「ヌメたおねがい!」
「ヌエエ〜〜〜」
「ちょっとだけでいいから!」
「ンヌエ〜〜〜」
「『ご機嫌いかが?』くらいでいいから!」
「ンメエ〜〜〜」
ワイルドエリアの某所。
ミロカロ湖から離れた岩陰で、あたしはひたすらヌメたに頼み事をしていた。
というのも。
「あのナマコブシ仲間にしたいの!」
水辺にて日向ぼっこ(干からびないの?)をしている野生のナマコブシを発見したからである。
ポケジョブというお小遣い稼ぎを知った今、あたしは手持ちのポケモンを増やさなければならないと感じていた。
しかしここで大きな問題が。
「ヌンメーランリャ?」
「バトルはちょっと……捕まえるためのバトルは、うん……」
一般的に、欲しい野生のポケモンをゲットするにはまず戦いを仕掛けることだ。
体力を削り、場合によっては状態異常なんかも使って逃げられる確率を下げる。
その後ボールを投げて収まれば、晴れてポケモンゲットだぜ!ということになるんだけど。
「できればしたくないかな………」
そのやり方にも、あたしは大きな抵抗を感じていた。
繰り返しになるけれど、あたしが住んでいた世界というのは他生物との共生がここまで密じゃない。
だから欲しいという理由で、自らバトルに持ち込み疲弊させ捕獲する、という当たり前の手段は、
「…ハンターっぽいっていうか、うん……」
「ランラー?」
「あ、ハンターは知らなくていい単語だから」
「ヌーン?」
もちろん、この世界のやり方を否定するつもりは一切ない。
あくまで感覚の問題だ。昆虫採集さえした経験のないあたしには、とにかく抵抗感が強すぎる。
ヌメたは空から降って来て(ダンデさん曰く運命)そのまま相棒になったから、よかったんだけど。
『キミはミッションのルールをきちんと理解していたね。けれど捕まえなかった。それはなぜだい?』
カブさんにも指摘されたように、あたしがミッションでポケモンをゲットしなかったのはそれが理由だ。
でも今後は仲間を増やして行く必要がある。
ポケジョブ以外にも、ずーっとバトルさせるのはヌメたに負担もかかるしね。
というわけで、ワイルドエリアを探検中に見つけたナマコブシに目を付けたんだけど。
バトルをせずどうやってポケモンを捕まえるか?…仲良くなるしかないでしょ!
「お願いします!ヌメたさんのかわいさで、“口説く”、お願いします!」
「ンエエエエ〜〜〜〜〜」
名付けてナンパ作戦。口説くってポケモンの技にあったっけ?ない?マーイーカ。
とにかく、人間のあたしが近づいたって野生のコたちは逃げるだけだ。
ここは相棒ヌメたくんの力を借りるしかない。めちゃ嫌そうな顔してるけど。
「ごめんね。でもヌメたにしか頼めなくって…。…あたしが行っても警戒されちゃうだけだし…」
「ヌ、ン……」
「ヌメたにずっとバトルさせて…不安だったの。大怪我させちゃったらどうしよう、体力が尽きちゃったらどうしようって…」
「ラー……」
「他にも手持ちがいたら、無理させないで済むのにって…。…ごめん、全部あたしの勝手だった」
「……ヌンリャ!!ランメリャアー!!!」
お。めっちゃやる気出してくれたぞ。
このションボリ感、ポケモンにも効くんだ?ダメ元でやってみたけどラッキー。
でも本心だからね。君にこれ以上の負担はかけたくないよ。
「きゃーヌメたさん素敵!ありがと!」
「ヌンヌン!」
「無理しないでね!ヤバそうだったらすぐ帰って来てね!」
鼻息荒く、ナンパする気ダイマックスの小さなパープルボディを見送る。
さてさて、ここで隠れつつ様子を見るとするか。
