なぜかはわからない。
「ダンデさーん。起きてください、ダンデさーん」
ただ泣きたいような気分になった。
「ダンデさーん」
どうして、と。
「あ、起きた。おはようございます」
「………ナナシ!?」
揺さぶられ心地よい睡魔から目覚めたダンデは、視界に入った少女に驚き飛び起きた。
向こうもビックリしたようで目を丸くしている。
「すみません、気持ちよさそうに寝てたのに。でもお仕事大丈夫かなって」
悪かった。ちゃんと責任は取る。身体は痛くないか。加減がわからなかったから―――
謝罪に懺悔、思いつく限り並べようと思っていたのに。
「…え…あ…?」
「汗かいてますね。やっぱり一緒にお昼寝してると狭かったですか?」
「あ…?昼寝…?」
「ダンデさん?」
淫らな姿を見られた相手に、こうも平然と対応できるものだろうか。
ダンデはひどく困惑した。彼女の言動と温度差に生じる違和感。
「…ナナシ?」
「ど、どうしたんですか…いつもは“くん”付けなのに…急に呼び捨てされると照れちゃいますっ」
「……ナナシくん?」
「はーい。ってダンデさんさっきから変ですよ?寝惚けてます?」
呼び捨てにしただけで乙女らしく照れたナナシに戦慄した。
あの最中、ダンデは我が物のように彼女の名前を呼んでいたのだ。
それなのに今が初めてのようなこの反応は、もしや。
「…いや…その…」
そんな馬鹿な。いや、しかし。
素早く辺りを確認したが、ナナシの服にもベッドにもそれらしい乱れはない。
ただ下半身はなぜか元気になっていて。
「もしかして夢、見てたんですか?」
「ゆ、夢…!?」
浮かび上がった仮説を言い当てられ、思わず動揺する。
真っ昼間からいやらしい夢を見たというのか。
「どんな夢だったんですか?」
「え!?そ、それは!」
悲しくも、ダンデはその可能性を否定できなかった。ここ最近は疲れを理由に処理していない。
無意識下で溜まった欲求不満が、少女と寝床を共にしたことである種爆発した、と指摘されればそれまでだ。
夢精をしていないのが不幸中の幸いといったところか。
「なんで教えてくれないんですかー?」
「み、見てないんだ!夢は見てない!」
「夢“は”ってことは、夢以外に何か見たんですかー?」
「見てない!!俺は何も見てないぞ!!!」
こちらの罪悪感など露知らず内容を聞いてくるナナシにダンデは焦った。
幼い彼女に欲情したなど口が裂けても言えない。
「そういえばさっき机の電話鳴ってましたよ」
「俺は何も!あ、い、いや、すまない…」
「取ろうとしたら切れちゃったんですけど」
「そ、そうか。教えてくれてありがとう」
幸い、頑ななダンデに興味を失ったのか、ナナシはさっさとベッドから降りて行く。
素っ気ない態度に、あんなに甘えてくるのは夢だったからか、と落胆してしまった。
「あ、また」
「!」
そんな彼を叱咤するかのように響くコールサイン。あの電話を鳴らすのは受付かローズ氏と決まっている。
ダンデは急いで部屋を飛び出す一方で、この部屋から離れられることに少しばかり安堵した。
「ハロンまで時間がかかるぜ。今日は疲れただろう、着いたら起こしてやる」
「…じゃぁ、お言葉に甘えて……」
「ああ。こっち来るんだ、そのままじゃ風邪を引くぞ」
帰宅の道中、うとうとしているナナシを懐に呼べば大人しく寄ってきた。
ひんやりとした肌をマントで包みそのまま片手で抱き込むと、ダンデの腕に頬を擦り付ける。
こんなところまでチョロネコらしい。
「おやすみ。…ナナシ」
白昼夢の影響か、今は名前だけを呼びたかった。
返事もなく寝息を立てる彼女の顔を覗き込む。ぐっすりと眠っているようだ。
その様子に微笑んでいたダンデの視線が不意に、ふっくらとした唇に吸い寄せられる。
『好き、ダンデさん、好きぃ、あ、んむぅぅぅ〜♡♡』
夢の中で貪った。でもまだ足りない。
とても甘くて柔らかくて“美味しかった”から。
(…キミが…いけないんだぜ)
そっと顎をすくい、何度も触れ合っては優しく喰んで。
時折ナナシから漏れる息が艶めかしい。
(ああ、また煽って…わるい子だ…♡)
夕暮れ時、タクシーの中。
誰にも知られてはいけない秘密をダンデは心行くまで堪能したのだった。
「ハア」
ナナシを送り届け、やっと自宅まで戻ったダンデは長い一日に深い溜息を吐いた。
衝撃的な夢。我慢できず繰り返した口付け。自分はいつから少女趣味になってしまったのか。
「……ロト〜…」
「うん…?どうした、ロトム」
頭を抱えたダンデの元にロトムがやって来た。よく勘違いされることだが、ダンデのスマホはれっきとしたロトムスマホである。
しかし肝心のロトムが臆病で露出しないことから、周囲には普通のスマホだと錯覚されていた。
「間違えたかもしれないロ…」
一見不便にも思われるこの性質を、ダンデは重宝し活用している。
チャンピオンともなれば下心ありきで近寄る輩も少なくない。その自衛として、異変を感じ取った場合は録音するよう教えたのだ。
おかげで救われたケースもある。故に彼はロトムを信頼していた。
「最初わからなかったけど、違うと思ったロト…」
「?大丈夫だ、お前の判断は合ってると思うぜ」
申し訳無さそうに主を伺うロトムに、要領を得ずダンデは首を傾げる。
だが働いてくれた労力を無下にしたくはなく、肯定してやるとロトムは瞳を輝かせた。
「ところで何を」
ん…♡ ふふ、疲れちゃった…♡
「!!!」
上目遣い。悪戯っぽい笑み。
忘れてしまわなければと振り払った記憶が鮮やかに蘇る。
「間違ってなかったんだロ〜♪」
「…ああ。流石だぜ、ロトム」
愛らしくはにかんだ横顔。不思議そうな表情。
なるほど、あれらは全て演技だったと。
「『どんな夢だったんですか』?……やってくれるじゃないかナナシ」
完璧なねこだまし。さあどう反撃するか。
闘争心を燃やす主人を、ロトムだけが不思議そうに眺めていた。
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