「おはようございます…」
「メァ……」
「あら早いね!おはよう!」
目をしょぼしょぼさせてるあたしたちと真逆に、朝から元気100%のおかあさん。
ブリーダーさんは夜明け前からお世話してるんだもんね。ほんとすごいよ。
「これからご飯の用意をしますからね」
「もっと寝ていて大丈夫ですよ?」
「いえ、いいんです。早くバウタウンへ向かいたい、ので…」
「ヌェ……。……ッラ!」
一緒に頑張って早起きしたが、ヌメただって眠いものは眠い。
座っているとそのまま寝落ちしそうなので外へ出ていることにした。
「お邪魔はしないので、見てていいですか」
「もちろん!別に面白いもんじゃないけどね!」
豪快に笑いながら、ブリーダーママはそれぞれのエリアにいるポケモンをチェックしていく。
その様子を眺めていた時、何かを背負っていることに気づいてドキッとした。…例のタマゴ、だ。
「ナナシちゃん!あんたこのタマゴ持ってくかい?!」
「え」
羨ましくてガン見してると思ったのかもしれない。
一通り終わったママが近寄って来て、リュックごとタマゴをあたしの前に差し出す。
「孵化させるには色んな刺激を与えなきゃいけないからね!」
「刺激?」
「そうだよ!歩いている時の振動や外気温の変化…野生の鳴き声とか!」
とにかくありとあらゆる所に連れ歩かなきゃいけないんだ!
ハキハキと説明されゲームを何となく思い出す。
「世界を見せてあげるのさ。あんたが生まれたのはこんな世界だよ、って!」
「世界を見せる…」
「そんで我慢できなくなったら孵化するってわけ!」
面白いだろう、とまた声を上げるママにあたしも自然と笑っていた。
それが真実かどうかわからないけど、いいんだ、そういうことで。
真実なんかいつだって。
「チャレンジャーなら色んな場所に行くだろう?ピッタリだと思ってさ!」
「なるほど」
「仲間も増えるし、どうだい!?」
キラッキラの目と勢いに押されてうんと答えてしまいそうになる。
ってダメじゃん!ちゃんと考えて結論出さないと!!
「…お気持ちはすごくありがたいんですけど、今はちょっと難しいです」
孵化したばかりのポケモンを世話するのは、相当に大変なことだろう。
食事も体調も安定するまで気が抜けなさそうだし…そもそも無事に生まれるだろうか?という不安だって。
あと金銭面。コレ一番大事。なんせ貯金はまだまだ少ないし。
「あたし自身そんなに余裕なくって。ヌメたと一緒に育てられるようになるのは、まだ先かなと」
「ンメ?ンメララ、ヌリャーヌラ」
「軽く考えちゃだめだよ。お兄ちゃんになるのはまた今度、ね?」
「メェエー…」
それに何より、新しくタマゴを迎えるなら、ヌメたと一緒に育てたい。
お互いドキドキハラハラやきもきしながら、大事に大事に育てたい。
でも今ってそんな余裕ないのよね、全体的に。ヌメたは行ける行ける的なノリっぽいけど。
「あの…せっかくご提案いただいたのに、すみません」
手にするのが生命である以上、楽観的な見通しや一時的な感情で引き取ってはならない。
いつか、精神的にも時間的にも無理が生じない日が来たら、迎えさせてもらおう。
「!いやいや!ただの思い付きだったからさ、気にしないでおくれよ」
ポカンとしているブリーダーママに申し訳なくなり、頭を下げるとやっと反応してくれた。
やっぱ断られるとは想定してなかったんだろうな…すみません。
「嬉しいよ。ちゃんと答えてもらって」
「え」
「みんながみんな。そうやって考えてくれるといいんだけど」
おかあさんはタマゴを優しく撫でながら困ったように微笑む。
想像と違った。環境が変わった。
―――次のコになってしまう理由の多くは、人間起因で。
「その気持ち、忘れないでよ」
「やっと着いた……」
「ヌメエ」
長い長い橋を渡り、目的地に着いた時あたしはもうへとへとだった。
マジで距離あったな…昨日のうちに進もうとしなくてよかった…
あと頑張って早起きした甲斐もあったね…下手な時間に出発してたら午後になってたよ、こりゃ…
「まだジム開いてないし、お散歩しよっか」
「ラン!」
「おや。ナナシくんではありませんか」
一休みしつつバウジムへ向かおうと街中へ歩き出したのだが。
誰かに呼び止められそっちを見ると、グラサンの誰かがそこにいた。
「奇遇ですね。今日はルリナくんに挑戦ですか」
「おはようございます。はい、もう少ししたらジムに向かおうかと」
あ、この人ローズさんか。傍のオリーヴさんと声でやっとわかった。
フォーマルな出で立ちじゃないからてっきり不審者かと…
「これからモーニングを取りに行くのですが、一緒にいかがかな?」
「ありがとうございます。お茶だけでも差し支えなければ」
「もちろん歓迎しますよ!では行きましょう」
お気に入りの場所があって、と朝から溌剌とした委員長の話を聞きながら同行。
その間ヌメたはボールに戻ってもらった。さすがに同席させるのはどうかと思うし。
「やはり食べるなら現地でとれたものだね!すべてのメニューがデリシャスです」
「そうでしたか。今度は食べに来ます」
でも高そう、だな…!