「リャンラララ!ヌメラァリャアアー!」
「ええ……」
あっという間に帰って来た。なんか怒ってる。
まあ遠目に見ても完璧にシカトされてたけど。
「怪我ないよね?おしゃべりできなかった?」
「ヌンラ゛ッ!メンッラア!」
これめっちゃ文句言ってるわ。塩対応されたんだろうなー
仕方ないか、最初の一歩だもんね。寧ろ攻撃されなくてよかったよほんと。
「ヌメたの好きなアップルカレー作るから、機嫌なおして?」
「リャッ!?…メェラ〜♪」
一瞬でニッコニコのヌメラスマイル。うーん、かわいい。
ヌメたってほんとあたしに甘いよね。あたしもだけど。
「そうだ。ヌメた、このリンゴ持って行ってあげてくれる?ナマコブシに」
「ンラア!?」
「差し入れ差し入れ。ね?ほら、もうちょっとでカレーできるから」
「ヌゥ〜〜〜〜」
かわいいお顔を歪めながらも、ちゃんと運んでくれるヌメたは紳士。
今日は追加シャラサブレもあげよっと。
「ヌンッ」
「え?いらないって?」
「ヌン」
「そっか。じゃあデザートに食べる?」
「ヌン!」
残念ながらリンゴを頭に乗せたまま、ヌメたは戻って来てしまった。
人間の臭いがついてるとやっぱり食べないのかな?明日から気をつけよ。
「今日はちょっとおいしくできたね」
「ラン!」
「明日もナンパ頑張ろうね」
「ンエエ……」
テンション下がってるけど、しぶしぶ頷いてくれる。
ヌメたくんはやっぱり最強紳士!好き!
「ぜんっぜん靡かないな」
そんなこんなで早三日目。
たかだか三日って思うじゃん?でも一日中、ずーーーっとナンパしてますからね?
誰だ三顧の礼とか言ったやつは。こっちは片手じゃ足りないくらい出向いてるぞ?差し入れ付きで。
「ヌウー」
「ダメだったかあ」
でも若干距離が縮まっているのは事実だ。
好みの味(にがい)きのみを手土産に、ヌメたとナマコブシは一応会話するようになった。
世間話くらいはしてるのかしら。最終的にはプンプンしながら帰って来るけど。
「手強いねえ」
「ラーメラ、ラーララ」
「もっかい行くの?じゃあ今日はこれで最後にしよっか」
ヌメたもよく付き合ってくれるよなあ…
正直最初は無理だと思ってたけど、彼の頑張りが実を結んでいるのがわかる。
シャラサブレじゃもう全然足りないや。大したお返しできなくて申し訳ない。
「んん〜…もう一押しあったら行けそうなのに…」
この辺りは強そうなポケモンがウロウロしてるので、あたしは常に岩陰で待機。
あとちょっと、あとちょっとだよ!と夢中で観察していたのがよくなかった。
「ヌメたさん、あと少しです…!」
「………」
「なに、今ちょっと忙し…い……」
「………」
ガチャ、という不自然な金属音。一気に血の気が引く。
肩を誰かに叩かれた。でもここにはあたししかいない。人間は。
「………!!!」
恐る恐る振り向くと、そこには鋭い視線のキリキザンが。
多分近くをよく歩き回っている個体だ。まずい。
いかにも強そうなオーラがあったから隠れてたのに!!
「(やばい!!!)」
咄嗟に走り出す。だって今のあたしは無防備、襲われたらひとたまりもない。
距離を取らなきゃ。ろくな考えなしに飛び出て行ったのも、やっぱりよくなかった。
「ぁ……」
足がもつれて転ぶ。そして見上げた先にいたのは、同じくこのエリアを根城とするハガネール。
完全に退路は断たれた。というかテリトリーに踏み込んでしまったのだろうか。
ハガネールの怒気がピリピリと伝わってくる。
これは、ほんとに、やばい、
「ぬ、ヌメたっっ!!」
って遠っ!!!ヌメた遠っっっっ!!!!!
