08


「ええ、わかりました。本当にありがとうございます」

電話を終えたダンデはソファに改めて座り直し深く息を吐き出す。
ナナシへ推薦状を渡すには、予想通りいくつもの煩雑な手続きが求められていた。
だがそれもチャンピオンという社会的地位と委員長の助力により、比較的スムーズに進んでいる。

「…俺だけでは、とてもできなかったな」

広げた書類に浮かぶ苦笑。ちょうど今、ローズ氏本人から進捗を共有されたところだ。
このまま行けば、数日中にダンデがナナシの保護者代理となるだろう。
後は正規の手続きでジムチャレンジへ参加すればよい。

「そうだ、買い物に連れて行ってやらないと」

ここまで来てふと、ナナシはキャンプ道具など必要な物を持っていないことに気付く。
元々は身一つで保護された少女。道具はおろか、服だって満足に揃っていないだろう。

「ああ、母さん?近いうちに、ナナシくんを買い物に連れて行こうと思うんだ」

すぐに連絡し、その場で母と話しながら日にちを決定した。
ダンデ自身忙しい身なので、こうして即座にスケジュールを押さえられるのはありがたい。

「ナナシちゃん。この日ね、ダンデがシュートシティで買い物しようってさ」
「え?シュートシティってテレビに出てたあのシュートシティですか?観覧車の?」

どうやら近くに来たらしく、聞こえるナナシの声は電話越しでも弾んでいることがわかる。
シュートシティはありとあらゆるショップが揃っているので、店には困らないだろう。

「ダンデさんとお出かけだー」

小さな声でコソコソ喜んでいるらしいナナシに母も笑っている。
見えなくとも想像できるその光景に、ダンデも笑みがこぼれた。



「お待たせしましたー」
「あら!かわいくできてるじゃない」
「えへへー」

買い出し当日、朝早く迎えに行ったダンデは、リビングへ降りたナナシを見て驚いた。
母がよく来ているシャツをワンピースのように仕立て上げ、嬉しそうに見せている。

「準備はできたか?それじゃあ行こう」

見慣れた柄だというのに、彼女が着ていると最初からよそ行きの服のようだ。
なるほど、服というものはこうして形を変えることができるらしい。

「はーい。行ってきまーす」
「ダンデ、頼んだよ。行ってらっしゃい!」



「わーお。凄い数のお店」

残念ながらシュートシティに関する記憶も失っているらしく、初めて訪れたようにナナシは感嘆していた。
何か思い出したりしないかともダンデは考えていたのだが。

「まずは軽い物から買おう。服屋にするか」
「もしかしてあのお店ですか?やったー」

わざわざ既製のシャツをワンピースにするくらいだ、恐らくファッションが好きな部類なのだろう。
事実、ダンデが案内するよりも先に目当ての店を見つけている。

「どれもこれもかわいい!」
「気に入ったのを選んでくれ」

瞳を輝かせ店内を忙しく見渡すナナシ。
弟とはまた違ったかわいさについ頬が緩んでしまう。
あれもそれも全部買ってやるぞ、という気分になってしまうものだ。

「これで全部です」
「もういいのか?早いな」

ところがナナシは店内を二周ほどしただけでダンデの元にやって来た。
その腕には確かに必要なだけの衣類が揃っているが、最低限の量。
少なくないかと念の為確認するもこれで充分だと譲らない。

「会計を済ませてくるから待っていてくれ」
「はーい」

女性のショッピングは時間がかかる上に多い。
なんとも意外なことだが、このイメージは彼女に当てはまらないようだ。



「さて…次はバッグやボールだな」
「ちょちょちょ待ってください」
「どうした?」

丸一日使っての買い出し。最も軽い服の次は比較的小さな道具だ。ボールやキズぐすり、それらをしまうリュックやバッグ。
専門店に向かおうとしたダンデはなぜかナナシに止められてしまった。

「あのですね…耳貸してください」
「うん?」

内緒話をするかのように手で口を覆うナナシ。
背伸びまでして話しかける彼女は、いつもより幼く見える。
ナナシにも子供らしいところがあるんだな、とダンデも腰を折ってやったのだが。

「下着も買わなきゃなんですけど…」
「あ…すっすまない!気が回らなくて!」

まさかアンダーウェアのことを指摘されるとは微塵も思わなかった。
そもそもダンデは男兄弟であり、異性との同棲経験もない。
彼にとって下着や女性特有のサニタリー用品は完全な盲点だったのである。

「それともダンデさんが選んでくれます?あたしの下着」
「なっ」

焦って謝罪するダンデに意味有りげな笑みを浮かべるナナシ。
彼女は時折からかってくることがある。わかっているのに、挑発的な瞳についドギマギして―――

「俺はキミのスマホを契約してこよう!カードの使い方はわかるな、これで買い物をしておいてくれ!」

弧を描く唇から離れ、返答も待たずダンデは足早にその場を離れた。
クスクスと笑う意地悪そうな表情が頭から離れない。



「(電話…オリーブさんから?)はい」
「外出中に失礼します」

スマホの契約を済ませショップを出た直後の着信。表示された名前に、ある程度予測できてしまう。
案の定ローズ氏の秘書から伝えられたのは、書類の不備による差し戻しだった。

「お急ぎの件ですから、本日中に再度提出してください」
「わかりました」

淡々と修正事項を告げられ、謝罪しながら通話を切る。
自分で選ばせてやりたかったが…と心中で詫びを入れつつ、ダンデは隣のアウトドア用品店へ入って行った。



「すみません、お待たせしました」

待たせているだろうかと手早く必要なものを購入したのだが、その心配はなかったらしい。
下着屋に併設されている化粧品コーナーで、店員と楽しそうに話し合っていた。

「さて、せっかくだから食事でも…と思っていたんだが」
「?」
「書類に不備があったらしい。今からタワーに戻る必要があるんだ」
「そうなんですね。それじゃあたしはタクシーでお家まで帰ります」

なぜそうなるんだ。
反射的に出かかった言葉を、ダンデは寸での所で飲み込む。
いったいどう考えれば、大荷物を抱えて自分で帰るという答えに辿り着くのか。

「悪いが一緒に来てくれないか。そう時間はかからないはずだ」
「あたしはいいんですけど、お邪魔になりません?」
「そんなことはないぜ。せっかくだからタワーも見学するといい」

時折ちょっかいを出してきては意地悪く笑う。
遠慮がないようにみえて常にこちらの様子を窺っている、そんな彼女は。

(チョロネコか)

既視感を覚え思案してみると、愛くるしい仕草に人を困らせて笑う姿。
ベッドに小さく丸まる実家のチョロネコと彼女が自然に重なった。

「キミはチョロネコだったんだな」
「ナナシですけど…」

ああそうだ、チョロネコだ。合点が行けば接しやすくなってきた。
なんせポケモンの扱いならお手のもの。

「ダンデさん、タワーって遠いんですか?」
「ここからならそうでもないぜ。あそこに見えるだろう」
「うーん…?」

不思議そうにトコトコと自分について来るところも、ほら、そっくりだ。

チョロネコとナナシの行動を照合して密かに楽しむダンデ。
辺りを見回しながら旺盛な好奇心を発揮するナナシ。
そんな彼らがすんなりタワーまで辿り着けないのは当たり前のことだった。





2021.09.12