みなさん、こんにちは。リーグスタッフです。
今日は僕が担当しているワイルドエリア・ミロカロ湖ブロックの出来事を話そうと思います。
「…おねがい!」
「ヌエエ〜〜〜」
僕たちリーグスタッフは、ワイルドエリア内の各所に立っています。
場所は持ち回り制で、僕が初めてこの巨人の腰かけに配属されたその日に彼女はやって来ました。
「ちょっ…けでいい…!」
「ンヌエ〜〜〜」
遠くで何かをヌメラに頼み込んでいる女の子。
彼女はナナシさん。なにかと話題のジムチャレンジャーです。
僕もニュースを追っていたのですが、やはりワイルドエリア一番乗りは彼女でした。
「『ご…いかが?』…でい…ら!」
「ンメエ〜〜〜」
…それにしても、一体何をお願いしているのでしょう。
このエリアは強いポケモンも多く、初めて来たチャレンジャーのみなさんはすぐ引き返すことが多いと先輩から聞いていたのですが。
ナナシさんにその様子はありません。流石はチャンピオンの推薦者。
「きゃーヌ…さん素敵!あ…と!」
「ヌンヌン!」
「…しな…ね!ヤ……だっ…らすぐ……てね!」
どうやら話は終わったようです。
何をする気かと目で追っていると…ヌメラが水辺にいるナマコブシへ近寄って行きます。
「(まさかイタズラするんじゃ…)」
当然ながら、目的もなく野生のポケモンに手を出してはいけません。
軽い気持ちでやったことが、何十何百倍にもなって跳ね返ってくる―――そんな事件を僕たちは何度も見てきました。
もし、本当にあのヌメラがイタズラで何かナマコブシにするなら、厳重注意をしなければ。
そう警戒していたのですが。
「…ヌ〜ンラ…ヌメ、ヌメメーラ?」
「……。ナマママ。ナマーマ、ブッシッシ」
「リャア!?ヌヌヌ…!…ヌンメリャア!」
………。
ただ一言二言を交わして、そのまま帰って行きました。
「リャンラララ!ヌメラァリャアアー!」
「ええ……」
怒ってピョンピョンしているヌメラを見ながら、困惑している彼女。
ナナシさん。僕も今同じ気持ちです。いったい何をしているんですか?
「そ…だ。ヌメ……リンゴ………てあげ…れる?ナマ…シに」
「ンラア!?」
「…れ…し…れ。ね?ほ…もうち……でカレー…るか…」
「ヌゥ〜〜〜〜」
ナナシさんの声はほとんど聞こえません。
ただ、悪意を持ってナマコブシをターゲットにしているわけではなさそうです。
とはいえ、何が刺激になるかわからないのが野生のポケモン。
再び岩陰から出て来たヌメラを僕は警戒しました。
……頭にリンゴを乗せている……き、器用だなあ……
「メラ。ヌン、メリャーラ」
「……。ブッシッシ」
「リャア!?ヌヌヌ…!…ヌンメリャア!」
またナマコブシの言葉にカチンときたのか、リンゴを持ち帰るヌメラ。
うーん……。……餌付け……?食べてもらえていませんが。
「…もナン…ろうね」
「ンエエ……」
カレーを食べながら何かを話している小さな姿二つ。
いくらかわいい(女の子とヌメラ)とはいえ、違反するようなことなら厳重注意です。
この奇妙な行動をきちんと見定めなければならないと、僕は気を引き締めたのでした。
「ヌウー」
目撃してから三日目。
撤回します。ナナシちゃんは変なことをしていません。
ある意味変なことではありますが、決して悪いことではありません!悪いことではありません!
「ダ…だ…かあ」
観察していて気付きました。
どうやらヌメたくんを通じて仲良くなろうとしているようです。
彼女はチャレンジャーですから、手持ちを増やそうとしているのでしょう。
もっともバトルを仕掛ければ済むことなのですが。
「ラーメラ、ラーララ」
「…かい…くの?じゃあ…これ……にし…か」
過度なエサやりは生態系に影響を及ぼすため禁止されていますが、きのみ数個程度なら許容範囲です。
毎日毎日せっせと運んではおしゃべりするヌメたくん。彼を応援するナナシちゃん。
めったに見ることのできない光景に、僕はこのエリア担当になってよかったと思うのでしたが。
「(!?どうしたんだ!?)」
いつものように見守っていたところ、突然ナナシちゃんが隠れていた場所から飛び出してきました。
その後ろからキリキザンが現れます。向こうが彼女に接触してきたようです。気に障ることがあったのかもしれません。
「ナナシ選手、止まってください!」
このまま走ると、主とも言える強靭なハガネールに遭遇してしまう。
僕は急いで声を掛けました。
しかし届かなかったのか、彼女は転びとうとうハガネールに目を付けられて―――
「ぬ、ヌメたっっ!!」
間に合わない。
ホルダーにセットしているボールに手を掛けた、その瞬間でした。
「なっ……」
ナナシちゃんの背後にいたキリキザンが踊り出し、ハガネールの攻撃を受け止めたのです。
凄まじいスピードでした。そしてなにより、驚きだったのは。
「庇った…?」
キリキザンが無関係のトレーナーを?
