― お願いですから、教えてください。どちらが正しい道なのかを
― 行きたい方へお進みなさい。それが正しい道となる
― 行きたいだなんて思いませんわ
― ならばどちらへ進めど同じこと
「ぜんっぜん覚めないな」
どういうことだよ。
他人の部屋で朝を迎えたあたしは、とうとう考えが口に出てしまった。
ムクリと身体を起こして、辺りをキョロキョロと見渡す。
やっぱりここはダンデさんの子供部屋―――ホップの家の二階にある部屋だ。
めちゃくちゃ長いため息が出る。ここで目覚めるのは、もう7回目のことだった。
当初は単純に夢を見ているのだろうと思っていた。
明晰夢。いわゆる夢を夢と認識した状態のイレギュラーな夢。
ところが、いつまで経ってもあたしは元の自分に、部屋に戻らない。
そして保護されてから一週間が経ってしまった。
時間が経てば経つほど、もしかして夢じゃない?と嫌な考えが浮上してくる。
嘘でしょー!別に元いた世界への愛着なんて微塵もないけど、子供の身体で生きるのは嫌だー!
「はあ…はああああ〜〜〜〜」
おまけに、あたしを悩ませているのは寝ている間に見る夢?だ。
夢の中で夢ってなんやねんって感じだけど。あーもう意味わかんなくなってきた。
とにかく、その夢?みたいなものが安眠を妨害するのだ。
真っ黒な空間。
上も下も、右も左もわからない。
そこにあたしがいる。でも身体は動かない。
指の一本も、眼球さえも動かせず、なぜかあたしはそこにいる。
― 行きたい方へお進みなさい。それが正しい道となる
― ならばどちらへ進めど同じこと
そして決まって、何かフレーズのようなものが頭の中に響いて。それで、おわり。
「なんか疲れる」
精神的にね。
「それじゃあ、シーツ干してきちゃいますね」
「ありがとね。ほんっと助かるわ〜」
「いえいえ〜」
これくらいお安い御用ですよ!あたしは洗濯カゴを抱えて、庭へ出た。
今日もホップはユウリ(ゲームの主人公だ)とあちこち走り回っているようだ。
あたしも誘われたのだが、連日の睡眠不足に精神的な疲弊もあって断った。
でも手持ち無沙汰も嫌だし、というわけで絶賛お手伝い中である。
あたし家事するの意外と得意なんだよね。一人暮らしだったし。
「いい天気だなー」
憂鬱さも吹き飛ばすような、晴れ渡る青空。絶好の洗濯日和だ。
ホップとユウリもこの空の下ではしゃいでいるんだろう。
想像するとかわいいな…めっちゃ癒やされるじゃん。若いっていいわね。
「………!!!」
「ん?」
「………ェ!!!」
「んん?」
何か聞こえたような。でも周りには誰もいない。あたしひとりだ。
えっ、もしかして怪奇現象?こんな真っ昼間におばけ出んの!?こわっ
「ヌンメェェエェエエエ゛!!!!!」
「えええええええええええ!!!?」
焦ってキョロキョロした次の瞬間。庭の池に、何かが落ちた。
それはもう盛大にドッボーン!!!!と。
凄まじい音がして、ついでにあたしも濡れた。
「メ…ヌメ…」
「えええええええ…ちょ、だ、だいじょうぶ…?」
どうやら落ちてきたらしいそのコをヒョイッと抱えあげる。軽いな…
そのまま色んな角度から観察してみたけど、怪我らしい怪我はないようだ。丈夫だな…
「メ゛!ヌメヌメッ、メンリャ゛〜〜〜〜!!!!」
「(うわっなんかめっちゃ怒ってる)」
キュートな見た目に反してかなりキレているらしい。
目を吊り上げて、やたらと上空へ怒鳴っている。
このポケモン、なんだっけ…たしか…あっ!
「ヌメラだ!」
「ン゛ヌエ!!!…メァ?」
「(あっやばっ)」
どうやら自分が抱えられていることに気づいたようだ。
プンプンピョンピョンしていたヌメラは動きを止めると、じっとあたしを見つめた。
つぶらな瞳かわいい…っていうか、これ、まずいんじゃないだろうか。
野生のポケモン、つまり人馴れしていないポケモンを不用意に触るのは危険だとホップが言っていた。
一見無害そうでも、凶暴だったり怪力だったりすることがままあるらしい。
今更ながら冷や汗が出てくる。どうしよう、このコ凄く興奮してるよね…目逸らしたらやばいかな…
「あ…えっと…だい、じょぶ?」
「ヌ……」
「きゅ、急にだっこして、ごめんね…?」
「メ……」
「い、痛いところ、ない…?」
「……」
沈黙。言葉は通じてるのかしら。不安が膨らんでいく。
ヌメラはかわいいおめめであたしを見つめ…って
「ヌメェェェェェェエエエ!」
「(えええええええ)だ、大丈夫!もう大丈夫だからね!」
火がついたように泣き出してしまった。さっきまでの強気どこ行った?
