03


― 星が火であることを疑い
― 太陽が動くことを疑い
― 真実が嘘であると疑おうと
― 私が君を愛すること、疑ってはいけないよ



「はじめまして、ダンデさん」
「やあ、キミがナナシくんだな!ホップからアレコレ聞いているぜ」

ニカッと笑うその顔は、ホップによく似ている。いや、ホップが似ているのか?
すると彼も成長したらこんなイケメンになるんだな…将来が楽しみだ。

「ヌメラがキミのパートナーなのか。この辺りじゃ珍しいな。どこで捕まえたんだ?」
「空から落ちてきました」
「落ちてきた?ははっ、それなら運命だな!」
「ヌメッ!」

そんな運命ある?でも自信満々に言われると、そうかもと思ってしまうから不思議だ。
ヌメたもなんか頷いてるし。かわいいなーうちのヌメたはかわいいなー
ちなみにダンデさんの手も華麗に避けて威嚇していた。
今の所彼に触れるのはあたしだけ。ちょっと優越感。

「アニキ!この間のバトルのこと、聞かせてくれよ!」

ホップはテンションMAXで、早速ダンデさんに話をせがんでいる。
微笑ましい光景ですね。邪魔したくないので、あたしは紅茶を準備することにした。

「ナナシ、早く来いよ!アニキの話が始まっちゃうだろ!」
「あたしはお茶入れてくるから、先に始めてもらいなよ」
「いいのか!?わかった!!!」

声でかいな!ヌメたもツノをぺったーと伏せてる(そこ耳なの?)
はしゃぐホップを見送って、あたしはキッチンを歩き回った。
おばさんは買い物に行っている。揃った息子二人に、思い切り料理を振る舞うつもりなのだ。

「えーっと…緑がダージリンだっけ…」

たったの一語なのに、読めないから判別もひと苦労。
カラフルな缶を開けて香りを確認。元々紅茶が好きでよかった。

「ヌメた、疲れた時にはレモンがいいよね?」
「ンメェ〜」
「ダンデさん、お仕事で疲れてるだろうしね?」
「ヌメァ〜」
「ホップは疲れててもミルクがいいんだって。知ってた?」
「メリャ〜」

あたしの他愛ない話にも相槌を打つヌメた。マジ天使じゃん…
見た目に反して気が強い(だから色んな人に威嚇する)んだけど、あたしには超がつくほど甘えっ子だ。
そんなツンデレありかよ〜好き。

「えーっと…クッキーは…」

おばさんが家を出る前に、おやつとして用意してくれたクッキー。
紅茶にピッタリだろうと持っていこうとしたのだけれど…うーん、わからん。
お菓子入れには、ロリポップを彷彿させる包みや個包装の何かがいっぱい入っているのだ。

「どれがクッキーかわかる〜?」
「ヌメ〜?」

出来る限りクッキーっぽい、平たい個包装のものをいくつかピックアップ。
四角いから、クッキーだよね?匂いがわからないから確信をつかめない。
人の口に入るものをベタベタ触るのにも抵抗があって、読めもしない文字を食い入るように見つめた。

「クッキーであってるかなあ」
「それはクラッカーだぜ」
「ぅあ゛っ」
「ヌンメッ゛!!!」

めっっっっちゃビックリした!心臓口から出るかと思った。
変な声出た。ダンデさんも目を丸くしている。
そしてヌメたは威嚇し始めた。ごめんヌメた、ダンデさんは悪くないんだ…

「すまない、驚かせるつもりはなかったんだが…」
「い、いえ。あたしの方こそ過剰に反応しちゃって、すみません」
「メ゛ー!ヌメ゛ー!」
「ヌメた、威嚇だーめ。ダンデさんは悪くないの」

