02


「ホップ、ナナシちゃんの様子はどう?」

後ろからユウリに尋ねられ、ホップは今朝の会話を思い出す。
雲ひとつない青空が広がる本日。外出にピッタリの快晴だが、ナナシは力なく断った。

「ちょっと、元気なかったな」
「そっか…やっぱり、お母さんとか恋しいのかな」

ユウリも顔を曇らせる。記憶喪失のナナシに関する情報は、今の所何もない。
ホップが彼女を拾ってから一週間になるが、警察が来たのはあの日だけだ。

「どうなんだろーな」

しかし、ホップにはナナシが忘れてしまった家族を求めているようには思えなかった。
なんというか、彼女は失った情報への興味や執着というものが一切ないのだ。
それでいて、時折メランコリックな瞳でどこか遠くを見つめている。
ナナシがそうする度、その姿を目撃する度、胸がキュッとなる感覚をホップは味わうのだが。

「そうだ!お花プレゼントしようよ!」
「花?」
「うん!お土産にキレイなお花持ってったら、きっと喜ぶよ?」
「ふーん」

そっけない態度を装うが、ユウリの提案に内心深く頷いた。
以前、ナナシが『いつでもかわいいを身に纏いたい』と力説していたことを思い出す。
発言は女の子らしくないこともあるが、センスと見た目は100%女の子。

「ま、特訓のついでに探してみるか」
「ふふ。ナナシちゃん、どんな花が好きかな?」

ナナシの好みについて何もわからないのは些か悔やまれるが。
きっと見繕った花に負けないくらい、可憐な笑顔を見せてくれるだろう。
あの憂慮な表情など、すっかり掻き消して。



「ヌメラが落ちてきたのか?」
「そうそう」
「へえ〜でもよくなついてるな!」

帰宅すると、なんとナナシの傍にヌメラがいた。
聞いてみると空から落ちてきたという。
稀にひこうタイプのポケモンが、この手の小型ポケモンを掴んで飛ぶことがあるから、その類なのだろう。

「ヌンッ」
「なんだよ、ナナシはよくて俺はダメなのか?」
「メーア!」

図鑑などで知ってはいるものの、実物に接するのは初めてだ。
しかし触ろうとすれば、避けられ威嚇までされる。
ホップ自身はどちらかと言うとポケモンに好かれる方なので、こんなことも初めてだった。

「このヌメラ、手持ちにするのか?」
「んー…悩んでるんだよね。あたし、ポケモン育てたことない気がするし」

スキンシップは早々に諦め、ナナシへ声をかける。
当然自分のポケモンにするんだろうと思っていたが、違うらしい。
驚いてナナシの方を見遣れば、例の表情を浮かべていた。

「…どう、すればいいかな」
「ナナシ…」

ああ、また。
軽く息が詰まるような、胸の苦しさ。

「ヌンメッ!」
「ヌメラ…」

しんみりとした空気を鳴き声が引き裂く。
ヌメラがナナシの手に己の頭を押し付けていた。
徐々に、ナナシの視線が帰ってくる。ホップのいるこの部屋に。

「…あたし、なれるかな。このコの相棒に」
「大丈夫だぞ!俺も協力するからな!」

いつもと違って、ほんの少し弱気なナナシ。
ホップは控えめに微笑む彼女に胸を叩いた。
幸いにも得意分野だ。力になれるし、力になりたい。

ナナシは嬉しそうにありがとう、とニッコリ笑った。
―――ああ、その笑顔も、いいな。
やっぱり彼女は、花に負けないくらい可憐な存在。

「あれ?ヌメラ、何食べてるの?」
「ンヌンム」
「…あ゛!」

胸の高鳴りに浸っていると、不思議そうな声が聞こえる。
まさかと慌てて隠し持っていたはずの花を確認すると、やはりない。
草食のヌメラは、ホップの目の前で摘んできた花をムシャムシャと味わっていた。

「へえーヌメラってお花食べるんだ?」
「そ、そうだな…草が好きらしいぞ…」
「ヘルシーでいいね」
「そ、そうだな…」

もちろんお土産のことなど露も知らないナナシは、興味津々で観察している。
地味に精神的ダメージを喰らってしまったホップ。
だが、ナナシが元気になったならそれでいいじゃないか、と無理やり自分を納得させる。

「メーア!」
「あ、これはもうおしまい!別のお花持ってきてあげるから。だーめ」
「ヌンメー」
「ん…全部あげないのか?」

ところが、ナナシは残り数本となった花をヌメラから取り上げた。
謎の行動に、ホップもヌメラも首を傾げる。

「だって、これかわいいんだもん。お部屋に飾るー」
「…!そ、そっか」
「ホップも自分の部屋に置く?」
「俺はいいんだぞ。全部ナナシにやるよ」

多少予定は狂ったものの、その手に収まった以上結果オーライだ。
もっともっと。その笑顔を見せてほしい。

「今度さ。その花がいっぱい咲いてる所、案内するぞ」
「ほんと?やったー」

願わくは、その先にいつだって自分がいますように。



「ホップ、元気にしてるか?」
「アニキ!珍しいな、電話だなんて」

敬愛する兄の帰省を知らされた、その日の夜。
ダンデからの連絡を受けたホップは、ベッドの上で胡座をかいた。
多忙さ故に、普段はメッセージでのやり取りのみだ。だからこそ、その着信には心が踊った。

「そう言えば、今女の子が家にいるらしいな」
「ナナシのこと?」

軽く世間話をした後、ダンデはナナシのことに触れてきた。
どんな子なんだと尋ねられたホップは素直に話し出す。

「かわいいけど、メチャクチャなんだぞ!女の子なのに平気で恥ずかしいこと言うし!」
「恥ずかしいこと…?」
「たまに俺のこと子供扱いするし!この間だって―――」

優しい声。柔らかい感触。シャンプーの香り。
『 おやすみなさい…よい夢を 』

「………」
「ホップ?どうした?」
「な、なんでもない!」

顔に熱が集まる。母親が子供にするような、あれだけのことが、なぜかこんなにも恥ずかしい。

「…あとは、ほっとけないかな。知らないことばっかだし、たまに消えそうな感じするし」
「消えそう?」
「俺にもよくわかんないけど…なんか、いるのにいないって感じがする」
「…儚いってことか?」
「ぜんっぜん!儚くはないぞ!」

そんなしおらしい言葉とは無縁だ。特に口を開いている時は。
ただあの憂慮な面影に限定すれば、当てはまるかもしれない。

「とにかく変わってるっていうか…まあそんな女の子なんだぞ」
「そうか。ホップは随分と彼女を気に入ってるんだな」
「は!?な、なんでそうなるんだよ!?」

どう解釈すればそうなるのか。文句で返そうにも、肝心のワードが出てこない。
電話越しのダンデは楽しそうに笑っている。恨めしい。

「彼女に会うのが楽しみだ」

だから、興味を引かれたらしい兄の発言が面白くない、なんて。
そんなの、おかしな事を言われて混乱したせいにすぎないのだ。




2020.10.11