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「…キミは…いつでも俺を驚かせてくれるな…」

ヤローに勝利し、握手を交わすナナシ。
ダンデは試合を思い返す。
チョロネコらしい、ねこだまし満載のバトルだった。

『ンメーァッッ!』

分厚い壁でダイアタックを凌ぐ、ヌメたのまもる。
普通のポケモンならダイマックス攻撃の前に敗れ、威力半減させるのが関の山だ。

『ンヌェ゛ッッッ…!!ヌンメリャァアアァ!!』

二度目のダイアタックでついに砕け散ったバリア。
まともに喰らい悲痛な声を上げ―――と思った次の瞬間、青い光に包まれる。

「いのちのしずくを覚えているとは…やるじゃないか」

ダイアタックをギリギリまで引き延ばしてから解除したバリア。
ダメージを受けると同時に回復し、攻撃終了直後、わずかな隙のできたワタシラガを狙う。

『ヌメラメラ!』
『ヌゥメリャァアア…!!!』

急所に当たった、こうかばつぐんのヘドロばくだん。
ダイマックスも解除されたワタシラガは彼らの反撃にダウンしたのである。

「素晴らしい試合だったぜ」

ダイマックス攻撃に耐える強度の、まもる。
遺伝でしか習得することのできない、いのちのしずく。
わざレコードでしか覚えられない、ヘドロばくだん。

「…最弱のドラゴン、というフレーズも塗り替えてしまいそうだな」

未だ止まない歓声を浴び続けるナナシとヌメたに、ダンデも空から拍手を送った。



「くさバッジ、にあってますね!ナナシさん、ヌメたさん、その調子です!」
「ヌメたバッチリだって。よかったね〜記念写真撮ろうね〜」
「ランメ!」

バッジを得意気に掲げるヌメた、彼を撮影するナナシ。
遠目にも愛らしい小さな影二つにヤローは声をかけた。

「ナナシさんにアドバイス。ジムチャレンジは挑戦する順番が決まっているんだわ」
「はい」
「で、次はバウタウンのルリナさん。5番道路を越えていくんだな」
「5番道路」
「向こうの橋を渡ってまっすぐさね」
「わかりました、ありがとうございます」
「ナナシさん。ぼく聞きたいことが」

もう用はないと言わんばかりに立ち去ろうとするナナシを引き留める。
ふん?とこちらを見上げる彼女はやっぱりアマージョみたいじゃなあ、と考えたり考えなかったり。

「作戦だから秘密です」
「え」

まだ何も言ってないのに。
自分の顔にもそう書いてあったのだろう。
彼女は含みのある笑みを浮かべ、人差し指でリップに触れる。

「ダイマックスしなかった理由は、秘密」

その唇が熟れた果実のようで、なんだかおいしそうじゃなあと考えたり考えなかったり。



「ナナシからだロ!」
「サンキュー」

自宅で一息ついていたところに届いたメッセージ。
ビジネスメールよろしくの簡潔な文面に苦笑いしつつも電話をかける。

「こんばんは、ダンデさん」
「やあ。夜にすまないな。ターフジム突破、おめでとう」
「あ…そうですね、ありがとうございます」
「……?」

記念すべき最初のジム突破だというのに、彼女の声はどこか暗い。
夜の帳が下りた瞳を思い出し、ビデオ通話にすればよかったと考え直すも仕方なく、ダンデはそのまま会話を続けた。

「キミは最速記録を更新したんだぜ。すごいじゃないか」
「はい」
「それもダイマックスせずヤローを倒すなんてな」
「ええ」
「……疲れているのか?また俺が添い寝をしてあげよう」
「そうですね」
「……(まいったぜ)」

受話器越しのフワフワとした返答に頭を掻く。
疲労はもちろん溜まっているだろうが、それを差し引いても様子が変だ。

速報で映された姿から察するに、上機嫌でターフタウンを後にしたはず。
ということは、今いる場所に来るまで…あるいはそこで。

「5番道路の預かり屋に泊めてもらったのか」
「え?」
「預かり屋に泊まっているんだろう。珍しい体験ができたじゃないか」

ある程度の当たりを付けて探る。
ナナシは逡巡した後、ぽつりぽつりと話し出した。

「さっき、初めて、タマゴ触ったんです」
「でも、それはトレーナーに置いて行かれたコたちが持ってたもので」

一部のトレーナーがポケモンを置き去りにして行く。
その事実が衝撃的だった、と。

「確かに、ポケモンを預けっきりにするトレーナーがいて、問題になっているのは事実だ」

幼子に言い聞かせるよう、ダンデは優しく説明する。
自分を始めガラル全体で改善に取り組んでいるのだと。
不幸なポケモンは確実に減っているのだと。

「…すごいですね。ポケモンは」

落ち着きを取り戻したナナシを改めて労わり、ダンデは通話を終えた。
スマホを握ったままソファに座り考える。

(…確かにこれは社会問題のひとつだ)

しかしガラルに限った話ではない。
どの地方でも存在する、悲しくも普遍的な現象だ。
故に当然、誰もがスクールで習う内容なのである。

『…あたし…そんなこと、ちっとも知らなくて…』

彼女は記憶喪失だ。
よって、教えられたことを忘れていた、と言うのならわかる。
ところがナナシははっきりと言った。ちっとも知らなかった、と。

『…ガラルの人たちも、同じくらいすごいですよ』

度々こぼす、ガラルを外から眺めているようなコメント。
そこから浮かび上がる可能性は、彼女がこの地方以外の人間だということ。

(だが、彼女が書いていた文字はどの地方にも存在しなかった)

勉強嫌いという性質ではない。
無教育な振る舞いもない。

『…なんか、ショックで……』

それなのに、なぜ世界共通の問題を知らず、また過剰なまでに傷付いたのか。

(…あんなに弱り切った声まで、出して……♡)

ゾクリと背中を何かが走る。
スマホ越しのナナシは、ひんしで地べたに臥せるしかなくなったポケモンのような―――

「ロ〜…」
「っ!ああ、すまない」

解放してもらえず不満を垂れたロトムで我に返り、ダンデは手を離す。


(…キミはあの時、どんな顔をしていたんだ……っ♡)


けれども生憎、今夜はこのまま寝られそうにない。




2022.04.05