06


― さあ、はじまり、はじまりだ
― それはそれは厳かに王は言いました
― 行くがいい、終わりがくるまで
― 歩みを止めよ、その時が来たらば



(…ぁ……)

壁で隔たれていてもわかる賑やかさ。
ふわりと漂ってくるおいしそうな匂い。

(へや…)

なんであたしはここにいるんだっけ。
目覚めたばかりでぼんやりする。
ゆっくり記憶を辿って行く。今日は何をしていた?

(…ダンデさん、おむかえ、して…)

ポケモンをもらって。バトルをして。
ウール―がいなくなって。ホップとユウリと―――

『ヌ゛ンメリ゛ャアアア゛!!!』

「…ヌメた!」

思い出した。あたしなにぼーっとしてんだ!
ヌメたがボールから出て威嚇をしていた。
危ないからって言ったけど、意識が混濁してわからなくなって。

「ゥンメ…ゥムンナ…」
「あ」

なんだよー。ヌメた、いつものベッド(ボウル)にいるじゃん。
そしていつもの通りスピスピ鼻提灯作ってる。涎出てますよ。

あれ?でもあたしたち、確か森で迷子になってたはず。
いつの間に帰ってきたんだろう。

「起きたか?」
「あえ?ダンデさん」

ムニャムニャしてるヌメたを眺めてたら、不意にドアが開く。
どうなってるんだ〜?と考えていたせいで変な声出た。

「もう大丈夫そうだな。食欲はあるか?」
「あります。お腹空きました」

言われた瞬間めっちゃ腹減りになってきた。
朝食べたっきりだったもんね。ダンデさんは笑ってる。
今、みんなでバーベキューやってるんだって。なんと。
このいい匂いはそれか。BBQ!BBQ!

「持ってくるから少し待っていてくれ」
「え?あたしも一緒に…」
「いや、キミは念の為まだ大人しくしていた方がいい」
「?」

どういう意味だってばよ。



「結構食べるんだな」
「だってペコペコなんですもん」

お肉おいしいです。ピーマン嫌いです。
この世界のピーマン苦すぎない?破壊力抜群なんですけど。
ちなみに避けていたのを目敏く見つけられ、食べなきゃダメだぜと言われた。
クッ…ホップなら代わりに食べてくれるのに…

「まどろみの森で倒れていたんだ。覚えてないか?」
「あーやっぱりそうなんですか」

どうやら助けてくれたのはダンデさんらしい。
森の奥深くであたしは気を失っていたんだとか。
すみません、お手数かけて。そう謝れば、無事だったんだからとやんわり断られた。
相変わらずイケメンですね。好き。

「それに、礼ならヌメたにしてやってくれ」
「ヌメたに?」
「そうだ。キミを守る為に、必死で俺を呼んでいたんだからな」

マジすか。ヌメたくんイケメンすぎる〜!ほんと好き。大好き。
あとでチュッチュしよ!エアキスだけど。

― ちょうちょさん

「…あ」
「どうした?」

森でのこと、大半は覚えていない。
それでも頭に残っているもの。
威嚇するヌメた。繰り返されるフレーズ。

「あの、あたしたちの近くに、野生のポケモンとかいませんでしたか?」
「いや…近くにはいなかったな」
「そうですか。ヌメたが威嚇していたようだったので…」

ダンデさんがやって来た時、もう姿を消していたのだろうか。
それなら仕方ない。あそこは霧深い所だ。
外見を確認できてない以上、特定するのは難しいだろう。

「…もうひとつ聞きたいんですけど、あの森に、ちょうちょに纏わる話とかないですか?」
「ちょうちょ?」
「はい。例えば、伝説とかおとぎ話とか」
「ちょうちょ…ああ、バタフリーのことか?俺の知る限りではないな」
「えっ」
「?どうかしたか?」
「い、いえ」

変に心臓がドキリとした。平静を装う為に、お肉を頬張る。
ダンデさんは不思議そうにこちらを見ているが、正直それどころではない。

『ちょうちょ…ああ、バタフリーのことか?』

ダンデさんは、バタフリーのことを聞かれたと思っている。
あたしは“ちょうちょ”ってはっきり言ったのに。

そうだ。どうして今まで気づかなかったんだろう。
この世界には、

(あたしの知ってる生き物がいないんだ…)



