「もう行ってもいいですか」
「まだだ…!まだ終わらんよ…!」
「いや終わりましたよね」
速報に続き、インタビューを受けている彼女の視線はいつにも増して冷ややかだ。
この年頃のチャレンジャーが受ける場合、大抵快く応対するものだが。弟のように。
「だって…!ナナシ選手、全然質問に答えてないもの…!」
「聞かれたことにはちゃんと答えましたけど」
「『出身地は?』の質問に『個人情報に当たるので回答は差し控えます』なんて初耳よ!?」
「どうするかは本人の自由ですから」
取り付く島もない、という表現が的確な様子にはダンデも苦笑した。
ただしナナシがこのようにあしらおうとしているのも仕方ないことだろう。
記憶喪失の彼女には答えられないもの以上に、無関係な質問が多かった。
『チャンピオンとはどのようなご関係で?』
『推薦状を発行してくださった方です』
『シュートシティで仲良くデートしていたとの噂が?』
『推薦状を受け取るついでに、ジムチャレンジで必要な物を買い揃えていただけです』
当初は困惑しながら受け答えしていた少女も、目的が何なのか気付いたらしい。
目の前の大人たちをヌメラと揃って半ば呆れたように眺めている。
「ミステリアスなナナシ選手のこと、全国のファンが少しでも知りたいと思っているの!」
「謎は謎のままが一番だと思いますよ」
お得意の悪戯な笑顔で首を傾げる姿は、またネットで大いに騒がれそうだ。
他のチャレンジャーと違うコケティッシュな彼女に惹かれる人間は多い。
やれ冷たくされたいだの、やれ意地悪されたいだの、大半が不純に塗れているが。
なおそんな意見を見る度、言っておくがベッドでは甘えっ子なんだぜと主張したくなるダンデは既に手遅れである。
「ねえねえビート。もう行こうよ」
「なっ、引っ張るんじゃありません!」
「伸びてないからへーきへーき」
念の為ポケッターをチェックするかとロトムへ意識を向けていたら、いつの間にやら助っ人が現れていたようだ。
背中に隠れている彼女から裾を引かれ、赤面し慌てる少年は、普通なら微笑ましい光景だろう。
「……」
だが思い切り眉を顰めるこの男は、既に手遅れなのである。
「さっさと断ればいいでしょう」
「まあね。でもあの人たちも仕事だし」
「フン」
のらりくらりとマスコミを躱すナナシにビートが感じたのは、ある種の苛立ちだった。
彼自身が持っていない器用さ、不躾な問いにも答える冷静さを垣間見たせいだろうか。
なぜか自分が子供であるという現実を改めて突き付けられたようで、自ずと口を挟んでいた。
「それにしても…ここの作業員さんってみんなトロッゴン連れてるんだ?」
「メエ」
「何を言っているんです?どう見てもポケジョブでしょう」
「ポケジョブ?そんなお仕事システムあるんだ」
その一方で、彼女は知らないことが驚くほど多いのだから、わからないものである。
ビートより小柄なせいか、大人しく説明を聞いているナナシはなんだか幼い。
「常識ですが?その程度でよくここまで来られたものですね」
「確かに。全部ヌメたのおかげだね」
「メェラア〜」
加えて皮肉も通用しないとなると、腹を立てるのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。
これも手練れによるものなら恐ろしいが、ヌメラとイチャつく姿から察するに、それはない。
だからこそ思う。
『 他人のために擦り減らすの、止めた方がいいよ 』
あの、温度なき声は何だったのだろうと。
「こんにちは、カブさん」
「やあ。きみはダンデが推薦したナナシだね!」
「よくここにいらっしゃるんですか」
「そう、きみたちジムチャレンジャーと最高の勝負をするため、ギリギリまで鍛えているんだよ!」
ひょんなことからジムリーダーの間で有名になった少女は、ヌメラと成り行きを見守っていたようだ。
最速記録を塗り替えているコンビの登場に、カブも闘争心を燃やす。
「もしかしてこれから挑戦かい?」
「いえ、今日はもうホテルに行くつもりです」
他の参加者より一足先に進む彼女のことだ。
これからチャレンジかと一瞬身構えたが、明日との返答に安堵する。
ナナシは数時間前にバウジムを突破したばかり。連戦は避けたかった。
「それがいい。第二鉱山を抜けてまっすぐ進めばエンジンシティ。ゆっくり休んで、コンディションを整えなさい!」
なぜなら己の率いるエンジンジムは第一の関門。
最高の状態で挑んでもらわなければ困るのだ。
「こんばんは、ダンデさん」
定期連絡も兼ねた電話。
ヌメたの文句が微かに漏れ聞こえるのも恒例になりつつあった。
「インタビュー観たぜ。俺との関係をアレコレ聞かれたようだな。迷惑をかけてすまない」
「いえいえ。ダンデさんの方が大変でしょうからお気になさらず」
遠慮だとか配慮だとか、そういった含みなく、ナナシはただ事実だけを述べている。
裏を返せば他人行儀の態度が、ダンデはちょっとばかり面白くない。
「なあ。キミはなぜジムチャレンジに参加したんだ?」
少し切り込んでみるか。決断してから行動に移すまでが早いのはいつものこと。
映像の中で違和感を覚えたシーンを思い返す。
『なぜジムチャレンジに参加を?』
『自分のため、です。あたしは自分のために参加してます』
彼女の瞳が、ほんの一瞬だけ遠くを見る。目の前のインタビュアーさえわからない程の刹那。
けれど、以前からダンデが抱えていた疑念を確信へと変えるには充分な瞬間だった。
―――ナナシは、誰かに見つけてもらうつもりがない。
「……あたしのことを知ってる人が見つかるかもしれないから、ですよ」
「そうだったな。他には?『自分のために参加した』、んだろう?」
僅かな緊張がナナシに走る。威嚇態勢のチョロネコが容易に想像でき、吹き出しそうになるが堪えた。
ここで笑っては本格的に警戒するだろう。いけない、いけない。根気よく、それでいて押さなければ。
「……見つけてほしいのも、チャンピオンになりたいのも、ダンデさんと戦いたいのも、全部自分のためじゃないですか」
「フフ、なるほどそう来たか」
「仮に他の理由があったとして、どうしてダンデさんが知りたがるんです?」
ふてくされたのか、ツンツンと毛を逆撫でたような刺のある声で、ナナシは明確に反撃した。
こうもチャンピオンに物怖じしないところや、身体を重ねても知らん顔する強かさは嫌いじゃない。
が、ダンデも言うなれば負けず嫌いで。
「キミのことだからな。俺はキミのことが知りたい。…何でも、だ」
ナナシは低い声で囁かれるのを好む。あの日それを知ったから、ダンデはそうした。
そしてこれは本心でもある。秘密が多い彼女の一端に触れたい、と。
「ダンデさん。『謎は謎のままが一番』、でしょ?」
「!?」
「それに女の子の秘密はね、触っちゃダメなものなんですよ?」
ところが、しっぺがえしからのダメおし、という完璧な反撃をされるとは。
今度はダンデが戸惑ったが、当然ナナシにその胸中を慮るつもりはない。
「…それは、すまなかったな」
「んもう。でもガラルの男の人は紳士的ですね?すぐ意見を受け入れてくださるなんて」
電話越しにクスクスと艶っぽく笑う少女はまるで気付いていないのだろう。
不用意な発言を。向けられる意識を。
逃げられれば逃げられるほど、
「ああ。『ガラルの男は』、紳士だぜ」
追いかけ追い詰めたくなる人間の存在を。
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