「今日は“家族が増えた”のお祝いカレーですよ〜」
「ヌーラ!」
あっという間の出来事でした。
ヌメたくんの追撃でハガネールは立ち去り、その後(僕にはよく聞こえませんでしたが)、ナマコブシとキリキザンは仲間になったようです。
バトルしないでゲットする方法もあるんだなあ。
回りくどい気もしますが、なんとなくナナシちゃんらしい気もしました。
「にがくちだけど」
「メエラ……」
「ナママ♪」
「シャキーン!」
静けさの戻った(ハガネールのいなくなった)場所で、広々とカレーの準備を始めるナナシちゃんご一行。
ヌメたくんは苦口が苦手なのかローテンションですが、ナマコブシとキリキザンは喜んでいます。
きっと彼らの歓迎会なのでしょう。家族が増えた、というセリフに僕まで嬉しくなりました。
よかったね、ナナシちゃん!
「漢方薬知ってるなんて、キリくんは物知りだねー」
「♪」
「というわけでキリくんが持って来てくれた薬草で薬膳カレーです」
「ンエエエエ〜〜〜」
「ブッシ♪」
距離が近くなったから、彼女たちの会話は丸聞こえです。決して盗み聞きではありません!
それにしても…人懐こさとは無縁のキリキザンが、カンポーやくを見ず知らずのトレーナーに差し入れるなんて。
不思議なこともあるものですね。
ただ、ナナシちゃんにはどこか放って置けない雰囲気があるので(しっかり者だとは思うのですが)、彼の行動は理解できるような。
「いただきまーす」
「ヌゥン……」
「そんな顔しないで。ほらおいしーおいしー」
「ナーンマ♪」
「シャシャン♪」
「ヌゥン……」
「おいしーおいしー」
「……ランッ♪」
和気藹々としたカレーパーティー。なんとも微笑ましい光景です。
ヌメたくんはご不満のようでしたが、ナナシちゃんの笑顔にコロッと機嫌を直していました。
マスターには敵わないね、ヌメたくん!
「あの」
「はい、どうしましたか」
もうすぐ交代の時間だと考えていた僕の前に…ナナシちゃんが!?
普段と同じように対応しますが、いかんせんドキドキしました。
彼女としゃべるのは初めてなのです。なんせいつも遠くにいましたから。
「カレー、作りすぎちゃって。もしよければ召し上がってください」
「いいんですか?」
「ぜひ。うちのキリくんが持って来てくれた材料を使ってて、身体にいいんです。多分」
最後の言葉は聞かなかったことにしましょう。
使い捨てのお皿にいっぱい盛られたカレーをありがたく頂戴することにしました。
改めて見ると綺麗な子だな……こんな美少女がナマコブシに怒られているのか…
(僕が見ていた中でも4、5回チョップされていました。理由はわかりませんが)
「いつも見守ってくださって、ありがとうございます。今後は気を付けますね」
「えっ」
「あ、器はそのまま破棄していただけますか?それじゃあ失礼しまーす」
僕のことを認識していたなんて。驚きでつい言葉を失いました。
けれどそんなこと、彼女にとっては些細な事なのでしょう。
静かに微笑み、そのまま“家族”の待つ所へ帰って行きました。
「リャンメラ〜?」
「うん、受け取ってもらえたよ。あーよかったー。苦過ぎて全部は食べらんなかったもんねー」
「ブシ……」
「キーン……」
僕は何も聞こえていないぞ。
まだ温かいカレーを早速口に運びました。
とてつもなく苦い。えぐみもすごい!!!
『いつも見守ってくださって、ありがとうございます』
それでも、わずかに甘く感じる不思議なカレー。
食べながら交代を待つ間、僕は有名なナナシちゃんの非公式ファンアカウントをそっとフォローしたのでした。
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