きがあって、つい耳を傾けてしまう。
「だが、ローズさんを筆頭に、ガラル全体でその問題に取り組んでいるのも事実だ。もちろん俺もな」
続けて教えてもらったこと。
捨てられたポケモンたちの面倒をみる施設に、リーグ主体で寄付するようになったこと。
それを機に大手企業も物理的支援を行うようになったこと。
多頭保護による施設崩壊は無くなり、ボランティア団体や啓発活動も増えたこと。
着実に、“次のコ”は減っていること。
「昔は心に傷を負ったポケモンが人を襲うこともあったらしいが、今じゃ聞かなくなった」
「それは……?」
「新しいトレーナーが見つかるケースも増えているのさ。みんなでそういう仕組みを作ってきたから」
『他のトレーナーたちに引き取られるんです。だから“次のコ”』
そう言えば。
あの人たちは、たったの一度も、捨てられたなんて言葉を使わなかった。
『場合によってはこうして新たな生命をもたらす』
ポケモンだけじゃない。あの人たちも次へと繋いでいるんだ。
素敵なトレーナーと出会えるように。
別の幸せな生活へ辿り着けるように。
『すごいだろう、ポケモンは』
生を全うしようとする彼らと向き合って。
「…すごいですね。ポケモンは」
「そうだな。どのポケモンの生き様も、尊くて美しい。だから俺は彼らのことが大好きだ」
『あたしら人間なんかとても敵いやしないよ』
ああ、本当に。
「…ガラルの人たちも、同じくらいすごいですよ」
まったくもって、敵いっこないや。
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