「さて」
「はい」
「とりあえず、我々の間には何もなかったということで」
「ちょっと待って」
疲労したナナシを人目につかぬよう連れ帰った後。
何を言われるかと身構えていたキバナは思わずストップをかける。
「…オレさま聞き間違えたかも。もう一回言ってくれる?」
「とりあえず、我々の間には何もなかったということで」
「いやおかしくね!?」
念のためにと聞き直したが、訂正するつもりはないらしい。
涼しい顔で食事を始める少女に声を大きくする。
「普通さあ、他にもっとあるじゃん!」
「例えば」
「『責任取ってくださいね☆』とか!」
「あ、そういうのいいです」
「なんで!?」
「面倒なので」
「面倒!?」
ナナシは淡々とした態度を崩さず、温度差にいっそ自分が年下かと錯覚してしまう。
女の子と如何わしいことをしてしまった、責任を取らなければという焦りも次第に薄れ。
「つーか我々とか言うなよ…すんげえ壁感じるんだけど…!?」
「まあまあ、細かいことは気になさらずに。いいじゃないですか、お互い気持ちよかったってことで」
「それその年で言っていいことじゃないから!」
「あんまり大きな声出すと近所迷惑ですよ」
ヒートアップしかけた彼も、こう窘められると従うしかない。
この手のケースで取り乱すのは女性側が多いはずだが…と腑に落ちないものの気を取り直す。
「…マジでさ。オレに要求すること、ないの?」
「ないですね」
「即答か…」
いたって真剣に尋ねたものの答えは変わらず。
マイペースに夜食を味わうナナシに毒気を抜かれ、キバナも同じく席に着く。
「もしかして彼氏いる?」
「彼氏いたら他の人とえっちなことなんてしません」
「なにそれかわい…じゃなくて。ガチでフリーならオレさま責任取るけど」
「キバナさん」
ぷん、と擬音が付きそうな否定に思わず評価をこぼす。
その発言は聞こえなかったのかスルーしたのか、凪いだ視線が彼を捉える。
「よく考えてみてください。あたしは未成年ですよ?犯罪です、犯罪」
「結婚前提なら未成年との交際もOKだけど」
「え、おも…じゃなくて。そういう問題じゃありません」
「待って今重いって言った?未成年なのに結婚重いって言った??」
「それに!あたしはチャンレジャー。キバナさんはジムリーダー。ジムチャ中に付き合った、なんて知れたらどうします?」
「それは、まあ…」
お嫁さんを夢見てもおかしくない年頃に『結婚は重い』と両断されるキバナ。
ショックな発言に続き正論を並べ立てられれば、もはやぐうの音も出ない。
「ダンデは?」
「ダンデさんが何ですか?」
「フリーってことはあいつとも付き合ってないんだよな」
「当然です」
「ふーん……」
彼もこうしてお断りされたのだろうか。頭に浮かぶライバルの姿。入れ込む様子。
目の前の少女は否定しているものの、ただの知り合いというには無理があるのでは?
そんな疑惑を察したのか、ナナシが再び口を開く。
「キバナさん、あたしがダンデさんともえっちなことしたって思ってるんでしょ」
「うん。だってあいつ、オマエのことは特別気にかけてるし」
「はあ〜〜〜…。ダンデさんには弟がいるんですよ?そんな人が弟と同じくらいの女の子に手を出しますか?」
「それもそうか」
呆れ返った表情。深い溜め息。確かにチャンピオンは兄でもあった。
お世辞にも女性の扱いが上手いと言えない彼のこと、ナナシのこうした“あしらい”が何かに触れたのかもしれない。
立場上、羨望や憧れの眼差しを集めるのが基本なのだから。
「気にかけてるのも、諸事情であたしの保護者になってるからです。ただそれだけですよ」
「ただそれだけ、ねえ…」
「ところで話は変わるんですけど、キバナさんにお願いがあります」
「お。やっぱりオレと付き合う気になった?」
「そっちじゃないです。普段から宝物庫へ出入りしたいんです。取り計らってくれませんか」
とは言え、それを差し引いても特別な感情を多少持っているように思われるが。
完璧に納得はせず含みを持たせたキバナに、今度はナナシからの打診。
交渉事を持ち掛けるとはいい度胸だと口の端が吊り上がる。
「もし断ったら、今日のこと訴えたりすんの?」
「言ったでしょう、『我々の間には何もなかった』、と。だから断られるなら、別の方法を見つけます」
「へえ。お誘い上手の割にズルはしないのな。最高じゃん」
「それで、ご返答は?」
茶化したものの流されず、ビジネスライクな話し方は継続される。
最強のジムリーダー相手によくぞここまで動じないものだ。
「いいぜ。ただし条件がある」
「お付き合いはしませんよ」
「そっちじゃない。簡単だぜ、ナックルのジムチャレンジを受けろ」
「ええー……」
一気にトーンダウンしたナナシ。だがキバナも引くつもりはない。
たたみかけるを使い出方を伺うことにする。
「オレずーっと待ってたんだぜ、オマエがナックルに来るの」
「そうだったんですか」
「だってヌメラだけでカブさんも突破するなんて、同じドラゴン使いとして外せないだろ」
「はあ」
「なのに全然来ないし。やっと来たと思ったら、キバナよりも本に夢中だし?ちょっと面白くねえな、と」
「ええー……」
「オレはオマエと戦いたい。それも野良なんかじゃない、オフィシャルなフィールドで」
いちトレーナーとして、いちドラゴン使いとして。
ヌメラ単体で最短記録を塗り替えたルーキーと、公式に相まみえたい。
それは偽りない彼の本心であった。
「だからバッジを7つ集めてオレさまのところへ来い。挑め。その後で手配してやるよ」
「…念の為確認ですが、条件は“挑む”ことですね?“勝利”ではありませんね?」
「ああ。ただ適当なバトルなんかしてみろよ、オレよりもギャラリーがキレるぜ」
「そんなことしませんよ」
ナナシは思案する素振りを見せた後、一つだけキバナに質問をした。
あえて『手を抜くのはゆるなさい』と言い切らなかったが、流石その辺りは心得ているようだ。
「やるからには全力で挑みます」
揺るぎ無い瞳の奥に、竜の息吹を垣間見た。
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