09


二人で散々道に迷った挙げ句案内してもらい、やっと辿り着いた己の仕事部屋。
外に出ていることの多いチャンピオンだが、書類仕事もそれなりにある。
その為、一時的な滞在もできるよう必要な設備が揃えられていた。

「ナナシくん、どうしたんだ?さっきから溜息ばかり吐いて」

その一角、ガラスの向こうにある空を眺めてはなにやら落胆したようなナナシの姿。
いつになく寂しさを醸し出す彼女に、大丈夫だろうかとダンデは思わず問いかける。
またあの夜のようになってしまうのではないか。今度は青空に溶けてしまうのではないか。

「三大欲求のひとつが」
「うん?」
「いえ何でもないです」

だが今回、光に透けるような様子は今の所見られない。
それでも気落ちしているような、幾許か投げやりな声音。
先程まではしゃいでいたから疲れも出てきたのだろう。

「もしかして眠いのか?朝早かったからな。それなら昼寝でもするといい、向こうにはベッドもある」
「この部屋ベッドもあるんですか?」
「シャワーもあるぜ。必要な物は備わっているんだ」
「いいなー」

特に今日は朝も早かった。家族の話によると、普段は起きるのに苦労しているようだから睡魔もあるだろう。
彼女よりも朝が早かったダンデ自身、少々眠気が来ている。

「気にせず使ってくれ。まだ時間がかかりそうなんだ」
「あ〜…いえ、大丈夫です。眠いわけではないので」

ところが、仮眠を勧めてもやんわりと断られてしまった。遠慮しているようだ。
こんな時こそワガママに振る舞ってもらいたいな、と胸中で苦笑した。

「遠慮しなくてもいいぜ?」
「遠慮というか…どうぞお気になさらず」

休ませたいダンデと休みたくないナナシの押し問答。
意外にも頑固なところがある彼女は、のらりくらりと躱そうとしていた。
これでは埒が明かないと早々にダンデは悟り、強硬手段を決める。

「よし、一緒に休むか」
「え!?」

ダンデの提案にナナシは怯んだようだった。都合がいいなと手早く仮眠スペースへ連れて行く。
こうしなければ横にならないとは、手のかかる困った子である。

「ちょ、ダンデさんっ」

まあ、こちらからのアクションに怯んだり、手のかかったりする辺り、やはりチョロネコなのだが。
ニャーニャー言っているナナシを引っ張りながら、ダンデはほくそ笑むのだった。



「ナナシくん、おいで?」

マントを外しキャップも置いてから、ダンデは先に腰掛けてこちらへ来いと呼んでやった。
このチョロネコ、流石に部屋から逃げはしなかったが、気不味そうに立ったままだ。

「いや、ダンデさん、あたしほんとに大丈夫ですから。どうぞ横になってください」

誤って下着姿を目撃した時にはケロッとしていたくせに、添い寝は抵抗があるらしい。
しかし寝かし付ける為にいるのだから、当の本人にはベッドへ入ってもらわなければ困る。

「ナナシくん」

頭ごなしに怒ったりしてはいけない。更に反抗してくるか、驚いて逃げてしまうか。最悪、信頼を失ってしまうことになる。
言葉が通じなくとも内容はきちんと理解できるので、冷静に、かつ目を使って命令すること。

「おいで」

それが、ダンデのよく知る、チョロネコに言うことを聞かせる方法。




2021.09.20