「この程度とは」
バトル、そして敗北。
「兄の名前に泥を塗っていますね」
予想もしなかった意見を浴びせられ、逃げるようにその場を去る。
重苦しい気分だけが自分の後をついてきた。
(俺が弱いと…アニキが…?)
自分の目標に向かって突き進む。
それが全てであり、また正しいのだと彼は信じて疑わなかった。
(俺が、弱いと……)
間違って、いたのだろうか。反芻しても答えは見つからない。
やはり重苦しい気分だけが、ぐるりぐるりと渦巻くだけで。
『自分のため、です。あたしは自分のために参加してます』
ふと。彼女に会いたいと思った。
ただしここはワイルドエリア。自分が今どこにいるかもわからない。
大体一番に3つのバッジを集めたのだ、きっともうナックルシティへ―――
「できたよ〜」
「!?」
独特の間延びした声に体が強張る。
願望がもたらした幻聴かと慎重に進むと。
「キュキュ!」
「ンメラァ〜?」
「どうしたの?…あれ」
「あ……」
まさか、本当に出くわすとは。
会いたかった半面、会いたくない。
しょぼくれた姿を見られたくないと、今更ながら思ったがもう遅い。
「ホップ?久しぶり、どうしたのこんな所で」
「それはこっちのセリフだぞ!まだナックルに行ってなかったのか?」
「うん、まあね」
悟られまいといつもの体を装う。
久しぶりに会ったナナシは変わらずの暢気さで、少し安心した。
「ミッキュウ?」
「ヌメンラ、ラメラーラ」
「ブシ」
「みんなーお客様ですよー」
「…手持ち、増えたんだな」
「そうそう。ヌメたと頑張ったんだー」
ほんのちょっと前までヌメラしかいなかったのに。
彼女のパーティーはずいぶんと賑やかになったものだ。
「…そっか。ナナシも…強くなるために、努力してるんだな」
再び、彼の中に暗雲が立ち込める。
自分だけが立ち止まっている気がして。
「そんなことってあるのか?」
「ね。ビックリしちゃった」
幸い、ナナシは何も聞いてこなかった。
逆に新入りメンバーの紹介をエピソード付きで丁寧に行う。
他愛もない話で気が紛れるのはありがたいところだ。
「せっかくパーティー増えたのに、なんでナックル行かないんだ?」
「一応行こうかなとは思ってるんだけど、何回も橋渡ってたら疲れちゃって」
「…何回も橋?」
「だからいつもこの辺でキャンプしてるんだよねー」
「メー」
ヌメたと顔を見合わせる少女に、疑問が首をもたげる。
ホップの知る限りでは、ナックルシティへ向かうルート上の橋は一つ。
そう何度も渡るはずがない。
「あのさ」
「なーに」
「ナナシって、もしかして方向音痴か?」
「なんで?」
「ナックルに行くための橋は一つしかないぞ」
身近に最たる方向音痴がいるため、霞んでいたのか。
なんとナナシも兄同様に迷子の人間だったとは。
「それでナックルに辿り着けなかったのか!?」
彼女曰く、この広大な自然を楽しんでいたとか。
まあ実際のところ、事実を知ったナナシが焦る様子もないので本音か。
「だってキャンプしてたらあっという間に一日が終わっちゃうんだもん」
「…本当にマイペースなんだな」
出会ってからこのマイペースさにやきもきすることもあったが。
よく言えば落ち着いているのかもしれない。
「…なあ」
「なーに」
「…ナナシは、さ」
先の出来事が頭を過ぎった。
「……自分が弱いせいで、アニキに恥かかせてるって思ったこと、ないか?」
“落ち着いている”ナナシは、こんな時、どうするのだろう。
「ないよ。一回もないし、これからもないよ」
微塵の迷いもない即答にホップは面食らう。
だがナナシは言葉を続けた。
「だって、あたしはダンデさんのためにジムチャしてないもん」
「え…」
「もしダンデさんが、あたしを最強無敗!俺が育てた!みたいに宣伝してるなら話は別だけど」
ポケジャラシを振り、ボールを投げ。
遊びながらも投げやりな口調ではない。
「そうじゃないでしょ?だから、あたしの負けは誰にも関係ないよ。勝ちもね」
「でも」
「それに対して何か言う人は絶対いるけどさ。そういう人って、何にでも言いたいだけの人だし」
淡々と、それでいて諭すような優しい声音だった。
「『勝って嬉しい、負けて悔しい。それを繰り返して強くなる』、んでしょ?」
あれはいつだったか。
そう、ユウリと研究所でバトルをした後だ。
自然と口から出たそのセリフを、自分はいったいどこに置いてきてしまったのだろう。
「ホップはダンデさんのためにジムチャしてるの?」
「違う!俺は…俺は、強くなって!アニキを倒して、次のチャンピオンに…」
「じゃあよくない?言いたいやつには言わせておけば」
彼女の言い分は最もである。
しかしそれは理屈であって、感情を伴った行動に直結しがたい。
その通りにできれば誰も苦労なんてしないのだ。
「その人、誰かのために参加してるんだろうね。カワイソ」
「なんでかわいそうなんだよ!」
こちらを見下す視線。投げつけられた批判。
相手を庇うような彼女の物言いに思わず声を荒げる。
「だってジムチャは誰にでも与えられる機会じゃないんだよ?せっかく心身共に成長できるチャンスなのに」
それを受けてもナナシの態度は変わらない。
静かなトーンが彼の怒りを鎮火する。
「誰かの面子とか献身とか、そんなので消費するなんてもったいないじゃん」
「……」
「その相手がいなくなった後、自分に何も残らなかったりするし。そっちの方が最悪だと思うけどね、自分にもポケモンにも」
ポケモンにも。唇だけでホップは準えた。
戦ってくれる大切な仲間。
「とにかく。世の中、悪口言うやつなんて腐るほどいるんだし、そういうのは所詮雑音。構うだけムダ」
「…ナナシって、意外と大人なんだな」
その仲間を、勝つための取捨選択を、彼はまさに迫られている。
焦りがあった。迷いもある。―――罪悪感、だって。
「なにそれ。失礼しちゃう!まあでも、これはあたしの考え方だから。ホップが納得できる答え、早く見つかるといいね」
けれども。
ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。
手持ちのポケモンを入れ替えるのは裏切りなんかじゃなく、己なりの最適解探しなのだと。
「きっとダンデさんも、同じこと思ってるよ」
そうだろうか。そうであればいい。そうであって、ほしい。
兄と直接向き合うにはまだ時間が必要だと理解しながら、泣きそうになる気持ちをホップは引き締める。
「…おう」
好きな子の前で泣きたくない。
少年らしい、細やかなプライドであった。
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