おいおいポケモンのあやし方なんてホップから教わってないぞ。
「ンメア〜〜〜ンエエ゛〜〜〜」
「よしよし!いいコ、いいコ!ヌメラはいいコだね〜!強いコだね〜!」
グズグズと泣き続けるヌメラ。さっきの飛沫やら涙やらでびちょびちょだよ…
困ったあたしは、ベビーシッターよろしく一生懸命あやし続けたのだった。
「ヌメラが落ちてきたのか?」
「そうそう」
「へえ〜でもよくなついてるな!」
帰宅したホップは、今朝にはいなかったヌメラに驚いて経緯を知りたがった。
素直に昼間の出来事を話すと、稀に鳥系ポケモン(アーマーガアとか)が小型ポケモンを連れ去ることがあるとかないとか。
まさか餌ってわけじゃないよね…?止めてよそんな弱肉強食…
「ヌンッ」
「なんだよ、ナナシはよくて俺はダメなのか?」
「メーア!」
号泣していた影もなく、現在ボウルに入ってるヌメラはキリッとした佇まいだ。
撫でようとするホップの手を華麗に避けては、微妙に威嚇している。かわゆっ
ちなみにガチ泣きしていたことやあやしていたことは伏せてあげた。
このヌメラ、オスらしいので、男のプライド的な?一応ね。
「このヌメラ手持ちにするのか?」
「んー…悩んでるんだよね。あたし、ポケモン育てたことない気がするし」
気がするっていうか、ないけどね。ゲームの中でならいっぱい育ててたはずけど。
それに、存在するはずのないあたしが、命を預かっていいものだろうか。
そりゃヌメラはめっちゃかわいいし、できれば相棒にしたいけど。
どうなの?これ夢なの?夢じゃないの?なんなの??
「…どう、すればいいかな」
「ナナシ…」
ホップが心配そうな表情をしている。そんなに暗い顔をしていたんだろうか。
でも、事が事だけに、現状が現状なだけに、すぐ返事をすることは躊躇われた。
「ヌンメッ!」
「ヌメラ…」
グリグリとあたしの手に頭を押し付けるヌメラ。
やっぱりキリッとしてて、キュートなおめめに力強い意志を秘めている。
あんなに泣いてたくせに…こんな表情をするんだ、ポケモンも。
なんだか一気に血の巡る感覚がした。ヌメラが触れているその手から。
「…あたし、なれるかな。このコの相棒に」
「大丈夫だぞ!俺も協力するからな!」
ニカッと笑うホップが心強い。任せろよ!と言わんばかりにヌメラも胸を張ってアピールしてきた。
相棒。パートナー。ここは夢の中?いや、違うということにしよう。少なくともこのコが傍にいる間は。
「よろしくね、ヌメラ」
「ヌンメ〜!」
「ホップ、週末にダンデが帰ってくるよ」
「え、アニキが!?来月じゃないのか!!?」
「来月もだけど、その前に一度帰ってくるらしいわ」
夕飯の席で思わぬ知らせをうけたホップは、より一層目を輝かせて身を乗り出した。
お行儀悪いわよ、なんて窘められているけど、もう思考はダンデさんの帰省に占められている。
こりゃしばらくはテンション高いな。
「ホップ。ダンデさん帰ってくるなら、一緒に寝てもいい?」
「ああ、いいぞ!……え!?」
「え?いや、だからダンデさん帰ってきたら、一緒に寝よって」
あたしはダンデさんの部屋を使わせてもらっているので、帰ってきたら退くのが当然だ。
大きさ的に、ホップのベッドに二人寝たところで問題ないと思ったんだけど…
なにその反応。嫌か?まあお年頃っちゃ、お年頃だからな〜
「嫌ならいいけど。ソファで寝かせてもらうし」
「!べ、別に嫌だなんて、言ってないぞ…」
「んじゃお邪魔しまーす」
あたしは別にソファでもいいんだけどね。
でもおばさんが気にしちゃうだろうから、大人しく彼の寝床に潜るとしよう。
「そうよホップ!女の子をソファで寝かせるなんてとんでもない!」
「だ、だから一緒に寝るって…」
たちまち大人しくなって座り直すホップ。少し居心地が悪そうだ。
初々しいその姿に癒やされたのは、ここだけの秘密にしておこう。
(まあ、普通に考えてあたしだろうな)
多忙なダンデさんの、突然の帰宅。原因は間違いなくあたしだろう。
この家で保護してもらってから一週間。
その間、これといって警察から有力な情報は上がってきていない。
そりゃそうだ。あたしはそもそもこの世界に存在していないのだから。
親はもちろん、住まいも生まれも、名前さえ見つけ出すことはできない。
ではどうなるか?然るべき所に行くしかないだろう。
(いつまでもお世話になっているわけにはいかないしね)
残念ながら、あたしはこの世界の文字を読むことができない。
未知のもので予測すら立てられないレベルだ。会話はできるのにね。不思議!
さて。識字できないということは、自分の欲しい情報をピンポイントに得るのが難しいということだ。
耳からの情報に頼っている今、養護施設や法律などを知りたくとも知ることができない。
その手のテレビ番組なんてそうそうないし、おばさんに聞いたら動揺するだろう。
聖人レベルの優しい人だ。咄嗟にそんなこと考えなくっていいのよとか、うちにいていいのよって口にしちゃう可能性もある。
でもそれは引き出してはならない言葉だ。
理由も経緯も不明だけれど、あたしはこの世界に来てしまったと仮定する。
それならばたとえ頼れるものが何もなくとも、自分の足でしっかり立たなくては。
恩や借りは最小限に。タダより高いものはないのだから。それがあたしの教訓。
「そうだ、ワイルドエリアに行こう」
ゴロゴロしながらヌメラの寝顔を見ているとふと出てきたアイディア。
そうだ。ワイルドエリアがある。あそこならキャンプ道具さえあれば何日でも過ごせる。
それに落とし物も多かったはずだ。地道に拾っては売って、お金に変えていた。
「ヌメた、一緒にワイルドエリアで生きよ」
現実的ではないけれど。
元の世界で捨てきれなかったものが無くなったあたしは、心も足取りも羽のように軽い。
「ヌメた、おやすみ…よい夢を」
同じくふと思いついた名前をヌメラにつけてあげる。
我ながら良いニックネームじゃない?明日ちゃんと教えてあげよう。
スピスピと鼻提灯を作るヌメたに投げキスして、あたしも静かに目を閉じた。
→