まだプリプリしつつも大人しくなったヌメたをナデナデ…あたしもちょっと落ち着いてきた。
その間に、ダンデさんはお菓子入れから次々とクッキーらしい包みを拾っていく。

「ほら、これがクッキーだ」
「ありがとうございます」
「…なあ、ナナシくん。もしかして」
「はい。文字読めないです」

別に隠してるわけじゃないしね。
わざわざ自分から言う必要もないというスタンスだっただけで。

「そうか…それは知らなかったな」
「まあ、特に誰にも言ってなかったので」

記憶喪失云々は当然聞かされているんだろう。
眉を下げるダンデさんにちょっと申し訳なさが…いやでも事実だし、うん。

「アニキ、ナナシ!早くしてくれよ!」

痺れを切らしてキッチンにやって来たホップ。
そのまま彼に急かされて、ティーセットをリビングへと運ぶ。
さあ、ワクワクするお話のはじまり、はじまりっと。




「あの〜…ダンデさん、ちょっとお時間頂いてもいいですか?」
「ん?ああ、構わないぜ!」

夜、あたしはこっそりとダンデさんの部屋を訪ねた。
ホップは今日一日はしゃぎっぱなしだったからもうぐっすり。ついでにヌメたも。
いつも自分が寝起きしている所をノックするのはなんだか変な感じだ。

「それで、どうしたんだ?」
「色々と聞きたいことがあって…すみません、こんな遅くに」
「気にしないでくれ。俺で良ければ力になろう」

うーん、イケメン。見た目もイケメン、中身もイケメン。
神の化身かな?いやチャンピオンだった。

「それじゃ、お言葉に甘えて。まずは公的機関についてなんですけど、司法の管轄ってどこなんですか?」
「……」
「警察以外にも治安を維持する組織ってあります?」
「……」
「政治家はいないんですか?というかガラルの政治ってどんなものなんですか?国のトップは?」
「……」
「…あの、ダンデさん?」

流石にちょっと唐突だったかな。ダンデさん固まってる。
でもあたしにとってはものすごーく重要なことなのよね。
メモ用のスケッチブックに視線を落とす。
出来る限りの情報を聞き出して、ここに書き連ねていかなくちゃ。

「ダンデさん」
「あ、ああ…すまない。想像していた質問と全然違っていたから」

いったいどんな質問を想像していたんだろう。
でも解凍されたダンデさんは丁寧に答えてくれた。
聞き慣れない単語にはストップをかけ、根気強くまとめていく。

「うーん。なるほど、なるほど…」

時折図形やグラフにしながら、メモを工夫して簡潔に。
真っ白だったスケッチブックは二枚目三枚目と汚れたページが増えていった。

「お小遣い稼ぎって何が主流ですか?やっぱりレモネード?」
「れもねーど?いや、それは知らないが…やはりポケモンバトルだろうな。年齢関係なく、誰とでもできる」
「バトルかあ。でも負けたらお金取られちゃいますよね?」
「負けなければいいんだぜ」
「うーん」

そんな簡単に言っちゃいますか。まあダンデさんは無敗らしいから、仕方ないね。
ん?でも主人公(ユウリ)がいるってことは、彼女がトップになるはずだ。
ということはダンデさん負けちゃうよね?あーなんで話全然覚えてないんだろ。

「そうだ、ワイルドエリアに行きたいんです。ここから遠いですか?」
「電車を使えばそうでもないな。でも今のキミがワイルドエリアに入ることはできないぞ?」
「え?」
「ワイルドエリアを通行するには、最低でもジムバッジが3つは必要なんだ」
「え!?」

嘘やん!だってゲームの中で普通に歩き回ってたぞ!?
まさかの事実に口が塞がらない。ダンデさんはまた説明してくれた。

ワイルドエリアは強い野生のポケモンもいれば、天候もコロコロ変わる非常に危険な場所だ。
各所にリーグスタッフが控えているものの不幸は後を絶たないらしい。
その為、資格を有していない人間は基本的に立ち入り自体を禁止されているのだと。

「じゃあ、ワイルドエリアでキャンプしたい時は?」
「委員が定期的に開催しているイベントに参加するしかないな」
「そんな〜…落とし物とか売って、お金貯めようと思ったのに〜…」

