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「今回の件ではローズさんも色々と動いてくださったし…なにより会ってみたいと言われてな」
「わかりました。ぜひご挨拶させてください」
「そうか。なら明日、迎えに行く。急で悪いが準備をしててくれ」

電話を母に渡してもらい、予定を伝えた後ダンデは電話を切る。
準備が整ったことに安堵しつつ再度スマホ画面を眺めた。

「ご挨拶させてください、か」

ナナシはビジネスライクな言い回しをすることがある。
それも妙に慣れていて、彼女の子供らしくなさに拍車を掛けていた。

「これなら心配なさそうだな」

しかしその落ち着きに今は感謝している。
彼女なら緊張しないし、粗相をすることもないだろう。

「ロトム、アラーム頼むぜ」
「了解ロ!」

面会が終われば、ワイルドエリアで二人きりになる予定だ。
彼女曰く“夢”のあの出来事をどう追及するか、その策を眠りに就くまでダンデは考え続けていた。



「こんにちは。キミがナナシくんですね」
「は、じめまして」

予想に反し、ローズ氏と対面するナナシの態度は非常にぎこちない。
だが緊張した人間のそれとは何か違っている印象をダンデは受けた。
圧倒的カリスマへの遠慮ではなく、必要以上の距離を求める不自然さ。

「そう固くならずに。ちょっと会ってみたかっただけなんですよ」
「こ、光栄です」

ダンデが初めて彼女と出会った時、そんな素振りはこれっぽっちもなかった。
寧ろチャンピオンの自分に壁を作らぬ様子を不思議だと思ったのに、今は真逆だ。

「委員長、そろそろお時間です」
「もう?オリーブくん気が早いんじゃないの」
「いえ。移動もありますから」

らしからぬ振る舞いにやきもきしていたダンデにとって、オリーブの一声はありがたかった。
ナナシもどこかホッとしたように全身の力を抜いている。

「もっと話したかったんだけど…仕方がないね。ジムチャレンジでの活躍、期待していますよ」
「あ、はい。ありがとうございま、す―――?」

非礼は後で詫びよう。
別れの握手に応じる華奢な背中を見ながら、ダンデはそう考えた。
委員長は笑って済ませるだろう。我々にとってはよくあることだよ、と。

「おや。わたくしの顔に何か付いていますか?」

そう思考していたから、ダンデがおかしな空気を察知したのはワンテンポ遅かったようだ。

「……」
「どうしました?」

手を握ったままローズ氏を見上げるナナシ。微動だにせず、その表情はダンデからわからない。
秘書の絶対零度な視線に冷や汗が流れ、ナナシへと近寄る。


「―――ガラルの未来のために?」


ぽつり、と。
それは独り言のようだった。
だが無音の部屋にはよく響く。

「ナナシ」
「す、すみません」

肩を掴めばやっと我に返ったのかナナシは慌てて謝罪した。
流石に不審だと思ったようだが、すぐ笑顔を作る委員長に改めて感心させられる。

「…ええ。ガラルの未来のために、頑張ってください」
「はい、ベストを尽くします」

力強いセリフと裏腹に、彼女の視線は心許ない。



「ここで大丈夫なんですか?誰か来ません?」
「ああ。げきりんの湖は野生ポケモンが強いから、ほとんど人が近寄らないんだ」

タクシーでワイルドエリアまで移動し、リザードンの案内で辿り着いた湖。
人目を気にせずゆっくりできることから、ダンデはこの場所を好んでいた。

「最後の最後でハートを注入、っと…できましたー」
「メラ!」
「ヌメたくん早いですねー」
「ギュア」
「リザードンも早いね…」

テントの張り方、カレーの作り方。
ジムチャレンジで困らないようにとその他諸々もチェックしたが、問題なさそうだ。
うまそうなニオイに目を輝かせるヌメたとリザードン、彼らのお皿に盛るナナシ。
家族のようだと微笑ましい気持ちになりつつダンデもカレーを受け取る。

「いただきまーす。………」
「……ラー?」
「うまいぜ!なあ、リザードン」
「バ…キュァ…」

誰かが作ってくれたカレーを口にするのは久しぶりだ。
味に一切のこだわりがなく、手軽であればあるほど良しとするダンデだが、このカレーはうまいと思った。
なぜかリザードンは賛同してくれなかったが。

