04


「ナナシ、今日はどうする?」
「もちろんお勉強でーす。ごめんね?」

今やナナシの部屋となっている其処を訪れると、本を手に寝そべる彼女の姿があった。
文字も忘れてしまったらしく、読めるようになってからは様々な書籍に手を出している。
知識の吸収を優先させるのは当然のことなので、外出に誘ったホップも断られるのは予想していた。
このところ一緒にお出かけする機会が減ってしまったのは寂しいことだが。

「わかった!それじゃあ行ってくるぞ」
「いってらー」

ヒラヒラと手を振って自分を見送るナナシの笑み。
それが見たくて毎日律儀に声をかけているなんて、きっと気付かないのだろう。



「ユウリはまだ会ってないよな。いっしょに来いよ!アニキを自慢したいんだ!」
「うん!」

いよいよ兄がポケモンを連れて帰ってくる日がやって来た。
エキシビションマッチの録画をしつつ、気持ちはダンデの帰省と新たな出会いで踊っている。
ユウリもチャンピオンであるダンデに会えることを楽しみにしているようだ。

「ほら、ナナシも行くぞ!」
「ナナシちゃん、早く早く!」
「ぁぃ…」

一方、ナナシはというと相変わらずぼーっとしている。
先日ダンデが帰ってきた時も、ユウリのようにテンション上がることなく自己紹介をしていた。
チャンピオンにあまり興味がないとは謎である。
とは言え、共に迎えようと連れ出せばヌメたを抱えて歩き出したのだが。

「われらが無敵のチャンピオン!」
「あんたとリザードンは最高だ!」
「ダンデさん、凄い人気だね!」
「へへっ…」

ブラッシータウンまでは一本道。
まっすぐ向かうその先には人集りが既に出来ている。
あちこちらから届く声援に、応える兄に、ホップは誇らしくなった。

「ナナシくんはいないのか?」

対応を終え解散し始めた人混みを分け、ユウリとダンデは挨拶を終える。
そこで彼は最近ホップと対になっているもう一人の不在に気付いたようだ。

「え?ナナシならそこに…あっ!?」
「ナナシちゃんがいない!」

てっきり後ろにいるかと思っていたのだが、ナナシの姿はない。慌ててホップとユウリは辺りを捜索した。
彼女は外に一人でいると悪い人に狙われるかもしれないから、と両者共に母から強く言いつけられていたのだ。
またあられもない格好で、大切なものを失って、どこかに寝かされてしまうかもしれない。

「ヌンメ♪ウンメ♪」
「それおいしいんだ。この間のと、どっちが好き?」
「ンメリャ!」
「なるほど、わからん」

草むらでヌメラを放し、暢気におしゃべりをしているナナシ。
全く、人の気も知らないで。ホップもユウリも思わず詰め寄った。

「ナナシ!一人で勝手にいなくなるなよ!」
「そうだよ!心配したんだから!」
「ええー…そんな怒る…?」

なぜ責められているのか理解していないナナシ。
危機感というか警戒心というか、もう少し持ってほしいものだ。

「ほら、家に行くんだぞ」
「はーい。ってユウリさん、この手は?」
「また離れたりしないように、しっかり掴まえておくね!」
「ええー…」

ユウリに手を繋がれて、渋々といった様子でついて来るナナシ。
ほんのちょっぴり、羨ましいと思ったことはホップだけの秘密である。



ダンデからサルノリをもらい、ユウリと初めてのバトルを終えた後。
自分も、とバトルを申し出たナナシとユウリが戦うことになった。

「ヌメた!ヌメラメラ、ンメーア!」
「えっ?」
「うん?」
「??」

彼女の相棒もやる気満々でフィールドに現れるが、そのコマンドは意味不明。
疑問を浮かべているのはホップだけではない。ユウリもダンデも、その場にいる皆がそうだった。

「リャッ!」

しかしヌメたには理解できているらしい。迷いなくヒバニーにたいあたりを仕掛けた。
我に返ったユウリも指示を出し、ナナシはずっとヌメヌメ言っている。
なんとも不思議な光景だったが、勝敗を決したのはナナシのヌメラだった。

「やったー!ヌメた、勝ったぞー!」
「ヌメ〜!」
「作戦成功だ〜!」
「ヌメ〜!」

初の勝利にヌメラを抱え、それはもうご機嫌でくるくると回っているナナシ。
先程のヌメヌメ言っている姿も、そのダンスも、かわいいと思ってしまうのはなぜなのか。

「なあナナシ。さっきのいったい何だったんだ?」
「さっきのって?」
「なんかヌメラの鳴き声真似してなかったか?」

ドキドキと高鳴る胸を鎮めつつ、謎な行動の真意を確認する。
すると得意気にナナシが説明を始めた。なんでも攻撃指示を暗号化したらしい。
案外バトルのことも研究していたのかと、ホップも少々驚いた。

「素晴らしい作戦だな!キミはきっと凄いトレーナーになるだろう。これからが楽しみだ」

ダンデに褒められて、照れたような笑みを見せるナナシ。
ヌメたにも労いをかけている彼女を、かわいいと。
ほんのりと頬を染めた顔を向けられる兄を、羨ましいと。
ちぐはぐなままで何度も思ってしまうのは、なぜなのか。

探せばすぐに見つかる答えを、ホップは敢えて放置する。
初恋とも名付けられるそれは、彼にとっては甘くて苦くて、それでもなんだか嫌いになれないのだ。




2020.10.21