慌てて駆け寄ってるみたいだけど、彼は足が遅いので全く距離が縮まらない。
そうしている間にも、
「ぅ……」
ユラリと空気が揺れた瞬間、ハガネールが咆哮した。
ああ、これは、ほんとに、だって、こうげきが―――
むかって、くる
「っ!!!」
目を瞑る。祈るしかなかった。どうか死なない程度の怪我で済みますように、と。
あとヌメたに謝った。死んだらごめん、頼りないトレーナーでごめん、と。
せっかく捨てきれないものを失った、ゼロからのわたしに成れたのに―――
「………。…ぁ、れ。?」
ギャン!!!と強く鈍い音が響き渡る。いつまで待っても痛みは来ない。
静かに瞼を開くとそこにいたのは、
「…キリキザン…?」
ハガネールの大きな口を、刃を持った腕で受け止めてるキリキザン。
予想外の光景に理解は追いつかなかった。
「ヌウメリャアアァー!!!」
直後、自分の後ろから放たれた見覚えのある光線。
りゅうのいぶきが直撃したハガネールの身体が大きく傾き倒れる。
「………」
すぐに起き上がった鋼の巨体は、こちらを一瞥した後、静かに去って行った。
あの瞳はなんだろう。
純粋な怒りとはまた違う、何かが秘められたような―――
「ンメラッ!?」
「ぁ…だ、だいじょ、ぶ……」
傍に来たヌメたの声で張り詰めていた緊張が解かれた。
心臓がまだバクバクしてる。だから、生きてる。
ゼロのわたしは、まだ、この世界で生きている。
「……」
「あ…。あ、ありがとう…」
「シャキーン」
振り向いたまま動かないキリキザンにお礼を言うと、彼はニコッと腕を上げた。
なにそれかっこいい…やだイケメン……
「いたっ!?」
とか浸ってたら、頭に突然衝撃が。
何が起きた!?と痛みに頭頂部を抑えながら見上げると…。…白い手?
「リャ!?ヌメラァ!」
「ブッシ」
「あー…ヌメた、いいのいいの」
まさかのナマコブシから出ている手(?)だった。どうやらこれで叩かれたようだ。
ヌメたは騒いでいるが、涼しい顔をしてるってことは。
「あたしが危ないことしたから、叱ったんだよね」
「ナママ」
フン、とジト目でこちらを見たまま手を収納するナマコブシ。
やっぱり。このコはあたしの不注意を𠮟りつけたのだ。
ん?ちょっと待てよ…この流れなら…
「あ、あのー…」
「?」
「もしよかったら、あたしの仲間になってくれませんか。君も」
立ち去る気配のないキリキザンにも声をかける。
驚いた表情は見なかったことにしよう。勢いで行くしかない!!
「お金ないし不自由させるかもしれないけど…でも!世界で一番大事にします!だからお願いします!」
頭下げた。うわあー!告白とかプロポーズする人ってこんな感じなの!?
恥ずかしいとか断られたらどうしようとか、もう色々とぐっちゃぐちゃだよ。
テレビの公開プロポーズとか馬鹿にしてたけどすいません。ものすごい勇気いるよこれ。
と、別の意味で心臓バクバクさせていたら、トントンと肩を叩かれる。
「ブシ」
またナマコブシから白い手が。今度は差し出されてる。
これ握手だよね、握手だよね!?!?ということは…
「え、ほんとにいいの?」
「ブシ」
「うわありがとう!これからよろしくね!」
さっさとしろと言われたので、急いで握手。意外と手でかいな…
並行してキリキザンに視線を向けると、彼もニコニコしながら何度も頷いていた。
こっちもオッケーってことだよね!?刃があるので手の先だけそっと触ってなんちゃって握手。
「やった…やったよヌメた!一気に二人も家族が増えたよ!ヌメたのおかげだよ!!」
「ヌヘヘ〜〜〜♪ンーメリャ!!!」
「あたしたち最強かも〜〜〜!」
嬉しすぎてヌメたを抱っこしながらクルクル回ってたらまた転んだ。
ナマコブシに怒られた。
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