はい詰んだ。ワイルドエリアにて根無し草生活、アウトです。
いや…でも、待てよ。逆にバッジ3つさえあればいいのよね。
それにポケモンバトルでは、金銭のやり取りが発生する。
負けなきゃいい。そのとおりだ。めっちゃハードル高いけど。

「そんなにお小遣いが欲しいのか?」
「だって生活手段を確立しなきゃですし」

ダンデさんは、いまいちよくわからないって顔をしてる。
うーん、なんだろう。やっぱりこの世界の人とは感覚が違うのかな。

「いつまでもご厄介になるわけにはいきませんから」

ワイルドエリアTipsもちゃんとメモしておこう。
バッジ最低3つ…その他定期イベントありっと。

「ナナシくん、キミはまだ子供だ。そんなことは考えなくていい」
「それはダメです。保護者のいない子供にも、然るべき場所がありますよね」

本来、あたしはその場所―――所謂養護施設にいるべきだ。というかいなきゃいけないのだ。
それなのに親切心だけで保護してもらっている。温かい人たちの、暖かい家庭の中に。
なんて幸運なことだろう。このところいつも思う。
そう、あたしは運が良い。

「いくら子供だからって、素性のわからない人間を預かるのは危ないですよ」
「……」
「もしも記憶喪失を装って、何か企んでいたらどうします?たとえば…弱いフリしてチャンピオンに近づこう、とか」

お世話になってるのに大概失礼よね。でもほんとのことだし。
黙ったままのダンデさんを窺ったら、ばっちり目が合った。うわ、気まずっ
でもこのタイミングで逸らすのも失礼だし…
見つめ合うと素直におしゃべりできないってこういうことかな。うん、多分違うな。

「キミは面白いことを言うんだな」
「ええー…今笑うところありました?」

それはそれは楽しそうに笑っているダンデさん。
あたし割とシリアスな話してませんでした?温度差あるわー

「なあ、ナナシくん。俺はこれでも人を見る目に自信はあるぜ」
「はあ」
「キミはわるい子じゃないよな」

正直なところ、インモラルな部分はかなりある。
だからこの質問に答えるとすれば、残念ながらノーだ。
でもぼかしておこう。あたしは悪い子だからね。

「どうでしょう。悪いやつかもしれませんよ」
「わるいやつは、自分から『わるいやつかもしれない』なんて言わないだろう」
「それを見越して敢えて言ってるかも。油断させるために」
「だとしたら手強いな。俺でも敵わなそうだ」

カラカラと笑うダンデさん。マジで意に介してない。
まったく、人を子供だと思って…いや子供なんだけどさ。見た目は。

「あたしはトレーナーになります。今決めました」
「唐突だな」
「そしてジムチャレンジでバッジを集めます。推薦状ください」
「唐突だな…」

今度は苦笑いをして顎を擦っているダンデさん。
確かに唐突だけど、善は急げって言うし。
やることが決まったらさっさと行動に移さなきゃ。

「ジムチャレンジに参加してたら、あたしのこと知ってる人がいるかもしれませんし…」

そんな人、いるわけないんだけどね。
出来る限りしおらしく。可能な範囲でMAX寂しそうに。
沈んだ声にダンデさんもハッとした表情をしている。
すいません、記憶喪失は微妙に嘘です。
でも利用させてもらいます。悪い子なので。

「ナナシくん。キミの希望はよくわかった。だが、推薦状はそう簡単に発行できるものじゃない」
「(そりゃそうだ)はい」
「来月、俺はまた帰ってくる予定だ。その時にまだ意志が変わらなければ…検討しよう」

あたしとしても推薦状なんて大仰なもの、すぐにもらえるとは思っていない。
ただこうして一つの可能性を発生させておくことが大事なのだ。

「ありがとうございます。それまで、色々と勉強しておきます」

まずは文字を覚えよう。そして必要な限り情報収集だ。
その上でやはりジムチャレンジということであれば改めてお願いさせてもらおう。

「おやすみなさい、ダンデさん。よい夢を」

深夜の対応に改めて感謝を伝え、部屋を出る。
ふと廊下から見上げた満月に、あたしは現実を噛み締めるのだった。





2020.10.03