「ジムミッション、スタート!」
予想通り、朝一番でやって来たチャレンジャーにスタジアムも賑わっている。
歓声を物ともせず、説明を聞きながら草むらを伺う集中力は大したものだ。
「ヌメた、ゴー!」
開始と同時にボールを放ち、ジムトレーナーと並ぶナナシ。
このミッションでは対応によって獲得できるポイントが変わる。
「ヌメラメラ!」
ターフジムでの例外はさておき、先のミッションはスムーズにこなした彼女だ。
滞りなく進むだろうという観客の予想に反し、一匹もポケモンをゲットしないまま、平均より時間をかけナナシはクリアを迎えた。
「全てのポケモンを倒すとは、意外だったよ」
「ルールを勘違いしてたみたいで。お恥ずかしい」
隣にやって来たカブの発言にも、顔色一つ変えず嘯く強かさ。
以前にダンデがナナシのことで騒いだのを思い出す。
真っ直ぐな彼は、こういう所に興味を持つのだろう。
「ようこそ!ぼくがほのおタイプのジムリーダー、カブだ。」
しかし彼女は、そのパーソナリティの一方、極めてシンプルなバトルスタイルを採用している。
迎え撃つカブとてただルーティンに修行をしているわけではない。
最速記録を塗り替える挑戦者と同様に、彼もまた対策を練っていて。
「勝負の分かれ目は、本番でどれだけ実力をだせるかだ!」
かつて堕ちた自分がいる。そこから這い上がった自分がいる。
辛酸も苦汁も嘗めた経験でもって、聳え立つ関門となろう。
「ナナシ!」
「あらカブさん。さっきぶりです」
ファンとの交流を終え、出口を目指すナナシをカブは追いかけた。
すぐにスタジアムを出た彼女の見送りは間に合ったかと一安心。
「本来ならヤローくんとルリナくんも来るんだが…二人とも挑戦を受けていてね。僕だけで失礼するよ」
「ありがとうございます、カブさんに見送っていただけるなんて光栄です」
口調こそ変わらないものの、ナナシの声は弾んでいるのが微笑ましい。
待ち受けるワイルドエリアへ期待を膨らませているようだ。
こうした所は年相応、いや”普通”のチャレンジャーなのだなと内心で独り言つ。
「ところでナナシ、キミに聞きたいことがあるんだ」
「何でしょう」
「なぜ誰もゲットしなかったんだい?」
ようやく二人で話せると、カブはもう一つの目的を実行することにした。
それは、ミッションの最中に何度も引っかかったこと。
「キミはミッションのルールをきちんと理解していたね。けれど捕まえなかった」
ナナシは勘違いしたと言っていたが、彼はそう思わない。
なぜならバトルの最中―――ゲットした方が高得点を得られるバトルの最中、彼女は必ず一瞬の躊躇いを見せた。
『…ンメーラ!』
それも決まって、体力を削いだ後、捕獲成功の確率もかなり上がっている時のみ。
つまり彼女は最適な行動を最適なタイミングで判断していたことになる。
『勘違いしてたみたいで。お恥ずかしい』
けれども結局、ナナシがボールに手を伸ばすことはなかった。
おまけに平然と"それらしいこと"を述べるのだから、気になるのも当然で。
「……」
彼女は然るべきルールに則って、正当な結果を得た。
ポイントをどのように得るか。それは挑戦者の自由であり、正解も間違いもない。
だからこそ聞きたかった。
「それはなぜだい?」
最適解を知りながら選ばなかった、その理由を。
「ルールを勘違いしていた、それだけですよ」
生憎、唇の端だけで美しく笑うこの少女は、微塵も語らぬようである。
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