モーニングというからてっきりカフェを想像していたのだが、入ったところはリストランテの佇まい。
こういうお店って朝からやってるものなのかしら。早くてもランチってイメージだけど。
「初日でターフジムを突破するとは、さすがダンデくんの推薦者だ。テレビもキミの話題で持ち切りでした」
サンドイッチを頂きながらしゃべっていても優雅な人だ。
というか。え?テレビとか出てたの?全然見てないから知らなかった。
自分の映像なんて興味ないからチェックする気ないけど。
「しかし…残念ながら、問い合わせはなかったんですよ」
「問い合わせ?」
「キミのご家族や知人からね。ガラル中に放送されていたから、必ずあると思っていたのですが」
そういえばあたし記憶喪失っていう設定だった!あっぶな、普通に忘れかけてたよ。
内心慌てつつしょんぼりした雰囲気で、そうでしたか…なんて言ってみる。
「気を落とさずに!何かあれば、必ずダンデくんにも伝えるからね」
「はい…ありがとうございます…」
そんなもの出てくるわけない。が、一先ず設定に則った振る舞いはしておこう。
しっかし…このままだとアレかな?全然問い合わせねーじゃんって感じにいずれ不審がられるかな??
「ところで、ナナシくんはムゲンダイナをどう思いますか」
「ムゲンダイナ、ですか?」
「ええ」
ちょっとやばいかなーとヒヤヒヤしていたらもう次の話題に移っていた。
頭の回転早い人は急に話が飛ぶわね…今回は好都合だけど。
「どう、って…」
唐突な問いかけに少し言葉が詰まる。
あたしの記憶は虫食いだらけだが(ゲームのストーリーは覚えてないし、キャラの名前も出て来なかったりするし)、実はムゲンダイナの姿だけきっちり覚えていた。
異質で巨大な体躯。
ギラギラとした真っ赤な瞳。
毒を纏う孤独なドラゴン―――
「…かっこいいと思います。紫も赤も好きな色なので、あたしは好きです」
うーん。陳腐で子供っぽい感想になっちゃったよ…
ただそれ以上のコメントできなくない?とりあえずあたしは好き。以上。
「なるほど。それを聞いたらきっと彼も喜ぶだろうね」
「?そうですか…」
「遠くないうち、必ずキミは彼に出会う」
「はあ…」
喜ぶ?会える?よくわからん。ムゲンダイナってそういう身近な感じだっけ?
残念ながら姿と名前以外は記憶にない。
でもローズさんが嬉しそうにしているから、水を差しちゃ悪いと質問しかけた口を閉じる。
「その日がとても楽しみだ」
「朝からごちそうさまでした」
「こちらこそ素晴らしい時間を過ごさせてもらったね」
受け答えがダンディすぎる。これぞアダルトの余裕…!
ってドキドキしてる場合じゃないや。もう少しでジムオープンしちゃうし。
「引き続き活躍を楽しみにしていますよ」
「ご期待に沿えるよう努めます。…あの、お伺いしたいのですが」
「何かな?」
さてさて、ヌメたをお外に…とボールに触れる直前、気になってたことを尋ねる。
これは別にムゲンダイナ関係ないから大丈夫よね。
「ローズ委員長は、こんな朝早くに」
漁業が盛んなバウタウンの朝は早い。現に多くの人が既に活動している。
だから一般的な営業時間より前にビジネスのためやって来たとしてもおかしくはない。
でもそれならあたしをモーニングに誘う暇なんてないはずだ。
商談へ行くような恰好でもないし。ハーパンだし。
「何用でバウタウンへ来られたんですか?」
素朴な疑問。
どうして多忙な委員長が、早朝のバウタウンにいるんだろう。
それも一介のジムチャレンジャーと朝食を取る余裕まで残して。
「この町は潮風が気持ちよくてね」
「?」
「ジョギングをしに来たのですよ」
ジョギング。ジョギングって、つまり運動…?
そうか、これローズさん的スポーツファッションだったんだ。
…お腹出てるけど。
「健康第一、身体が資本だからね」
「なるほど。貴重なお時間ありがとうございました。失礼します」
再度お礼を伝え、あたしは今度こそ立ち去った。
普段のイメージから連想できなかったけど…運動か。意外。
「お待たせヌメた。ジム行こっか」
「メリャ!」
でもこれから走るのに食事取って大丈夫なのかな。
「ジムチャレンジャーですね」
「すごすぎです。はじめまして、ナナシと申します」
ジムを訪ねるも微妙に早く、灯台にいると聞いたあたしたちは、フライングでルリナさんへ会いに来た。
遠目からでもわかるスラリとした美人さん。が振り向くより先に言い当てちょっとビックリ。
リーダーともなると気配を察知できたりして。すごっ
「ダンデの推薦でしょ?あなた、ジムリーダーのあいだでちょっとした有名人なんだよ」
「へえー」
うわ。実物のルリナさんかわいすぎる…!笑顔素敵!もっと笑ってください好き。
それと相変わらず”チャンピオンの推薦”は影響力強いわね。
ま、あたしはプレッシャーないけど。自分のためにしかジムチャしてないし。
「はい、有名人さん。わたしのことも知っておいてね」
ナナシは ルリナのリーグカードを もらった!
