ハッピークリスマスイヴ デリバリー編


「キバナさん、サイトウさん見かけました?」

次から次に追加される新しい料理。はい、最高です。
さすがにお腹が膨れてきたので、あっちもこっちも少しずつ。
そうして食事しながら、気になっていたことをキバナさんに尋ねてみた。

「サイトウは試験があるから、このパーティーには出ないぜ」

あたしのお皿からソーセージロールを取り、食べながら答えるキバナさん。
試験、か。そうだよ。サイトウさんは女子高生、今をときめくJKなんだ。
落ち着いてるジムリーダーのイメージが強くて、つい忘れていた。

「でもトーナメントにはいましたよね?」
「ああ。だから終わったら速攻で帰るんだよな」

学業とジムリの両立。それにガラル空手の鍛錬。
どれか1つだけでも、全うするには相当な労力が必要だろう。
やばい大変そうレベルの陳腐な感想しか出てこないあたしは、紛れもなく甘やかされた生活を送っている。

「あの、キバナさん。ちょっとお願いがあるんですけど…」



「サイトウさん、まだ残られますか?」
「ええ。もう少しだけ」

扉が閉められた後、サイトウは深呼吸をしてペンを置いた。
窓の外は既に真っ黒な空が広がっている。
瞬く間に過ぎ去る時に、再度溜め息が出た。

トーナメント終了後、早々にスタジアムを離れラテラルジムへ移動。
各位からの報告を受け、必要があれば対応、そうでなければルーティン業務をこなす。
周囲のサポートもあって辛さは感じないものの、時間の足りなさを感じてしまう。
その結果、帰宅する間も惜しみ、こうしてジムで教科書を開いてわけだが。

「…パーティー、楽しんでるんでしょうね」

誰に言うでもない。ただの独り言だ。サイトウは今朝会ったナナシの顔を思い出す。
彼女は、当然サイトウも出席するものだと完全に思いこんでいた。
何度も訂正しようとしたが、それはそれは嬉しそうな彼女に自分は行かない、などとは言い難く。

「…私のこと、探してくれたのかな」

一緒にスイーツ食べ比べしましょーと意気込んでいたナナシ。
広い会場の中で、もしかしたら探し回ったかもしれない。
想像すると申し訳ないが、その一方で、そうだったらいいなと期待している。

その場にいる誰かでなく、その場にいない自分を求めてくれればいいな、と。

「(?忘れ物でしょうか…)どうぞ」

自嘲気味に頭を振った瞬間、ドアがノックされた。
先程帰ったトレーナーだろうか。サイトウはその音に返事をした。

「失礼しまーす。てか本当にこんな遅くまでジムに…身体壊しちゃいますよ」
「ナナシ!?」

まさか本人が出現するとは予想できず、驚いて立ち上がるサイトウ。
不動のマイペースさを持つナナシは何も気に留めず、両手の箱を持ち上げた。

「サイトウさんに、お届け物でーす」
「届け物?」
「はい。学業もお仕事も一生懸命で凄いサイトウさんへ、お届けに参りましたー」

意味有りげな笑顔に首を傾げていると、ナナシはカフェテーブルにその包みを置いた。
勝手知ったる様子で、テキパキとお茶の用意を始めている。

「ナナシ、いったい…」
「あ。肝心なこと聞くの忘れてた。今、休憩してもらっても大丈夫ですか?」

ティーポットを手にして、今度はナナシが首を傾げた。
勉強も区切りがついたところだったので、問題ないと伝えるとご機嫌モードだ。
そのままルンルンと音符を浮かべながらサイトウの腕を引き、ソファに誘導してくる。

「お茶用意してきますから、待っててください。あと!この中身、見なきゃダメですからね」

絶対ですよ!と何度も繰り返して、ナナシはその場を離れた。
それにしても、普通は『この中身を見ちゃダメ』ではないだろうか。
見なきゃダメとは甚だ疑問だが、念押しされた以上無視するわけにもいかず、サイトウは白いボックスに手を伸ばした。

「え…!これ…」

開けた途端、ふわりと漂う甘い香り。
丁寧に並べられているそれらは。

「えへへーおいしそうでしょー」

紅茶の匂いを纏いながら、どことなく自慢気なナナシをサイトウは信じられない思いで見つめた。
ティーセットを置いたナナシは、こっちはチョコなんですよ!ともうひとつのボックスを自ら開く。