「ナナシくんは料理が上手なんだな」
「普通だと思いますよ…」

普通。これが普通なのか。それなら彼女の料理はどれもうまいのだろう。
食欲だけでなく、他の何かも満たされていく感覚と共に蘇る、例の出来事。

『好き、ダンデさん、好きぃ♡♡』

鮮明に思い出すと、下半身が厄介なことになる。
慌てて振り払いダンデは改めてナナシを見た。
ここでやらなければいけないことが残っているのだ。

「なあ、ナナシくん」
「……」
「ナナシくん!」
「はい?おかわりですか?」
「違うんだ。その…聞きたいことがあって」
「何でしょう」
「……」
「ダンデさん?」

ロトムによって押さえられた証拠は音声のみ。
けれども強烈すぎる体験はしっかりダンデの頭に残っていた。
快楽に蕩ける瞳、本能を刺激する嬌声。

「…この間、俺たちは一緒に昼寝をしたよな」
「ええ」

夢ではなかった。
いざそれを指摘しようとするも、この平然とした態度に躊躇してしまう。
なぜ自分は真正面からたいあたり、などという戦法を選んだのだろうか。

「その…昼寝、なんだが…」
「……」
「俺と…いや、俺はキミを…」

よりにもよって、相手はいたずらごころのチョロネコである。
この一撃を間違えば次はいちゃもんかあまえるか、あるいは

「あ!」
「えっ」
「ねがいぼしだ!」

考えあぐねていると、チョロネコもといナナシが何かに驚き立ち上がった。
何事か振り返ったダンデもその光景に思わず驚嘆する。

「すごーい、きれーい」
「驚いた…こんなことは初めてだぜ…」

降り注ぐねがいぼし。それも一つや二つではない。
ワイルドエリア上空全てを覆う勢いで流れて行く、ねがいぼしの流星群。

「落ちてきた…」
「すごいじゃないか!」

先日、弟たちにも落ちて来たように、ナナシの近くへ小さな光が転がった。
彼女にも本気の願いとやらがあるらしい。それが強いトレーナーになりたい、ならダンデとしても喜ばしいところだ。

「ヌメた、欲しい?」
「ンーメ」
「いらないの?」
「ンーメッ!!」
「?」

片方を相棒に渡そうとしたナナシに、ブンブンと身体を振って拒否するヌメた。
普段のメロメロな態度からすると真っ先に飛び付きそうなものだが。ダンデも彼女同様、首を傾げる。

「じゃあ、ダンデさんおひとつどうぞ」
「俺にか?」
「ダンデさんもいらないならリザードンに」
「ありがたく受け取るぜ」
「あ、はい」

相棒には悪いが、彼女から受け取れる物は貰っておきたい。
それにかつて拾った自分のねがいぼしは今やダイマックスバンドの中。
久しく拝んでいなかったこともあり、赤く煌めくその姿に惹かれたのも理由だ。

「マグノリア博士の元へ持って行くといい。俺から連絡しておこう」
「ありがとうございます。ヌメたもこれでダイマデビューだね」
「ヌンメラ」

これでナナシもダイマックスバンドを持つことができる。
チャレンジャーを送り出し、更に保護者代理という立場も加わったダンデとしても一安心だ。

「ねがいぼしの流星群…騒ぎになるな」

前代未聞の流星群。
すでにテレビやネットは速報で埋め尽くされているだろう。

「そうですね」

無言のまましばし夜空を見つめる。
彼には、この星たちを呼んだのは目の前の少女だという不思議な確信があった。



「早急に落下地点を割り出して…ええ。できる限り集めてください」

電話を終え、ガラスの向こうで広がる光景に目を細める。
赤い星。考えるまでもなく今自分が、この地が渇望している稀有なエネルギーの固体。
それが大量に降るなんて、聞いたことも見たこともない。

「こうして頻繁に降ってくれるとありがたいんですけどねえ」

けれども確かに目の前で実現されていた。しかも着地点はワイルドエリアに集中している。
あちらこちらの空からワイルドエリアに向かって降り注ぐねがいぼし。
まるで引き寄せられる何かが、あるような。

『―――ガラルの未来のために?』

あの時。
彼女はあの時の言葉を知っていた。


「……キミには、やはり何かありそうだね?」


意味あり気な瞳が捉える先、各地から届いた数多の機密情報。
その全てに記憶喪失のとある少女が載っていた。



2021.10.29