「ホップー?ユウリー?」
おいおい、二人共どこ行っちゃったんだよ。
あたしはまどろみの森を捜索中だ。
なんでも柵が壊れて、ウール―が迷い込んじゃったそう。
そのコを保護する為に三人で踏み込んだはず。
それなのに、いつしかあたしは一人になっていた。
「いないのー?」
相変わらず濃い霧だ。あたしがはぐれたのかな…?
それにしても静かだ。気配はあるのに、野生のポケモンたちが動く様子はない。
「戻った方がいいかな」
まあその道も全然わかんないんだけど。いっそ動かない方がいいか?
一応ヌメたを出しておこう…彼は足が遅いので、最初駆け出した時にボールへ返しておいたのだ。
― ちょうちょさん
「!?ぅ……!」
突然。キンッと頭に金属の棒でも入れられたような衝撃が走った。
目眩にも似ている。ただ痛くはない。でも気持ち悪い。
― ちょうちょさん ちょうちょさん
「うえっ」
グランと視界が揺れて、あたしは蹲った。両手で耳を塞ぐ。何かが聞こえるせいだ。
― あなたはいったい
「な、に、」
濃霧のその向こう側。何かがいる。グラグラする脳では視認できない。でも刺すような空気に変わる。
― どこからきたの?
「だ、れ、」
呼吸が荒くなる。気持ちが悪いんだ。何かは唸っている。塞いだ耳でなぜ聞こえるのか。
― ちょうちょさん ちょうちょさん
― あなたはいったい どこからきたの?
― わたしはしらない たずねもしない
― すみかが あったこともなし
― ちょうちょさん ちょうちょさん
― あなたはいったい どこからきたの?
― わたしはしらない たずねもしない
― すみかが あったこともなし
― ちょうちょさん ちょうちょ
「ヌ゛ンメリ゛ャアアア゛!!!」
何度も脳に響くそのフレーズにおかしくなりそう。
でもそれを引き裂いたのは、ヌメたの声。ヌメた。ヌメラ。あたしの相棒。
「ヌ、メた…!もど、って!あぶな、いっ」
あたしにはわからない何かに向かって威嚇するヌメた。
相手を刺激してしまうかもしれない。
止めさせようとするけど、自由にならない身体では無理だった。
「にげて!」
それが限界。ガクン、と地の底へ引きずり込まれるように、あたしの意識は暗闇へと落ちて行く。
― ちょうちょさん
― ちょうちょさん
― あなたはいったい
― どこからきたの?
「…くん!ナナシくん!大丈夫か!」
「ぁ…ダンデ、さん?」
真っ暗な所にいた。いつもの夢だ。動けない、いつもの夢。
いつの間にあたしは目を覚ましたのだろう。ダンデさんに覗き込まれている。
「気が付いたみたいだな。無事でよかった」
心底ホッとした表情に、なんでこの人いるんだっけと場違いなことを考えてしまう。
ぼんやりしてると、そのまま抱っこされた。お姫様抱っこだ。これ好き。
「顔が真っ青だぞ…すぐに家へ戻ろう。ヌメた、案内頼むぜ」
「メリャッ!」
まだふわふわとした感覚が抜けない。運ばれている間に、霧が晴れていることに気づく。
空が高い。ダンデさんの向こう側にある空が、高い。
「あ…ホップと…ユウリ…」
「大丈夫だ。みんなリザードンに送らせたから、もう家にいるだろう」
そもそもの目的を思い出す。よかった。
彼らもダンデさんが保護してくれたんだ。
あたしまで助けてもらっちゃってすいません。
「しかし、ホップたちがいた所よりも随分奥にいたな。どうやってあそこまで行ったんだ?」
「…わかんない、です」
あたしは確かホップとユウリの後ろをついて行ったはず。
それなのにいつの間にか見失っていた。どうしてなんだろう。
何かに、呼ばれた?
「ちょうちょ…」
「ん?」
繰り返されるおはなし。
ちょうちょさん、ちょうちょさん。
「ダンデさんのかみ、キレイないろ」
夢心地のあたしに、ダンデさんは困ったように笑う。
そのまま家に着くまで―――部屋に運ばれるまで、ずっとその髪を撫でていた。
「まだ顔色が悪いな。横になって休むといい」
ベッドに寝かせられた瞬間、強烈な睡魔が襲ってきた。
先程の感覚が蘇って、曖昧な意識の中で咄嗟に何かを掴む。
また地の底へ引きずり込まれてしまうかもしれない。
「大丈夫だ」
大きな手が伸びてくる。あたしの頭に。
絶対的な力を持つ、大人の手が。あたしに。
知っている。それは。あたしに。
突き飛ばすもの。
「っ!!!」
「ナナシ…?」
くそっ、くそっくそ!声は我慢できたのに、ああでも咄嗟に叩いてしまった。
このまま眠ってしまえばいいのだろうか。まったく回路が機能しない。
睡眠不足のせいだとして、誰が責任を取ってくれるんだ!
「頭を触られるのは嫌いか?すまなかったな」
「ぇ…」
違う。これは違う。どうして違うんだ?おかしい。
あたしは?どこにいる?違う。あたしがいるのは違う所。
ちょうちょさん、ちょうちょさん
あなたはいったい、どこからきたの?
「心配しなくていい。だから…おやすみ、ナナシ」
わたしはしらない、たずねもしない
すみかがあったことも、なし
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