「ヌメた、月光浴しよ」
「ンメ!」

満月が浮かぶ空。夕方までワイワイしていたホップは当然夢の中。
片や中途半端に睡眠を取ったあたしとヌメたは元気いっぱい。
夜更かしは美容の大敵だけど、少し外の空気を吸いたかった。

「お月様キレイだね〜」
「ヌメラァ〜」

うーん。かわいい。かわいさマックスです。
お池でパチャパチャ水遊び。はい、かわいさ計上されました。

「ヌメた、今日はありがとね」
「ヌン?」
「あたしのこと守ってくれてたんでしょ?」
「ヌン…」
「弱いトレーナーでごめんね。でもありがと」
「ヌ…ヌェ…」

じわあ〜っとつぶらなおめめに涙が浮かぶ。
あ、これはあれだ。マジで泣いちゃう三秒前。

「ンエ〜」
「うんうん。怖かったよね」
「ゥンメ〜」
「うんうん。ありがとね」
「エア゛〜」

初めて出会った時と同じように、抱っこしてあやすと控えめにメソメソするヌメた。
このコね、意外と泣き虫なの。でも涙を流すのはあたしの腕の中限定。
そんな男のプライドありかよ〜好き。

「夜泣きとは大変だな」
「あらダンデさん」
「ヌ゛!?…メリャ!」

突然の第三者登場により、ヌメたくんの泣き虫モードは解除されました。
ごしごしとあたしの服で涙を拭って、ぴょんと池の中へ飛び込む。
泣いてねーし!くらいの勢いでダンデさんに威嚇してるけど、その主張には無理がありませんかね。

でもダンデさんは気のせいだったか?なんてヌメたに返事をしてる。
多分男の意地ってやつを尊重してくれてるんだろう。イケメンですね。好き。

「バタバタして聞きそびれていたが…まだジムチャレンジをするつもりはあるか?」
「あ、はい!めっちゃあります!」

あっぶな!そうだよ、今度会った時に改めてお願いしようと決めてたんだ。
だって他にお金稼ぐ手段ないんですもん。やりますよやるやる。

「そうか。なら手続きをしないとな…これから忙しくなるぜ?」
「お手数おかけします」

いやほんとにね。ただでさえ忙しい人だからね。
君にも協力してもらわなきゃな、なんて事も無げに言ってるけど、かなり大変な作業のはずだ。
なんせあたしは身元不明の人間。普通の身分証を作るのだって一苦労だろう。

「そろそろ戻ろう。眠くはないかもしれないが、ちゃんと横になるんだ」
「はーい」

ヌメたを呼ぼうとしたあたしは、ふと青白い月に視線を吸い込まれた。
不思議と目が離せない。同時に、あの事実が浮かび上がる。

(…ちょうちょ)

本物のちょうちょはいないのに、図鑑の分類には“ちょうちょポケモン”があった。
ということは、蝶という存在は履歴として残っているということだ。
でもガラルの人は誰も蝶を知らない。“ちょうちょポケモン”なら知っているけど。

犬によく似たポケモン、ワンパチ。
猫によく似たポケモン、チョロネコ。
羊によく似たポケモン、ウールー。

彼らは総じて、犬猫羊によく似ている。
けれどもあくまで、よく似ているポケモンに過ぎない。
それならあのフレーズの“ちょうちょさん”は。

(バタフリーのこと?…でも、もし…本当の蝶々だとしたら……)

ああ、こんな月の夜には、今にもひらりひらりと―――

「…?どうしたんですか、ダンデさん」
「あ、いや…」

不意に腕を強く引かれて、何事かとダンデさんを見る。
本人も驚いたような顔をしているのだから、なんか笑ってしまった。
いや今掴んだのあなたですよね?なにビックリしてるんですか。

「ヌメ!ヌメ!」
「ほらほらヌメた。たいあたりしてないで、お部屋戻るよ」

いつの間にやら水辺から上がった彼は、ダンデさんの足元でポムッポムッとたいあたりしてる。
やっぱこのコのたいあたり、めっちゃかわいいよね〜あたしもされたい。
うそ。結構ベチャってなるからやっぱいい。

「おやすみなさい、ダンデさん。よい夢を」

結局あたしが部屋に入るまで、ダンデさんはその手を離さなかった。





2020.10.25