「ありがとうございます。ルリナさんのこと、もっと知りたいです」
「じゃあ、バウスタジアムにおいでよ。大好きなつりよりも大好きなポケモン勝負で教えてあげる!」
凛とした姿そのままに、颯爽とルリナさんは去って行った。
決め台詞も完璧かよ〜…好き好き!
「リャァラッ!!」
「一番好きなのはヌメただよ?」
「ンメエリャア〜〜♪」
「よくぞいらっしゃいました!ナナシ。あらためまして、わたしはルリナです」
ミッションはこれといったアクシデントもミスもなく、すんなりとクリアできた。
改めて対峙したルリナさんは初対面の雰囲気と違う威圧感を放っている。
「あなた……ポケモントレーナーとして冴えた頭脳の持ち主なのね」
「必死に勉強した甲斐がありました」
「でも、その冴えた頭でどんな作戦を繰りだそうとも、わたしと自慢のパートナーがすべて流しさってあげるから!」
チャレンジャーを迎え撃つジムリーダー。一気に沸き上がる歓声。
場の空気も一種の武器だ。ここは彼女のホーム。
バトルはボールを投げる前から始まっていたりする。
「あたしたちも全身全霊で挑みます。だから、教えてください」
生憎あたしは見た目相応の子供じゃない。ずるいことができる大人だ。
そして真っ直ぐな人は自分と相性が良いことも知っている。
だって躱しやすいから。
「―――ルリナさんのこと、ポケモン勝負で」
余裕のある態度も、意味深なセリフも。
多少のブラフは作戦のうち、ってね。
「次に挑むのはほのおのジムリーダーね」
「エンジンスタジアムまで結構かかりますか?」
「そうでもないわ。第二鉱山を抜ければすぐよ」
ヌメたの奮闘によって勝利を収めたあたしは、着替えた後にルリナさんとお茶をしていた。
この町にしかない独特のホットティーは漢方を使っているらしく、めっちゃ苦い。
「でもなんか癖になりますね。嫌じゃないっていうか…疲れが取れるっていうか」
「そうなの!見た目は普通だしオシャレでもないけど、身体にいいからオススメよ」
マーケットまで連れて来てもらい、おこうの香りに癒されながら他愛もないおしゃべり。
そもそもなぜルリナさんがただのチャレンジャーをこうして誘ってくれたかというと。
「ダンデがあんなに気にかけるなんて、いったいどんな子だろう?ってみんなで話してたの」
「みんな、とは」
「他のジムリーダー。言ったでしょ?あなたちょっとした有名人なんだよ」
「ええ……」
チャンピオンの推薦だから話題にされてたんじゃないの?
あんなに気にかける、ってどういう……。……あ、あれか。
「ダンデさん、一時的にあたしの代理保護者になってくださってるんです。そのせいですよ」
「知っているけど。それだけかしらね」
「ええ……」
なぜ知ってるし。というか保護者以上の理由なんてある?
不完全燃焼なあたしと正反対にルリナさんは楽しそうだ。
「なんとなくわかるわ。あなたのこと、つい気にしちゃうもの」
「ルリナさんに気にされるのは嬉しいです」
「ダンデが聞いたら嫉妬するわよ」
「じゃあここだけの秘密ということで」
やっぱりいい性格してるわね、と大きく笑ったルリナさんにつられてあたしも笑ってしまった。
しょーもないけど、おもしろい。こんな風に頭空っぽで笑ったの久々かも。
考えること、考えなきゃいけないこと、いっぱいあったからかな。良くも悪くも。
「そろそろ行かなきゃ。ナナシはもう少しここにいる?」
「あたしも鉱山に向かいます。今日中にエンジンシティへ着きたいので」
「この時間なら余裕で間に合うわよ」
スタジアムからの呼び出しに立ち上がったルリナさんと一緒に広場を後にした。
本来の年齢が近いのもあって、ルリナさんのような若い女性には、ホップたち同年代と違う安心感がある。
だからこのままお別れするのは正直寂しい。…仕方ないんだけどさ。
「そんな顔しなくてもまた会えるわ」
「えっ」
「ソニアは知っているでしょ?彼女、わたしの親友」
「えっ」
「あなたのこと、実はソニアからも聞いていたの」
「えっ」
「驚いた?あなたが仕掛けたブラフのお返しよ」
したり顔でウィンクを決めたルリナさんをただただポカンと見上げた。
あたしは今とてつもないアホ面してると思う。
「また会いましょう、ナナシ」
やっぱり決め台詞まで完璧かよ〜…好き好き大好き!
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