美少女と野獣 1


「娘を一人この城へ寄越しなさい。そうすれば帰してあげましょう」

これは、とある深い森の中、とあるお城で起きたお話。



「お邪魔するぜ!約束を果たしに来た」
「ええー…予想外の来訪者…」

勢いよく入ってきた男の人に、城の主ナナシさんはちょっと引きました。
寂れたこのお屋敷を訪ねてくる人などそういないもの。
突然の客人に困惑状態です。

「ん、君もこの城に住んでいるのか?」
「ええまあ。というか何者ですか」
「俺はダンデ。メロンさんの約束を代わりに果たしに来たんだ」
「メロンさん?」
「先日ここに泊まった女性だ」

たしかに、夜更け迷っていた女の人を泊めたことがありました。
その時、帰す条件としてあることを提示したのですが

「娘って話じゃありませんでした?」
「ああ。だがメロンさんの娘は嫁ぐことが決まっててな。代わりに俺が来たんだ」
「(なぜだし)」

男の人なら寄越さなくてもよかったのに。
約束を守ってもらったのはありがたいものの、微妙な気分です。

「ところで、主はどこにいるんだ?」
「あたしが主です」
「え!?そ、そうだったのか。すまなかった」
「別にいいですけど」

ダンデさんが驚くのも無理はありません。
ナナシさんは弟のホップくんと変わらないであろう幼さ。
そんな少女がこんな所の城主をしているのですから。

「約束の娘さんじゃないなら帰っていいですよ」
「それは困るな。メロンさんからしっかりやってこいと言われてるんだ、何もせず帰ったらどうなるか」
「ええー…まさかの障害…」

喜んで回れ右をするかと思っていたのですが、これもまた予想外。
困った顔をするダンデさんを追い出すわけにはいきませんね。

「わかりました…じゃあとりあえず掃除でも…」



「ダンデさんって何が得意ですか」
「そうだな…」

お掃除お洗濯お料理。
どれもこれも豪快なスタイルで行うダンデさん。
お世辞にも家事は得意と言えないようです。

「他にも仕事はありますから、得意なことを」
「…バラ」
「バラ?」
「バラの世話なら得意だぜ!」
「ええー…ほんとですかあ?」

一緒にシーツを干していたナナシさんは訝しげにダンデさんを見ました。
だって、バラのお世話はとってもとっても大変なのです。
他のお花に比べても繊細で、綺麗に咲かせるのはプロでも難しいともっぱらの噂。

「ああ!村でも一番だと言われていたんだ、自信はあるぜ」
「へえー?」
「ここにもバラの温室があるだろう。俺に任せてくれないか」

得意分野で役に立てると瞳を輝かせるダンデさん。
ナナシさんの手が一瞬止まります。

「……いいですけど、荒れてるしずっと枯れてますよ」
「だからこそ俺がやる。絶対咲かせてみせるぜ」
「そうですか。じゃあやってみてください。でもどうして」
「ん?」
「……いえ。必要な物は揃ってると思うので、後で案内します」
「ありがとう。楽しみだな!」

嬉しそうなダンデさんは、ナナシさんの止まった手にも言葉にも気付きませんでした。



「ほんとだったんですね」
「言っただろう?」

茶色だったバラ園があっという間に緑色。
ツヤツヤイキイキとした葉に囲まれるダンデさん。

「いつ咲くかな」
「もう少しかかるぜ、まだ時期じゃないからな」
「へえー」

ワイルドに見えてこんな一面があるんだなあ。
ナナシさんは感心しながら、そっと葉っぱを指先で撫でました。

「ところで、聞きたいことがあるんだ」
「どーぞ」
「君にお姉さんはいるか?その…一回りくらい年の離れた…」
「……」

ナナシさんはダンデさんに背を向けている状態です。
だから、どんな表情をしているのかダンデさんにはわかりません。

「いませんよ。あたしには家族も親族もいませんから」
「そうか…おかしなことを聞いて悪かった、忘れてくれ」

明らかにガッカリしたダンデさんは、慰めにバラへ視線を落としました。
その姿をナナシさんは目で追っています。

氷のような冷たい眼差しで。






2021.08.19