「ホップたちが!?」
「そうなんだよ、ウールーが柵を壊したみたいで…」
ほんの少し、目を離しただけだった。
初めてのバトルに浮かれていたのは、ダンデもそうだったのだろう。
せっかくだから図鑑もあげようと博士へ連絡を取っている間の出来事。
「俺が行こう。母さんたちはここで待っていてくれ」
「頼んだよ!気を付けてね!」
「ダンデさん、どうかお願いします」
不安に胸を押し潰されそうな母親たち。
この森は危険だから足を踏み入れてはいけないと言われている。
ポケモンを救出する為の行動は素晴らしいが、せめて自分を呼んでほしかった。
「行くぜ、リザードン!」
「ばぎゅあ!」
無事を祈りながらダンデは駆け出す。
静謐なる森の、腹の中に。
「ナナシくんは一緒じゃないのか…!?」
「最初は一緒にいたんだぞ?!」
「どうしよう…はぐれちゃったんだ…!」
幸い、発見したホップとユウリは意識を失っていただけで、怪我もなかった。
安心するのも束の間、例の一人が見当たらない。
「…俺が捜してみる。オマエたちは森を出るんだ」
自分たちもと息巻く二人を宥め、リザードンに護衛を頼む。
歴が浅いトレーナーをフォローしながらの捜索は避けたかった。
「ナナシくん!どこだ!」
しかしまるで見当がつかない。ここまでほとんど一本道のはず。
ならば更に奥へと知らぬ間に進んでしまったのか。
予想以上の困難に、ダンデが唇を噛み締めた瞬間―――
ヌメー ヌメー
「…!ヌメラの声…!?」
この森にもハロンタウンにも、ヌメラは生息していない。
ならば答えはただ一つ。
「ヌメた!オマエか!?」
ヌメー ヌメー ヌメー
「今行く!そのまま鳴いているんだ!!」
遠く遠くから、かすかに聞こえる声。
やっと掴んだ情報を必死に手繰り寄せる。
「ヌメー! ヌメー!」
「ヌメた!」
大きくなる方へ走り続ければ、草むらからピョンピョンと飛び跳ねるヌメラの姿。
間違いない。ナナシのヌメラだ。そして傍らに横たわる人影。
「ナナシくん!ナナシくん!大丈夫か!」
「ぁ…ダンデ、さん?」
「気が付いたみたいだな。無事でよかった」
外傷などは見当たらない。彼女も失神していただけのようだ。
だがぐったりとしたその様子は、明らかに体力を消耗している。
「顔が真っ青だぞ…すぐに家へ戻ろう。ヌメた、案内頼むぜ」
「メリャッ!」
急いで休ませなければ。
まだぼんやりしているナナシをダンデは抱き上げたのだが。
(!?ず…ずいぶんと軽いな…)
そのあまりの軽さに驚いた。
しかし考えてみれば、一回り近く幼い上に、彼女は女の子。
この年頃は皆こういうものなのだろう。
「あ…ホップと…ユウリ…」
「大丈夫だ。みんなリザードンに送らせたから、もう家にいるだろう」
身体が動いたことでわずかに覚醒したのか、ダンデの返答に安堵するナナシ。
まずは己の心配をしてほしいものだが、お説教にはタイミングが悪い。
「しかし、ホップたちがいた所よりも随分奥にいたな。どうやってあそこまで行ったんだ?」
「…わかんない、です」
それにしても軽い。ほんの少し力を込めれば簡単に壊れてしまいそうだ。
割れ物でも扱うよう、慎重に。別の緊張がダンデを襲う。
「ちょうちょ…」
「ん?」
「ダンデさんのかみ、キレイないろ」
不可思議なことを口にしながらナナシは紫色の髪をいじっている。
再び意識が混濁したのか、トロンとした瞳に苦笑しながら、ダンデはヌメたの後をついて行った。
「まだ顔色が悪いな。横になって休むといい」
具合の悪そうなナナシを寝かせようと、ベッドに降ろすと焦ったような手付きで服を掴まれた。
あの森で孤独に倒れた恐怖が蘇ってきたのだろう。だがここは安全な部屋の中。
大丈夫だと頭を撫でてやろうとしたダンデは、強く叩かれた手に驚き動きを止めた。
「ナナシ…?」
「フーッ゛、フゥ゛ーッ…!」
ナナシの眼はここではないどこかを見ている。
牙を剥き出しにして今にも襲い掛かってきそうなその姿。
手負いのポケモンにそっくりだ。それも野生の。
必死に身を守ろうとする、怯え切ったポケモン。
「頭を触られるのは嫌いか?すまなかったな」
ダンデはその手の扱いにも人一倍長けている。
だから優しく話しかけた。ある種の興奮状態にあるだけなのだから。
「ぇ…」
案の定、虚を突かれたナナシはか細い声を漏らすのみ。
牙を抜かれて困惑する彼女を、ダンデはゆっくりと両腕で包み込んだ。
壊れないよう、壊さないよう、慎重に。
彼女の全身を巡っていた怒りや反抗は徐々に失われていく。
「心配しなくていい。だから…おやすみ、ナナシ」
そっと囁いてやればピクリと震え、ナナシは くったりと脱力した。
静かに横たえてやれば、完全に瞼を閉じている。
頼りない呼吸に合わせて、伏せられた睫毛も震えていた。
「よい夢を」
冷や汗だろうか。湿った額を軽く拭い、ダンデは部屋を後にする。
手負いのキミに、どうかよい夢が降り注ぎますように。
あの日と同じ願いを人知れず胸に抱きながら。
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