「こっちはフォンダンショコラで、そっちがヴィクトリ…スポンジケーキです」
「美味しそうですね」

ベリーやクリーム、チョコレート。
スイーツ特有の香りに胸が踊る。それはナナシも同じようだ。
いつの間にか用意したお皿やフォークを鼻歌交じりに並べて行く。

「よし、これでOK!もう少々お待ちを」
「?」
「もしもしー?こちらαチーム。準備完了です、どうぞ…じゃなくて、オーヴァー」

準備万端の状態で、急に誰かへ電話をかけ始めたナナシ。
相変わらず謎な行動に疑問符を浮かべていると、話が終わったらしい彼女がスマホを見せてきた。

「お、そっちはちゃんと映ってるな。オレさまのイケメンフェイスはどうよ」
「いつもと変わりません、オーヴァー」
「もしかしてさっきの根に持ってる?」
「いつもと変わらずイケメンです、オーヴァー」

なんとそこに映し出されたのは、先輩でありトーナメントで戦いもしたキバナだ。
状況がよくわからないが、挨拶をすると笑顔で応えてくれた。

「もう少しで閉めの挨拶になるから、それまで案内するぜ」
「案内?ナナシ、これはいったい…」
「バーチャルパーティ?です!多分。これなら、会場にいなくても雰囲気楽しめますよ!多分」

断言はしないあたり、その場の閃きだったのだろう。
それでも実行してくれた事実に胸が熱くなる。
だが口下手故にすぐ言葉がでてこない。

「さてと。それではサイトウさん、お手をどうぞ」
「手?」
「あたしがエスコート係ですから!キバナさん、アテンドお願いしますね」
「はいよ。まずは今年のルーキーたちだぜ」

サイトウは恭しく差し出されている小さな手を取った。
隣のナナシと現地のキバナに導かれ、彼女はきらびやかな宴へ今、足を踏み入れる。



「フォンダン冷めちゃった」

やっちまった。思いの外リモートパーティー楽しくて、がっつり忘れてたわー。
サイトウさんは、冷めてもおいしいからってフォローしてくれるけど。

「温かいうちに食べてもらいたかったのに」
「会場を回るのに夢中でしたからね」

ビュッフェにフォンダンショコラが出てきて思いついた、今回のアイディア。
温かいスイーツでほっこり、ついでにちょっとパーティー気分!程度の企画だった。
でもいざ始めてみると、これが面白いのなんの。
特にジムリsやダンデさんは、出席できないサイトウさんのことを気にしてたらしく、喜んでいた。

こっちもあっちも盛り上がったのは良かったんだけどさあ…肝心のあったかスイーツがひんやりスイーツに…
紅茶も冷めちゃったし。あーあ、せっかく急いで来たのになあ。
まあ大変だったのはあたしじゃなくてタクシーのおっちゃんだけど。いつも感謝です。

「ほら、ナナシ。食べないんですか?」
「…食べます」

今更なことにウジウジしていると、サイトウさんはショコラを切り分けてあたしの口に差し出した。
えっ食べていいんすか。それサイトウさんの分ですけど。いいの?いいんですね?じゃあ遠慮なく。
大好きなチョコレートの誘惑には勝てず、ありがたく頂戴した。うん、冷めてもおいしいです。

「こっちも食べますか」
「食べる食べる」

今度はヴィクトリアスポンジだ。挟まってるクリームとベリーソースのコントラストがいい!
それにパーティー用で一口サイズ。ますますかわいい。
てかこのケーキ、ガラルだと何て言うんだろ。ヴィクトリアって言葉ないよね、多分。

「ナナシ」
「はい?……!?」

割とどうでもいいことを考えながら味わっていると、不意に名前を呼ばれた。
次の瞬間には、頬に手が当てられて、サイトウさんの整った顔が…
サイトウさんの顔が!?

「ベリーソース、ついてましたよ」
「……えええ」

平然としてる。サイトウさんは平然としてる。
片やあたしは混乱中だ。舐めましたね?唇の端、舐めましたよね?
不意打ちにもほどがある。赤面しているのが自分でもわかった。

「い、言ってくれれば、別に舐めなくても」
「こっちの方が早いですから。それとも嫌でしたか?」

ずるい。わかってるくせに。サイトウさんはクスクス笑っている。
あーもう、卑怯ですよ!そういうの!

「嫌じゃないです」

不覚にもまだ照れたまま、微妙に俯いていると顎をすくわれて今度は確かにキスをされた。
クリームだかチョコだかソースだか。文字通りの甘い甘い口付けだ。

「ナナシ、今日はありがとう。あなたが私のことを考えていたのが…一番嬉しい」

時折唇を舐められながら、優しいキスに酔いしれる。だんだん頭がポワーっとしてくる。
サイトウさんはそのキスよりも優しくて甘い瞳を携えながら、あたしのことを抱き締めた。

「ぁ、っと…メリークリスマス・イヴです。サイトウさん」
「メリークリスマス・イヴ。ナナシ」

ああ、今日はこのまま帰りたくないなあ。なんて。


おまけ


2020.11.29